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映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』が投げかけた「民主主義」についての大事な問題

篠田博之月刊『創』編集長
『ヤジと民主主義 劇場拡大版』12月9日より公開(C:HBC/TBS。以下同)

2019年、安倍元首相の演説をめぐって起きた事件

 2023年12月9日からドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』がポレポレ東中野を始め全国公開される。HBC北海道放送の番組をもとにした映画だが、民主主義をめぐるとても大事な問題を提起している。

 その事件が起きたのは2019年7月15日、札幌でのことだった。参院選自民党候補の応援に来た安倍晋三首相(当時)の演説に対して、聴衆から「安倍辞めろ!」というヤジが飛び、年金問題を訴えるプラカードを掲げようとした女性もいた。それに対して警察官が取り囲み、強制的に排除したのだ。

「安倍辞めろ!」と叫ぶ市民を警官が排除(『ヤジと民主主義 劇場拡大版』より)
「安倍辞めろ!」と叫ぶ市民を警官が排除(『ヤジと民主主義 劇場拡大版』より)

 白昼公然とそんなことが行われるというのは恐ろしいことだが、多くの報道陣の面前でそれがなされたということは、マスコミもなめられていたということにほかならない。北海道警の裏金問題を告発してきた元道警幹部の原田宏二さんもそう指摘した。

 2020年、HBC北海道放送がその問題を告発するドキュメント番組『ヤジと民主主義』を放送すると、現場の映像に衝撃を受けた多くの声が湧きあがり、番組は、ギャラクシー賞や「地方の時代」映像祭賞など多くの賞を受賞した。現場から排除された2人の市民は道警を提訴した。

警察が強制力を行使して排除(『ヤジと民主主義 劇場拡大版』より)
警察が強制力を行使して排除(『ヤジと民主主義 劇場拡大版』より)

 その『ヤジと民主主義』が、今回映画になった。試写を見て驚いたのは、番組放送時に比べて、事件当時の映像がかなり増えていたことだ。現場の状況をスマホで撮影していた市民が何人もいて、映像を提供したのだという。ヤジを飛ばしただけで警察に取り囲まれるという現実をおかしいと感じた人が大勢いたということだ。

 HBCの番組が劇場映画となって全国公開されるというこの流れそのものが、民主主義が脅かされる現実に、多くの市民が危機感を抱いたことの現れだろう。道警を訴えた2人の奮闘も映画で描かれている。前述した原田さんはその後亡くなってしまったが、映画の中でこの問題の大事なポイントを語っている。

『ヤジと民主主義 劇場拡大版』は一人でも多くの人に観てほしいと思う。そして民主主義をめぐる問題について考え、語ってほしい。

 以下、制作・編集・監督を務めたHBCの報道部デスク山﨑裕侍さんのインタビューだ。

映画製作、公開に至った経緯

――まずこの映画がどういう経緯で製作されたのか、お話いただけますか。

山﨑 2020年の4月に1時間のドキュメンタリー番組を放送した後も、私たちはずっと取材を続けていました。札幌地裁の判決が2022年3月にあって、原告がほぼ全面勝訴と画期的だったものですから、その経緯も報道しています。

 その後、書籍化という話が、東京の出版社さんからありまして22年11月に出版したのです。その過程で、TBSからも、ドキュメンタリー映画祭をここ数年、毎年東京でやっていたけれど、2023年4月に札幌でもやりたいので、HBCさんもぜひ参加してくださいと声がかかりました。

 我々としてもぜひ映画祭に出品したいということで、提案したら了解をいただきまして、78分間の映画にまとめたんです。23年4月に札幌のシアターキノというミニシアターで3回だけ上映したんですが、3回とも前売り券が完売し、とても好評でした。

 北海道以外でも映画を観たいという声がいくつもあったし、我々としては3回の札幌の上映だけで終わらせるのはもったいない、23年6月に高等裁判所で第2審の判決が控えていたものですから、道外でも上映したいと思っていました。

