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STAP細胞とiPS細胞の比較報道は誤り 山中教授「影響非常に大きい」

楊井人文弁護士
産経新聞1月30日付朝刊(左)とテレビ朝日のンタビューに答える山中伸弥教授

先月末、世界を駆け巡り、日本中を沸かせた、理化学研究所チームによる新万能細胞「STAP細胞」作製成功のニュース。メディアは、万能細胞の”先輩格”である「iPS細胞」(人工多能性幹細胞)との”わかりやすい比較”を通じて「快挙」を解説した。いわく「iPS細胞より安全」「iPS細胞にはガン化のリスクがあるが、STAP細胞にはない」「iPS細胞より作製が簡易で早い」「作製効率(元の細胞からiPS細胞を作りだす成功率)も、iPS細胞は0.1%と低いが、STAP細胞は高い」ー新聞やテレビで、こんな解説を目にし、耳にしたことのある人は多いはずだ。

ところが、これは「誤った比較」だった。なんと、今日の最新の研究成果に基づかず、iPS細胞が初めて作製された8年前(2006年)の初歩的な研究成果と比較されていたというのだ。

朝日新聞2014年1月30日付朝刊1面に掲載された比較表
朝日新聞2014年1月30日付朝刊1面に掲載された比較表

「報道を見て本当に心を痛めている」―京都大学の山中伸弥教授=2012年、ノーベル生理学・医学賞受賞=は、2月7日放送のテレビ朝日「報道ステーション」のインタビューで訴えていた。山中教授によると、iPS細胞は2006年以降の研究の積み重ねで、がん化や作製効率の課題を克服し「全く違う新型の細胞になっているといってよい」という。古館伊知郎キャスターは、8年前の成果と比較したことを「反省しなければならない」と率直に述べた。同番組が山中教授の「反論」インタビューを十分時間をとって放送したことは、大変よかったと思う。

ただ、一連の大々的な報道で広まった誤解を払しょくすることはそう容易いことではない。始まったばかりの臨床研究への影響が懸念される。インタビューで誤報による「影響は非常に大きい」と語った山中教授は、10日にも記者会見を開き、一連の報道の「3つの誤解」を発表。12日には改めて山中教授の名前で「iPS細胞とSTAP幹細胞に関する考察」との声明を、京都大学iPS細胞研究所のホームページに掲載した。こうした積極的な発信は、「非常に大きな影響」の深刻さと、それに対する山中教授の危機感の現れに違いない。毎日新聞や産経新聞が10日の会見内容を記事化したものの、扱いは大きくなかった。読売新聞も14日付朝刊でホームページの声明を紹介したが、朝日新聞はまだ載せていない(2月16日現在)。

テレビ朝日で7日放送されたインタビュー(動画もホームページで閲覧できる)では、山中教授の思いが率直に、野球のたとえ話も用いながらわかりやすく語られている。以下、文字起こしを載せておきたい(なお、GoHoo2014年2月16日注意報も参照)。

iPS細胞とSTAP幹細胞に関する考察(京都大学iPS細胞研究所 2014/2/12)

iPS細胞基本情報(京都大学iPS細胞研究所)

「iPS細胞」生みの親、山中伸弥教授に聞く(テレビ朝日 2014/2/7)

テレビ朝日「報道ステーション」2014年2月7日放送(ホームページの静止画より)
テレビ朝日「報道ステーション」2014年2月7日放送(ホームページの静止画より)

「iPS細胞」生みの親、山中伸弥教授に聞く(テレビ朝日「報道ステーション」2014年2月7日放送)の文字起こし

Q:古館伊知郎キャスター A:山中伸弥教授

Q.まず、小保方さんとSTAP細胞の素晴らしいところから教えていただけますか。

A.iPS細胞が8年前に生まれた時、野球に例えますと「こりゃすごい。”小学校一年生”で遠投百メートル投げるものすごい子供がいる」と、そんな感じで世界を驚かせたと思うんですね。「こんな小学生は二度と現れないだろう」と思っていたら突然、「今度は”小学校一年生”で時速100キロで投げるやつがいる。また驚いた」と。僕はiPSができた時も驚きましたが、今回の報道のときも本当に驚きました。しかも、それが日本の若い研究者の方だと。心から誇りに思っています。

Q.そうすると、やはり”小学校一年生”で百メートルの遠投と100キロのスピードで投げる、これが組み合わさっていくことによって、とてつもないことを想像するわけです。

A.まず私が報道を見て思ったのはそのことです。二つの全く違う技術、個性も違う技術が組み合わさることによって、今までできなかったことができるんじゃないか、また今はわからないことがわかるんじゃないか、そう思ってワクワクしました。

