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「求刑延期問題」と“検察官の職責”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:西村尚己/アフロ)

 常習累犯窃盗罪に問われた男の刑事裁判で、検察官が求刑せず、結審が延期される異例の「事件」が起きたことが報じられ、問題となっている。(【検察官「今日は求刑できません」 珍しすぎる求刑延期のウラ側】)

 このようなことが起きたのは、同記事にも書かれているように、検察庁内部での求刑の決定の手続に関して、捜査部と公判部との引継がうまくいっていなかったことが直接的な原因であるが、それ以上に重要なことは、公判立会という「検察官としての職務」を、独立した立場で行っているはずの検察官が、検察庁の内部的な手続を理由に、当然行うべき「求刑」という重要な職務行為を、「今日はできません」と言って延期したことだ。

 それは、検察庁という組織における「検察官」の位置づけという重要な問題に関連している。今回の問題は、本来「独任制の官庁」という存在であるはずの検察官が、組織の中の単なる「歯車」であり、「駒」であるかのような認識で職務に当たっていることを表しているように思える。

「独任制の官庁」としての検察官

 まず、重要なことは、検察官の権限と責任に関する法的枠組みが、検察という組織と一般の行政庁とでは大きく異なるということだ。

 一般に、官公庁では、その長である大臣が有する権限を各部局が分掌するという形で権限が配分されているが、検察庁では、検事総長、検事長、検事正などの職にあるからといって、刑訴法上、特別の権限があるわけではない。勾留請求、起訴、上訴など刑訴法上の権限は、全て「検察官」個人に与えられている。

 検察庁法1条は、「検察庁」と「検察官」の関係について、「検察庁は検察官の行う事務を統括するところとする」としている。これは、個々の検察官は独立して検察事務を行う「独任制の官庁」であり、そのような個々の検察官の事務を統括するのが組織としての「検察庁」だという趣旨だ。

 検察庁内部では、上司は各検察官に対して、各検察官の事務の引取移転権(部下が担当している事件に関する事務を自ら引き取って処理したり、他の検察官に担当を替えたりできる権限)を有している。だから、主任検察官と上司との意見が異なる場合は、上司が引取移転権を行使することで、主任検察官とは異なった処分を行うことはあり得るが、部下に自分の意見を強制することはできない。

 事件を担当する検察官は、証拠を精査・検討して、権限を行使するかどうかを判断する。その検察官個人の判断については、検察庁内部の決裁システムによって「組織としての承認」を受けた上で、実際の権限を行使することになるが、刑訴法に基づく権限自体は、検察官個人に帰属しているので、権限行使についての責任も、組織ではなく検察官個人に帰属するのである。

「捜査」と「公判」の役割分担

 検察庁の中でも、中小地検では「主任立会」と言って、捜査を担当し、起訴した検事自身が、その事件の公判にも立ち会うが、大規模な検察庁では、捜査を担当する部と公判を担当する部(公判部)とが分かれており、公判部所属の検察官は、公判立会に専念することになる。

 そして、公判の最後の段階で、証拠取調べが終わった後に行う「論告」で、検察官が行う「求刑」(被告人に対してどの程度の刑を科すべきかについての検察官の意見)については、捜査担当検察官が、原則として、起訴手続をとる段階で、上司の決裁を受けた上で、「求刑意見」を決定する。

 起訴した検察官は、捜査の結果に基づき公判対応で留意してもらいたい事項と「求刑意見」を公判担当検察官に引き継ぐための「公判引継書」を作成し、それが、一件記録とともに公判部に引き継がれる。公判担当検察官は、まず、その引継書を読んだ上で、事件記録を読み、公判提出証拠を選別したり、冒頭陳述を起案して、公判に臨むことになる。

 起訴検察官が「求刑意見」を決めるのは、その被告人についてすべての起訴が終了した段階であり、複数の事件の起訴が予定されている場合に、その一部だけを起訴した場合は、求刑意見の欄は、「追起訴予定」であることを理由に、「追って」と記載されることになる。