 書籍化した時も同じ理由だったんですけれど、北海道だけの問題ではない、北海道以外の人にも知ってもらいたいという気持ちがあったものですから、道外で上映活動をしたいとTBSに相談しました。もともと声をかけてくれたのがTBSだったという事情もありました。そしたら、TBSのほうから、6月の判決まで取材して拡大版として映画化してみないかという話をもらったのです。我々としては一つの区切りというか、今までの4年間の報道活動をまとめられる良い機会だと思って、映画製作に踏み切りました。

 結局、TBS及びKADOKAWAと組むことで映画は完成したのですが、僕らの表現に対してこうしろああしろと変更を迫ることはなくて、内容を良くするための議論はしましたが、自由に作らせていただきました。

 もともとこの問題については自局のニュースで放送してきたのですが、その放送したものをベースにしつつも、映画用に追加取材した映像も結構あります。

 2020年に放送したドキュメンタリー番組は1時間バージョンでは、正味46分でした。今回の映画は100分になりましたので、テレビ版から倍以上に増えたことになります。

現場で市民が撮った映像が使われた

――演説会場の現場の映像がインパクトがありますが、テレビ放送の時より増えているし、現場で撮っている市民が意外と多くいたわけですね。

山﨑 それは本当に驚きでした。

 インターネットで自分の撮った映像を投稿している方もいらっしゃったし、そういう方に接触して許可を得て映画に使いました。

 映画にも出てくる元北海道警の原田宏二さんは、多くのマスコミが取材している中、警察があのような排除を行ったことで、「あんたたち無視されたんだよ」と私たちに厳しい言葉を投げかけました。ただマスコミは警察から無視されたかもしれませんが、市民の方たちは無視してなかったんだと思いました。みんなおかしいと思っているから撮影したのであり、我々にその映像を提供してくれたことで、これは逆に驚きでした。

 警察が市民を排除する映像は、なるべく編集しないでそのまま見せようと思いました。現場がものすごくリアルで、排除された市民と警察官との会話の中に、おかしなことがものすごく詰まっていたので、それを編集してきれいに整えるのではなくて、リアルタイムで観ることで、視聴者が自分が排除されているような感覚になる、当事者として観てもらえるんじゃないかという狙いがありました。

――演説会場から警察に排除されたお2人も長い闘いになって、HBCもずっと追いかけていたわけですね。これは継続的にずっとやろうという意識で取り組んだのですか。

山﨑 最初から継続取材をしていくつもりでした。当初は映画化について全然考えていなかったけれど、ニュースに入りきらない取材も我々はいつかまた別な形でまとめたいなと思っていました。

 あと警察に排除された桃井さんが札幌の地域労組に就職して労働組合活動をしていたのですが、彼女の活動を、ヤジの件とは関係なく労働問題として取材することもあったものですから、ヤジ問題も含めいろいろなテーマで彼女をずっと継続的に取材しているという形になりました。

安倍元首相銃撃事件の影響は?

――映画完成までには、安倍元首相銃撃事件が起こりました。ともすると、だから警備は必要だという意見も出てきかねないわけですが、その銃撃事件についても、映画の中ではよくまとめられていましたね。

山﨑 実際問題、読売新聞とかが社説などで銃撃事件で札幌地裁の判決のことを引用したり、あの判決があったから事件が起きたと匂わすような記事を書いた新聞社もいくつかありました。またテレビで複数のコメンテーターが同様の発言をしたり、判決内容をよく知らない人が思い込みで結びつけて発信することが直後にありました。

 しかし私たちに迷いはありませんでした。安倍元首相銃撃事件は、比較的早く、警備の常識からあまりにもかけ離れた警備だったのがわかったのと、札幌地裁の判決は、表現の自由を守りながらも要人警護について認めるところは認めた冷静な部分があったので、同じ土俵で論ずること自体が間違いだと認識できました。そこはしっかり整理して伝えるだけでも十分かと思いました。

テレビは足し算、映画は引き算の世界

――制作してみてテレビと映画との違いは感じましたか。

山﨑 テレビと映画は全然違いましたね。もともとドキュメンタリー映画は僕も好きで、よく観てて、テレビと表現方法が全く違うなとは感じていたのですが、いざ自分が編集する時に、改めてそれを感じました。