Q.なるほど。これは私の個人的な思いも入るんですが、我々マスコミがSTAP細胞を初報から伝えていく中で、ずっともやもやしていることがありまして…というのは、非常に分かりやすく、iPS細胞とSTAP細胞を引き比べて「できるスピードはSTAP細胞の方が早い」とか「がん化の懸念はSTAP細胞はないんじゃないか」とか、非常に単純明快に比較してみせたわけです。これは違うんじゃないかと思いながら、私もそういうニュアンスで初報を伝えた部分がありました。これに関して山中先生に是非うかがいたいのですが。

A.私も報道を見ていて本当に心を痛めていました。素晴らしい小保方さんの報道、これは私も大歓迎。私も娘がいまして、いま医者を目指していますが将来研究するかもしれない。うちの娘も小保方さんのように素晴らしい研究者、素晴らしい発想をもってもらいたいなと思いました。

でも、もう一つの報道ですね、「STAP細胞はiPS細胞より安全」「iPS細胞よりも効率が高い」。この報道はとっても残念でした。先ほど言いましたように、iPS細胞ができたときはまだ“小学生”だったわけです。たしかに遠投100メートル投げられる、すごい可能性がある、でもそれだけでは大リーグには入れません。すごい素質をもった”小学生”をどう育て、どう順調に記録を伸ばしていくか。これがとても大切な、これまで8年間の最大の努力目標でした。

テレビ朝日「報道ステーション」2014年2月7日放送(ホームページの静止画より)
テレビ朝日「報道ステーション」2014年2月7日放送(ホームページの静止画より)

この表(左の写真参照)は、すべての研究がそうですけれど、最初は基礎研究、まずマウスでiPS細胞もSTAP細胞もできたんですが、それがどう発展するか、最終的に臨床研究、で本当の治療を目指したいわけですね。iPS細胞もこの道のり(注:基礎研究、前臨床研究、臨床研究)を通ってきました。今おそらく「20歳くらいで大リーグに行けるんじゃないか」というくらいの選手まで育ってきていると思います。ほぼ”大リーグ入り直前”と私たちは自負しています。

Q.前臨床研究から臨床研究にも入っていった。それでいいますと、たとえば、比較的早くできる可能性を秘めていると言われている有望な「加齢黄斑変性」(注:加齢で網膜の一部に生じる難病)、この目の病気に対する細胞ができつつあるという中で、今回「iPS細胞にはリスクがあってSTAP細胞が夢の細胞だ」と簡単に割り切って比較しちゃうことの間違いが、ちょっと悪い影響が出た部分がある?

A.これは非常に大きな影響があったと思います。特に今、神戸の臨床研究、協力いただく患者さんもだんだん決まりつつあると思います。そうした患者さん、ご家族を中心とする、非常に多くのiPS細胞技術の実現をいまかいまかと待っておられる方にとても大きな不安と誤解と与えてしまったなと、本当に残念に思います。私たちはこれまでも努力してきたつもりなんですが、これからさらにiPS細胞の今の姿、できたときの小学生100メートル投げるというのではなくて、成長して20歳になって時速150キロ投げられます、遠投150メートル投げられますと、あくまでたとえ話ですが、いってみれば「新世代のiPS細胞」を作って私たちは臨床応用直前に来ているわけですから、今の正しい姿をお見せすることが本当に大切だと思います。

Q.具体的にうかがいたいのですが、iPS細胞はがん化のおそれがある、4つの遺伝子を入れることによって人工多能性幹細胞、STAP細胞はそうじゃなくて刺激を与えるだけで天然のようにできあがる、という比較論がちょっと違うと思うんですが、iPS細胞はもっと進んでますよね?

A.iPS細胞はこの8年の研究で、がん化の問題だとか効率の低さの問題、いろいろな障害をひとつひとつ克服し、完全に昔できたときとは全く違う細胞といっていいような新型のiPS細胞になっています。

Q.がん化の懸念がだんだん薄れてくる流れになっていますし、もうひとつは発生ですね、iPS細胞は一番はじめは0.1%。今は違いますね?

A.今は全然違います。2006年の最初の報告時は0.1%くらいでしたが、2009年には20%にまで増やすことに成功して「Nature」という雑誌に報告しております。さらに、昨年はイスラエルのグループが因子、私たちのiPS細胞を少し変えることによってほぼ100%の細胞をたった7日間でiPS細胞にすることに成功したとの報告も「Nature」、STAP細胞のときと同じ雑誌ですけれど報告していますので、0.1%というのは昔の“小学校”のときの成績であって、今の成績を見ていただきたい。大リーグのスカウトの方も今の成績で決めると思います。”小学校”の成績では誰も決めないと思いますから。そのあたりの誤解はぜひなくしていきたいと思います。

Q.これは我々マスコミのいけない部分だと正直思うんですが、新しいものが出たらワーッとお祭り騒ぎをする、そのときに分かりやすく伝えなければならないですから、iPS細胞の一番最初に立ち上がったときの8年前のことを比較に出してしまったことは大いに反省しなければならない。つまり、両方のいいところの相乗効果を狙わなければならないというところをつくづく今のお話を聞いて感じました。反省しなければいけないと思います。(以下、略)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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