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なぜワクチンの誤接種が起こるのか? 原因と対策は

倉原優呼吸器内科医
(写真:アフロ)

ワクチンの誤接種とは

現在、新型コロナワクチンとインフルエンザワクチンが並行して接種されています。決して発生率が高いわけではありませんが、全国で相次いで報道されているのが「ワクチンの誤接種」です。

厚生労働省は今月、新型コロナワクチンの接種において、使用済みの注射器を使ったり、接種間隔や対象者を誤ったりしたというミスが、9月30日までに全国で1805件報告されたことを明らかにしています。このうち、739件は重大な健康被害につながりかねないミスだったそうです。

ワクチンの誤接種については、今回の新型コロナワクチンに限ったことではなく、長らく議論されてきました。昭和62年以降、「予防接種による事故防止について」という勧告が旧厚生省から発出されていましたが、それでもなおワクチン誤接種が多発したため、「予防接種間違い防止の手引き(予防接種ガイドライン等検討委員会)」が作成されました。この発刊後も、有効期限切れのポリオワクチンの接種事例が相次いで発生しています。

これまでに、様々なワクチンの誤接種が報告されています(1)(図1)。最近は、新型コロナワクチンとインフルエンザワクチンを間違えて接種した事例も報道されています。なぜ、このような医療事故が起こるのでしょうか?

図1. ワクチンの誤接種(ピクトアーツ、フォトAC、ICOOON MONO、シルエットイラストよりイラスト使用)
図1. ワクチンの誤接種(ピクトアーツ、フォトAC、ICOOON MONO、シルエットイラストよりイラスト使用)

①「ワクチンの種類」の間違い

  • 新型コロナワクチンの接種に来院した患者に、誤ってインフルエンザワクチンを接種してしまった。
  • 姉妹で予防接種に来院したが、姉に接種する予定であったワクチンを間違えて妹に接種してしまった。

②「接種年齢」の間違い

  • 5歳児(幼稚園の年中組)に第2期のMRワクチンを接種してしまった(正しくは5歳以上7歳未満で小学校入学前の1年間にある者:年長組相当)。
  • 生後2か月の乳児に13価肺炎球菌結合型ワクチンとの同時接種で四種混合ワクチンを接種してしまった(四種混合ワクチンの接種は生後3か月以上7歳6か月未満)。

③「接種回数」の間違い

  • 新型コロナワクチンを3週間ごとに3回連続で接種してしまった。
  • Hibワクチンの接種開始が7か月齢の子どもに初回接種を3回(正しくは2回)してしまった。

④「接種間隔」の間違い

  • 生ワクチン接種1週後に他のワクチンを接種(正しくは27日以上あけて接種)してしまった。

⑤「接種量」の間違い

  • 2歳の子どもに日本脳炎ワクチンを0.5mL接種(正しくは0.25mL)してしまった。

⑥「接種方法」の間違い

  • 新型コロナワクチンを皮下注射してしまった。
  • BCGワクチンを1か所のみ(正しくは2か所)しか圧刺しなかった。

⑦「ワクチンの取り扱い」の間違い

  • 新型コロナワクチンを希釈して6時間以上が経過したものを接種してしまった。
  • 生ワクチンを事前に溶解して診察室に並べて準備していた(生ワクチンの溶解は接種直前におこなう)。

⑧「接種器具の取り扱い」の間違い

  • 集団接種において、全員の接種が終了した後に使用済み接種器具の本数を数えたところ、接種人数分の本数に足りず、いずれかのタイミングで使用済みの接種器具を使用してしまったことが分かった。

⑨「 保管方法」の間違い

  • ワクチンの納品後、しばらく室温で放置してしまった(納品後は直ちに定められた貯法および取扱い上の注意:適切な温度、遮光の有無、凍結を避ける必要性等に従って保存する)。

