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シリア:アラビア半島のアル=カーイダは「反体制派」の成功を喜ぶ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年11月27日に始まった(らしい)シリアの「反体制派」による大攻勢「侵略抑止」作戦は、アレッポ市どころか同市周辺の政府軍の重要拠点を半ば一掃し、前代未聞とも言える大戦果を上げた(ことになっている)。もっとも、「反体制派」の大戦果を受けたシリアを取り巻く状況、実はシリア紛争が最も激しかった2014年~2020年頃とは大きく異なっている。当時と劇的に異なるのは、アラブ連盟の加盟資格を凍結され、アラブ諸国、中でもアラビア半島の産油国の多くがシリアの体制打倒を目指してイスラーム過激派を主力とする「反体制派」どころか「イスラーム国やアル=カーイダのようなイスラーム過激派をも支援していた状況から、今日ではカタルを除くアラブ諸国のほとんどが事態を受けたシリア政府の外交活動で政府支持を表明している点だ。つまり、今般の攻勢がシリア紛争の一大転機になるのは間違いないとしても、その結果は「悪の独裁政権」の打倒という夢のような結果になるとは限らないということだ。しかも、イスラエルによる全体未聞の規模の民族浄化、集団虐殺を傍観しているだけの「国際社会」にも、報道機関にも、人権団体・活動家にも、今後起こるかもしれないシリアでの恐るべき破壊と殺戮を咎める倫理的基盤はもうない。

 そんな中、今般の「反体制派」の大攻勢を率いる「シャーム解放機構」がシリアにおけるアル=カーイダであるヌスラ戦線であることを如実に示すかのような反応も出始めた。アル=カーイダ諸派の中で現在も比較的熱心に政治的メッセージを発信するアラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)は、12月1日付で「我らが愛するシャーム(注:シャームとはこの場合シリア・アラブ共和国のこと)のヌサイリーの侵略抑止を支持・祝福する」と題する声明を発表した。声明は、攻勢の戦禍を喜び、支持と祝意を表明するとともに、攻勢はラーフィダども(注:シーア派のこと)とヌサイリー体制(注:シリア政府のこと。ヌサイリーとはアラウィー派と呼ばれる宗派への蔑称)の不正を除去するためにはタウヒードの言葉の下でのムスリムの一体化が必要であると主張した。本来、アル=カーイダは「シャーム解放機構」やシリアのイスラーム過激派諸派との関係についてもっとちゃんと説明すべきなのだが、今般のAQAPの声明はそのあたりの機微や経緯をぜーんぶ「なかったこと」にしてラーフィダとヌサイリーに対する大戦果を喜ぶだけのつまらない内容に終始している。さらに声明は、「ヌサイリー体制とラーフィダ(注:この場合、イランやヒズブッラー、イラクの民兵諸派を指す)やロシアは、ムスリムを害するユダヤ・キリスト教徒の共犯者で、ヌサイリーとその同盟者たちの犯罪はパレスチナでのユダヤの犯罪を上回る」と言い放って、先日の「イスラーム国」と同様にイスラエルによるパレスチナ人民に対する破壊と殺戮、そしてアル=カーイダの出発点とも言える十字軍・シオニズムによるイスラームの地への侵略と戦う使命を彼岸化し、「ヌサイリーとラーフィダを殺せ」という極めて低次元の政治的主張で終わる。こうした主張は、パレスチナ人民を助けるより先にラーフィダを殺すべきだと主張した「イスラーム国」の情勢認識に近いものだ。ちなみに、AQAPを含むアル=カーイダ諸派は、2023年11月の時点でハマースによる「アクサーの大洪水」攻勢を支持し、ユダヤへの攻撃を扇動する声明を発表しているのだが、これは既存の国家を超越したイスラーム共同体ぐるみでのジハードを標榜するアル=カーイダから見ると、既存の国家や民族の枠内での政治目標を追求するいんちきに過ぎないハマースに迎合するという、イスラーム過激派を観察してきた身からすると史上最低水準の駄作群だ