 テレビは基本的には足し算の世界なんです。視聴者がいつチャンネルをひねるかわからないので、内容をわかりやすく、展開も速く作るんですね。ナレーションを入れたり字幕や音楽も入れたりして、足し算をしていくんです。

 一方、映画というのは、お客さんがチケットを買って席に座っていただいたら、よほどのことがない限りは最後まで観てくれるという安心感があります。だから制作側があまりに説明しすぎると、観ている人の受け止め方の自由さを縛ってしまうのではないかということで、なるべく感じ方が自由になれるように編集も考えていきます。ある種引き算の世界ですね。

――山﨑さんは映像編集を自分でできるのですか。

山﨑 アシスタントディレクターだった社会人1、2年目の時、自分で編集していたんですけれど、その時はオフラインといってテープで編集してたんです。いまはノンリニアといって全部パソコンで編集するんですけれど、それをこの歳になって一から学びました。ただ編集の仕方とか見せ方は昔アシスタントディレクター時代に先輩ディレクターから徹底的に教え込まれた感覚が残っていたものですから、さほど難しくはなかったです。

――映画を制作しながら報道現場の仕事もやっているのですね。

山﨑 報道部のデスクをやっており、主に夕方のニュース番組の特集を担当しています。あとは自分でこだわっているライフワーク的な取材をして、ニュースや特集として放送したりします。

――今回を機に、HBCとして今後映画にも取り組む動きになっているのですか。

山﨑 今のところなってないですね。ただ、2024年にTBSドキュメンタリー映画祭を札幌で開催する予定なので、そこには参加しようということになっています。そのためには、映画化できるようなドキュメンタリーを常に作れるように取材や報道を続けなければなりません。自社製作での単独上映は我々は今回初めてなんです。一見すると小さな問題でも伝え続けることの大切さというのは、メディアの沈黙が指摘されたジャニーズ性加害問題とも共通する事柄だと思います。

 僕らがいいものと信じて作ったものが世の中に受け入れられれば、テレビが放送だけに頼らないメディアとして生き残るかもしれないと思っています。放送の広告収入のように大きな儲けにはならないかもしれないけれど、そこで採算がとれるくらいのレベルまでできるのであれば、会社としての価値をすごく高くするものだと思います。会社への信頼も高まりますしね。

 いつも思うのですが、ドキュメンタリー番組を放送するためにものすごい苦労や時間、お金をかけており、それがローカル枠だけの、しかも深夜の一回きりの放送で終わるというのは本当にもったいない。ほかの同じような課題に直面している人たちの参考になれば我々の仕事ももっと役立てられるのかなと思います。

24年春にも札幌でドキュメンタリー映画祭

――ドキュメンタリー番組が放送された後、ネットで配信したり、工夫をして拡散していましたよね。

山﨑 放送では北海道ローカルしか観る機会がなかったものですから、YouTubeで無料配信したり、なんとかして多くの人に観てもらいたいと思いました。放送局がドキュメンタリー番組を無料で視聴してもらうというのはあまりやってないんですけれど、我々は無料でもいいから多くの人に観てもらいたいと思いました。

――先ほど話に出た元北海道警の原田さんは、今回の映画の中でも重要なポジションですね。

山﨑 私たちは原田さんがいてこその番組なり作品だと思っているんです。

 原田さんは、過去に北海道警の裏金問題を実名で告発していて、道警とある種敵対するような立場の方ですから、原田さんを取材すると道警を敵にまわすみたいな空気感があって、原田さんをテレビで取材しているのは我々だけですね。

 ただ原田さんは道警を嫌っているのではなく、現場の警察官を思いやり、市民を守る本来の警察に戻ってほしいという思いから発言をしていました。私たちが取材するのも同じ思いです。

――映画として成立させるためには、製作費とか興行収入とかはいちおう会社として計算するわけですよね。

山﨑 そのへんはTBSがやってくれたので、HBCとしては乗りやすかったということもあります。出資も、TBSとHBCと半々なんです。

――最後に、札幌でもTBSドキュメンタリー映画祭は続きますか。

山﨑 24年春にも札幌で映画祭を行う予定です。札幌では2年連続になります。TBSは今まで大阪、名古屋、福岡でもやってまして、各地で広げていきたいという思いがあるようです。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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