ワクチンの誤接種が起こる理由

このような間違いが発生してしまう理由は、ワクチン接種業務がヒューマンエラーを起こしやすい構造になっているためと考えられます。

1.同じ作業の連続:判断力の低下・思い込みや勘違いの誘発

外科手術1件と向き合う医療従事者は、当該タスクに集中しておれば医療事故は起こりにくいですが、連続してワクチンを接種する場合、同じ作業が続きます。毎回、確実にワクチンが吸い上げできているか、針を刺した後の注射器がちゃんと廃棄されているか、など逐一確認すれば大丈夫ですが、業務が数時間におよぶと「慣れ」が生じます。これにより、誤接種が起こるリスクがあります。また、新型コロナワクチン接種業務の合間に、インフルエンザワクチン接種業務が入ってくると、今どちらのワクチンを接種しているのか、ワクチンを並べる側も接種する側も慎重になる必要があります。ワクチンの薬液に色がついているわけではありませんので、見た目で判別することが困難な場合があります(※)。

※ワクチンはやや白濁しているので空気と判別可能ですが、接種者が「ワクチンが入っている」と思い込んでいると回避しづらいです(写真)。

写真. 左から順に、空気が入った注射器、水が入った注射器、ワクチンと同程度に白濁した液体が入った注射器(筆者撮影)
写真. 左から順に、空気が入った注射器、水が入った注射器、ワクチンと同程度に白濁した液体が入った注射器(筆者撮影)

2.業務の特異性:誤判断の誘発

今回の新型コロナのような自治体の集団接種となると、プロセス自体が新しく、業務そのものに不慣れの人が多いです。その時々で組むチームが異なり、慣れている人がいる一方で、不慣れのため分からない点を聞くに聞けない医療従事者がいるため、「これで正しいに違いない」という誤判断によって医療事故が起こりえます。

3.接種フローが複雑:省略の誘発

ワクチンの問診用紙を出して、内容を確認して、腕を出してもらって、アルコール消毒して、ワクチンを接種して・・・というフローの中で、1つでも「まぁいいか」と確認を省略してしまうと、それが医療事故につながることがあります。たとえば、接種した針はキャップを再度装着せずに「針入れ」に入れるのが正しいですが、もし針入れがいっぱいだった場合、リキャップするといった間違った行為をおこない、接種済の注射器がトレイに戻される可能性があります。そうなると、次の接種者がその注射器で刺されるという医療事故が起こるリスクが発生します。

医療従事者におけるヒューマンエラー対策

ヒューマンエラーは、間違いを起こした当事者や現場に原因や反省を求める傾向にありましたが、背景に隠れた原因や構造を洗い出して、初めて対策を講じることができます。

国立感染症研究所感染症疫学センターは「予防接種における間違いを防ぐために」という啓発パンフレットを発刊し(1)、厚労省健康局健康課予防接種室も、啓発ポスターを作製しています(2)(図2)。

図2. 厚労省の啓発(参考資料2より)
図2. 厚労省の啓発(参考資料2より)

ワクチンの誤接種などの医療事故に関して、「絶対にあってはならない許されないこと」というのは正論です。しかし、個人を糾弾するという構造をよしとするのではなく、チームや組織で取り組んで改善していくよう取り組まなければ、医療事故はなくなりません(図3)。何より、最もあってはならないのは、こうした糾弾を恐れて医療事故が過小報告されることです。

図3. 医療事故の考え方(看護roo!よりイラスト使用)
図3. 医療事故の考え方(看護roo!よりイラスト使用)

ワクチンの誤接種を起こしてしまった人をただ叱責するのではなく、各自治体が「どこを改善すれば誤接種がなくなるか」を事例ごとに検証・改善する必要があります。

(参考資料)

(1) 国立感染症研究所感染症疫学センター. 予防接種における間違いを防ぐために(URL:https://www.niid.go.jp/niid/images/vaccine/machigai-boushi-2021_03.pdf

(2) 厚労省健康局健康課予防接種. 新型コロナワクチンの間違い接種情報No.1及びNo.2について(URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000815703.pdf

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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