 なお、アル=カーイダと今般の攻勢を率いる「シャーム解放機構(旧ヌスラ戦線)」との関係は、ちょっと複雑に見えて実は至極単純だ。というのも、ヌスラ戦線は、2011年頃にシリア紛争に便乗して「反体制派」を装い、シリアを拠点に資源を獲得するためにアル=カーイダ諸派の相違に基づいて作られた、「イラク・イスラーム国」のフロント団体だからだ。その後、シリアの「反体制派」を偽装することにより国際的(特にカタルをはじめとするアラビア半島の産油国、トルコ)からの資源の調達のおかげで勢力を拡大した「イラク・イスラーム国」がヌスラ戦線を自派のフロントであることを明らかにすると、アル=カーイダと「イラク・イスラーム国」との関係が悪化し、ヌスラ戦線の一部は独自にアル=カーイダに忠誠を表明した。その後、アル=カーイダと「イラク・イスラーム国」は完全に決裂し、後者は現在の「イスラーム国」へと変容する。一方、ヌスラ戦線は、シリアの「反体制派」を偽装するため、アル=カーイダとの「分離」を宣言し、「分離」をより明確にするため「シャーム解放機構」を名乗るようになった。このあたりの経緯は、筆者の独断と偏見や独自解釈に基づくものではなく、その都度イスラーム過激派が発表した声明や、国連や本邦を含む各国のテロ組織・テロリストに対する制裁指定の記述に基づく。本邦財務省が作成した最新のリストによると、ヌスラ戦線は当時の「イラク・イスラーム国」の別名として制裁対象に指定され(注:本邦財務省のリストの番号644)、「シャーム解放機構」も「アル=カーイダの支部としての目的追求の手段として創設」と注記されている。「シャーム解放機構」の首領であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニー(注:本邦財務省のリストの番号637)も、アル=カーイダの構成員として2013年7月に国際制裁委員会によって制裁対象に指定され、それを受けて本邦の制裁リストに掲載されている。また、「シャーム解放機構」とともに「侵略抑止」攻勢に参加したトルキスタン・イスラーム党(本邦リストで324)とアンサール・イスラーム団(本邦リストで343)も、前者は2002年9月、後者は2003年2月以来「アル=カーイダ関連団体」として国連の制裁対象(そして当然それを受けた本邦の制裁対象)だ。つまり、「シャーム解放機構」やジャウラーニーは「アル=カーイダじゃない」との主張があるとすれば、それは公文書や客観的事実からの裏取りを怠った(或いは裏取りをする技術や知性がない)「個人の感想」に過ぎないわけだ。

 事実関係を言うなら、アル=カーイダとヌスラ戦線は「偽装分離」の後仲たがいし、互いを罵り合う関係なのだが、仲たがいの原因は前者がシリアの「反体制派」を偽装してイドリブ県などを占拠することによって生じた利権をイスラーム過激派諸派みんなで分け合おうとしたのに対し、後者が他のイスラーム過激派諸派を放逐・制圧して利権を独占したことだ。今般、AQAPが「シャーム解放機構」を支持・祝福したのは、「シャーム広報機構」に放逐された後にトルコの保護下に入り、現在は「シリア国民軍」というトルコ傘下の民兵集団となったイスラーム過激派諸派も、「侵略抑止」攻勢の「おこぼれ」にあずかって戦果を上げているからだ。シリア紛争の構図が「複雑だ」というのならば、それは「悪の独裁政権」をやっつけようとしている「正義」であるはずの「反体制派」が、実はシリア人民を収奪したり、シリア国外から寄せられる支援を独占したり、領域占拠の正統性を獲得したりしようとするアル=カーイダらイスラーム過激派に過ぎず、みんな大好き(?)な勧善懲悪ストーリが用をなさないからだ。なお、筆者は興味も関心もないことだが、「いんてりじぇんす」なるギョーカイでは、頼まれたり報酬をもらったりするわけでもないのに物知り顔で「機密情報」に基づくと称する言辞を振りまいて特定の当事者に与する言動で社会に影響を与えようとする者たちを「役に立つバカ」と呼ぶそうだ。今般、客観的事実や国際的認識に反して

「シリアの「反体制派」はアル=カーイダではない」と言い募るのは、アル=カーイダから見ればまさにこれに該当する訳だ。

 なお、シリア紛争については、本邦でもアサド大統領以下シリア政府の帰還や要人が多数制裁対象に指定されている。もっとも、こちらの制裁は、国連の諸決議に基づくアル=カーイダや「イスラーム国」に対する制裁とは異なり、あくまでG7諸国による主観と政策目標に沿った独自の制裁であり、国連加盟国のなすべきこととして制裁対象に指定されているヌスラ戦線やジャウラーニーの位置づけと制裁の根拠が全く異なるものである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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