 当初の起訴の段階では、追起訴予定で「追って」とされていたのが、実際には、追起訴が行われず、当初の起訴だけで捜査が終わってしまい、予定していた「追起訴」がなくなったのであれば、その段階で、起訴検察官が上司の決裁を受けた上で「求刑意見」を決め、それを公判引継書に記入することになる。もっとも、起訴検察官は、その後に配点される事件の捜査に追われていて、前に起訴した事件の「求刑意見」が決まっていないことを忘れている場合が多いので、公判担当検察官が、「追起訴がない」との連絡を受けた段階で、起訴検察官に連絡し、「求刑意見」を決定して「追って」とされている「公判引継書」の「求刑意見」の欄に記入するよう求めることになる。

「求刑延期問題」はなぜ起きたのか

 今回の「求刑延期問題」に関しては、上記記事によると、

公判開始前、検察側は裁判官や山本弁護士に「男を追起訴する見込みだ」と伝えており、初公判では結審しない予定だった。しかし、その後、検察側が「追起訴がなくなったから初公判で結審したい」と要請してきたため、初公判で結審する方向になった。

という事情があったようだ。

 公判担当検察官が、当初予定されていた追起訴が行われないことになった時点で、起訴検察官に求刑意見を決めるよう要請し、起訴検察官が決めた求刑意見に基づいて論告求刑をすべきだった。公判担当検察官が、求刑が決まっていないことを失念したまま、論告が予定されていた公判期日に臨んだというお粗末極まりない話だ。

 しかし、それ以上に問題なのは、「求刑意見」が決まっていないことがわかって、「今日は求刑できません」と言って、延期してしまったことだ。

 前述したように、検察官は「独任制の官庁」であり、それぞれが独立して職権を行使する立場だ。公判で起訴状を朗読し、冒頭陳述を行い、証拠請求をして、論告求刑を行うというのは、公判担当検察官がその固有の権限に基づいて行う。公判担当検察官は、その事件について記録を精査し、事案の内容を把握して情状についての検察官の主張を行った上で、自らの判断で「求刑」を行うのである。公判立証の結果、起訴検察官の求刑意見を変更する必要があると考えた場合には、公判検察官自らの判断で変更できることは言うまでもない。その場合、公判部の上司の決裁を受けることが必要とされているが、それも、検察の組織内部の手続の問題である。

 「原則として、起訴検察官が上司の決裁を経て決めた求刑意見のとおりに求刑を行う」というのは、あくまで、検察内部における手続であり、内部的な手続を経ていないからと言って、公判担当検察の固有の権限である「求刑」が「行えない」ということはあり得ない。

 しかも、この事件での公判担当検察官には、「上司」の女性検察官も一緒に公判に立ち会っていたというのである。事件の内容も証拠関係も十分に把握した上で公判に立ち会っているはずの二人の検察官が、しばらく時間をもらって求刑を検討し、その上で求刑を行うということがなぜできなかったのか。

 このようなことが起きることの背景に、個々の検察官が、自分自身の考え方や判断によるのではなく、組織で決められたとおりにやればよい、決めてもらわないと動けないという「組織の駒」のような意識になってしまっている現実があるのではないか。個々の検察官が重い職責を担っているという意識が希薄になっているのではないか。

 この問題について、東京地検が「事実関係が分からないのでコメントできません」としているのも意味不明だ。東京地検が起訴した事件についての公判をめぐる問題について「事実関係がわからない」ということがあるだろうか。二人の公判立会検察官が、求刑を行うという自らの責任を放棄するような対応を行ったという信じがたい問題が発生したことについて、検察は、組織として、その原因と背景を考える必要がある。

 検察官の俸給は、裁判官と同等とされ、一般の国家公務員を大幅に上回る給与を得ている。それは、検察官が、単なる「組織の駒」ではなく、「独任制の官庁」として職責を果たす立場にあるからだということを改めて認識する必要がある。

 上記記事では、今回の問題を、検察組織の「縦割り」の弊害が表れた問題ととらえているようだが、それは、問題の本質ではない。

 検察組織の内部で、個々の検察官がどのような意識で、どのように自らの「責任」を受けとめて職務を行っているのかという、検察組織の根本に関わる重要な問題だと言えよう。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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