1万円札をカラーコピーして作った偽物 その目的で格段に変わる罪の重さとは
偽物の1万円札を巡り、鹿児島地裁で興味深い裁判が行われている。カラーコピーで作った張本人の男のほうがタクシー代を支払う際に使った知人の男よりも格段に「軽い」罪に問われているからだ。
どのような事案?
報道によれば、次のような事案である。
・自宅のプリンターで1万円札の模造品を製造したとして通貨及証券模造取締法違反の罪に問われた飲食業の男(64)は19日、鹿児島地裁であった初公判で起訴内容を認めた。
・検察側は冒頭陳述で、被告が本物の1万円札をコピー用紙に印刷し、裁断して貼り合わせたと指摘。被告は被告人質問で「模造の札を扇状にして経営する店に飾った。コロナで集客が減り験担ぎだった」と語った。
・タクシーで模造紙幣を使用したとして逮捕された知人の男(52)=偽造通貨行使の罪で起訴=に譲渡したことについて、「『使用できない金だ』と言って渡した。使うとは思わなかった」と述べた。
(南日本新聞社・2024年1月19日)
刑法の(1)通貨偽造罪や(2)偽造通貨行使罪は最高で無期懲役と重い犯罪であり、裁判員裁判の対象だ。しかし、飲食業の男に適用されているのは(1)ではなく「通貨及証券模造取締法」という特別な法律に規定されている(3)通貨模造罪である。
こちらは最高で懲役3年と格段に軽く、1人の裁判官によって裁かれる。これに対し、タクシー代を支払う際に使った知人の男には重い(2)の偽造通貨行使罪が適用されており、今後、裁判員裁判が行われることになる。
なぜ刑事処分に違いが?
(1)や(2)の「偽造」は、実物を手に取ってよく見てもすぐに偽物だと分からないほど精巧なものを作ることを意味する。(3)の「模造」はこれに至らない程度ということになるが、本物とまぎらわしいものを作ったという意味では「偽造」にあたる精巧なものも「模造」に含まれる。この事件で飲食業の男が作った偽物の1万円札は本物と見まがうほど精巧だと判断された。
では、なぜ飲食業の男と知人の男とで刑事処分に違いがでたかというと、(3)の通貨模造罪と違って(1)の通貨偽造罪が成立するには「行使の目的」、すなわち偽物を本物だと偽って社会に流通させる目的が必要だからである。飲食業の男は店で飾るために作っており、実際に飾っていたうえ、知人の男にも使えないものだと注意して渡していることから、この「行使の目的」を認定できないと判断された。
一方、知人の男はこの注意を無視し、タクシー代を支払う際に本物と偽って使っていることから、(2)の偽造通貨行使罪に問われている。なお、タクシー運転手をだましており、詐欺行為にあたる面もあるが、詐欺罪はより罪が重い(2)に吸収されるというのが判例だから、(2)とは別に詐欺罪が成立することはない。(了)
【追記】
鹿児島地裁は1月22日、偽物の1万円札を作った飲食業の男に対し、懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決を言い渡した。