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エイプリルフールに南海トラフで地震 異動で新任、災害対応に混乱も

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
気象庁ホームページより

エイプリルフールの地震

 2016年4月1日の午前11時39分ごろ、最大震度4を記録する地震が、三重県の南東沖で起きました。この地震の2週間後に熊本地震が発生したため、忘れてしまっているかもしれませんが、その日のことを少し思い出してみたいと思います。

 地震直後、地震波検知の5.4秒後に気象庁は緊急地震速報(警報)を、愛知県、三重県、和歌山県、奈良県、大阪府、滋賀県に発しました。震度は和歌山県の4が最大で大きな被害はありませんでしたが、和歌山県に加え、静岡県、岐阜県、愛知県、三重県、和歌山県、奈良県、大阪府、滋賀県と、広域で震度3以上の揺れになりました。

 まさに、東南海地震での被災エリアと重なります。震源は、南海トラフ地震の震源域の中、1944年東南海地震の震源の近くです。東南海地震から72年が経ち、次の南海トラフ地震の発生が懸念されている中だったため、多くの防災関係者はヒヤッとしました。

 その後の調査で、震源位置は、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートのプレート境界上、地震の発生メカニズムも南海トラフ地震と同じであることが分かり、今後が気がかりです。

その時、私は。

 私は、地震が発生した時、名古屋市内のあるライフライン企業の本社敷地に居ました。新築中の免震建物の地下で、免震装置の見学をしていました。地下に居たため揺れに気づかず、地上に出て地震の発生を知りました。この建物は、災害対応拠点の一つとして新たに建設をされていたものです。その時には、企業のトップ、防災責任者も一緒でしたが、地震発生直後の、機敏な動きをみて、ライフライン企業の防災対応に安心感を持ちました。

 防災担当者はすぐに指令室で供給エリアの被害の有無を確認すると共に、新入社員受け入れ研修中だった大会議室を、急きょ災害対応用に衣替えし、お客様からの電話対応に備えていました。防災責任者は4月1日に交替したところでしたが、前任の防災責任者が駆けつけ、協力して的確な対応をしていました。ライフラインの維持のため日頃から体制を整え訓練を繰り返していたことが生きていると実感できました。

 ちなみに2週間後に起きた熊本地震でも、この企業は被災地支援に大きな力を発揮していました。

防災素人の多い4月1日の災害対応

 上記ライフライン企業の対応は素晴らしかったのですが、色々な自治体や企業にヒアリングしたところ、地震時の対応は、千差万別でした。防災担当が継続していてうまく対応できた組織がある一方で、異動直後の防災担当が右往左往したり、防災部局長が新任挨拶回りで外出中のため対応が遅滞したりした組織も多くありました。また、震源の位置を見ても南海トラフ地震との関係が思い浮かばず危機感を持たなかった組織もありました。新入職員の受入れ儀式での混乱もあったようです。

 4月1日は、大規模災害にとっては最悪の日の一つです。他にも、1月1日、3月31日、12月31日など、災害が起きて欲しくない日が思い浮かびます。災害は日時を選ばないことを肝に銘じておく必要がありそうです。

今、同じ地震が起きたら

 もし、今同じ地震が起きたら、気象庁が、「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」を出すと思われます。昨年、9月26日に、中央防災会議の作業部会が報告書をとりまとめ、「現在の科学的知見では地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測することは困難である」と結論付けました。一方で、「プレート境界面上のゆっくりすべりの発生など、プレート間の固着状態の変化を示唆する現象を検知することができれば、地震発生の可能性が平常時に比べて相対的に高まっているとの評価が可能」との見解も示しました。

 これを受けて、気象庁は、昨年11月から、南海トラフ沿いで地震活動や地殻変動に異常な変化が観測された場合や、観測された現象を調査した結果、南海トラフ沿いの大規模地震発生の可能性が平常時に比べて相対的に高まったと評価された場合に、「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」を出すことにしました。

 この地震は臨時情報を出す対象になる可能性があります。

南海トラフ地震に関連する情報(臨時)

 臨時情報は、下記の状況になったときに出される予定です。

1.南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、その現象が南海トラフ沿いの大規模な地震と関連するかどうか調査を開始した場合、または調査を継続している場合

2.観測された現象を調査した結果、南海トラフ沿いの大規模な地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと評価された場合

3.南海トラフ沿いの大規模な地震発生の可能性が相対的に高まった状態ではなくなったと評価された場合

の3つのケースです。ちなみに、調査開始の対象となる現象としては、

1.想定震源域内でマグニチュード7.0以上の地震が発生

2.想定震源域内でマグニチュード6.0以上の(或いは震度5弱以上を観測した)地震が発生し、ひずみ計で当該地震に対応するステップ状の変化以外の特異な変化を観測

3.1カ所以上のひずみ計で有意な変化を観測し、同時に他の複数の観測点でもそれに関係すると思われる変化を観測している等、ひずみ計で南海トラフ沿いの大規模地震との関連性の検討が必要と認められる変化を観測

4.その他、想定震源域内のプレート境界の固着状況の変化を示す可能性のある現象が観測された等、南海トラフ沿いの大規模地震との関連性の検討が必要と認められる現象を観測

が想定されています。4月1日の地震は、2.に関わると考えられます。

臨時情報が出たら社会はどうなる?

 さて、今同じような地震が起き、気象庁が臨時情報を出したら、社会はどのような状況になるでしょうか。また、さらに大きな地震、例えばマグニチュード7クラスの地震が起きたらどうなるでしょうか。例えば、2011年東北地方太平洋沖地震が発生した時には、2日前にマグニチュード7.3の地震が発生していました。

 臨時情報がトリガーになって、おそらく、マスメディアは過去の南海トラフ地震のことや、予想される被害について解説し、多くの地震学者にインタビューをすると想像されます。万が一、昭和の地震や安政の地震のように、南海トラフの東側だけで先に地震が起きた場合には、西側の被災地の人たちは情報に過敏になる可能性があります。

 その時の事態を想定し、社会の混乱を回避しつつ、被害を軽減するための仕組み作りが必要です。

観測情報を如何に生かし災害軽減に繋げるか

 近年は、様々な観測が行われそのデータも公表され、異常現象を検出することが可能になってきました。ですが、その解釈は個々の研究者によって異なると思われます。様々な情報が出され、社会が混乱する可能性も否定できません。一方で、これらの情報を被害軽減にうまく活用することもできるはずです。

 現在は、暫定措置として、南海トラフ沿いの大規模な地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まった旨の「南海トラフ地震に関連する情報」(臨時)が発表されたときには、内閣府(防災担当)が、関係省庁災害警戒会議を開催して、国民に対し今後の備えについて呼びかけを行うことになっています。

 ですが、社会全体としてどのように対応することが望ましいのか、議論は深まっていません。そこで、年初から、静岡県、高知県、中部経済界でモデル検討が進められています。今般、これらの検討を踏まえつつ新たに「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」を設置して、新たな南海トラフ地震対応の在り方について、議論が始まることになりました。

 不確実な情報をどのように生かすのか、正解のない問題ですが、丁寧かつ迅速に議論し、よりよい答えを出すべく、社会の知恵が試されています。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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