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経産省若手官僚レポートは、ズルい 霞が関ポエムに踊らされてはいけない

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

経産省の若手官僚が作成したレポート「不安な個人、立ちすくむ国家」が話題となっている。Yahoo!トピックスにも載っていた。

経産省若手による“日本なんとかしないとヤバい”的資料に注目集まる 「作者たちで政党作れ」「恐ろしいことが書かれてる」(ねとらぼ) - Yahoo!ニュース

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00000058-it_nlab-life

経産省若手の提言「ヤバイ感がすごい」 「2度目の見逃し三振は許されない」(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00000015-jct-soci

もともとの資料はこれだ

「不安な個人、立ちすくむ国家」(経産省)

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

あまりTLを眺めない私なのだが、ぱっと見たところ多くの人がシェアしていた。BLOGOSなどの論壇サイトを見ても、礼賛するエントリーを書いていた人を見かけた。

ただ、これはネット時代とポピュリズムのわかりやすい事例ではないだろうか。そして、庶民を普遍性を装った美しい言葉で手懐ける実験を官僚が行っているようにも見えた。若さの悪用だとも言える。

私はこの一連の騒動を見て、危機感を抱いた。怒りすらこみ上げてきた。いてもたってもいられず、自分の存在が何なのかさえ分からず震えながら、キーボードを叩いている43歳の昼である。腐敗しきった日本社会に対して、私はこの檄を叩きつける。烈々としたパトスをみなぎらせつつ、知識人として物申すことにしよう。

私の率直な感想は、こうだ。「METI(経産省)っぽいなあ」と。良く言えば、キャッチーで、悪く言うと節操がない。METIは、キャッチーなコンセプトをつくるのが上手いのだ。社会人基礎力も、ワーク・ライフ・バランスも、プレミアムフライデー(笑)もすべてMETIだ。大きなムーブメントになったのも、そうではないものもある。政策のマーケティング化が巧妙だ。それは、ベテランたちも若手も同じということか。

「節操がない」と書いたが、キャッチーさを追求するがあまり、その政策が何に対して効果を及ぼすのか、怪しいものも散見されるのだ。この度、発売した拙著『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)においても、同省のワーク・ライフ・バランスに関する政策などについて、数ページかけて批判した。簡単に言うと「女性が活躍している企業は業績が良い」などということが資料に盛り込まれているが、その中には因果関係、相関関係が怪しいものが散見されるのだ。これに限らず、プレミアムフライデーなどを初め、同省の政策の中には課題とそれに対する打ち手の因果関係が怪しいものは枚挙に暇がない。

話を戻そう。資料で論じられていること、特に問題とされていることについては特に目新しさはない。TVのドキュメンタリー番組や、各種ビジネス雑誌から、ネットニュースや個人ブログまで、ここで取り上げられてきた問題は語られ続けてきたし、多くは政策としても議論が重ねられてきたし、学術的な研究も積み重ねられてきた。冒頭で登場する「液状化する社会」なるコンセプトについても、ジグムント・バウマンが提唱したのはもう20年近く前のことである。

しかし、若手官僚がつくったレポートであること、一方で官僚がつくったレポートなみから言うと、ポップなデザインやフォント、キャッチーなワーディングであることもあり、読者は煽られてしまったのではないか。これぞ、「霞ヶ関ポエム」そのものである。いや、高級官僚なら岩波文庫などの世界の名作を読んでいて欲しいのだが、これではケータイ小説なみではないか。

43ページから、インターネットの時代であること、メディアへの信頼度が低下していること、SNSが政治に影響することなどを論じている。特に46ページにおいては、「自分で情報を選び、自分で決断しているつもりが・・・実際には与えられた情報に踊らされている?」という問題提起をしている。政治家がSNSでの呟きを観察し、巧妙に情報発信に利用していると論じているが、このレポート自体が、ネット時代の特性を利用した大衆迎合型のものではないだろうか。笑止千万の妄言である。

日本の問題を論じているが、このような国づくりに加担してきたのは経産省そのものではないか。この資料で提示されている問題について、何割かは経産省に責任があるのではないか。若手官僚であることを巧妙に利用し、これまでの政策の何が正しく、何が間違っていたのかを論じないまま、社会の問題を断じるのは卑怯である。他省の批判も絶妙だ。厚労省マターの問題が散見されるが、巧妙に領空侵犯をし、その罪を問うている。自分のことを棚上げし、天下国家を語り、人気とりをしているように見えてしまう。低俗な若者討論番組のようだ。まさに日本のジレンマだ。

シルバー民主主義批判、社会保障の見直しに賛同する声も散見されたが、私には対象が誰であれ、国民を切り捨てる国に日本国家を雄飛させることに血眼となっているようにも見えた。国民の不安・不満の声など歯牙にもかけぬ傲慢な言動である。

例によって、母子家庭へのレッテル貼りについても盛り込まれていた。出身者として強く批判しておく。子供の貧困問題に関しては、母子家庭「だけ」が貧しいのだろうか。極めて遺憾である。

思うに、このレポートそのものがSEO対策のかたまりのようだ。ネットで興味をひく話が巧妙に盛り込まれている。

この若手であることを上手く利用した主張というものは、ベンチャー社長、社会起業家、意識高い系の得意とするところであるが、この愚策を官僚も取り込んでしまったということか。いや、若手官僚の自主的な集まりならまだしも、METI自体が、若手を巧妙に利用しているのならタチが悪い。いわば、彼らこそが御用若者、プロ若者だ。

もっとも、この「霞が関ポエム」を礼賛する市民にも、私は失望した次第だ。いわば政治家ではなく、官僚によるポピュリズムのようなものだ。この資料を拡散した者たちの何割かは、権力者が語る普遍性を装った言葉に見事に手懐けられてしまったのだ。知性、理性は大丈夫か。あたかも、いかにもかたそうな放送局や新聞社がキャッチーな企画で若者のことをわかっている風に演じるのと似ている。これぞ、日本のジレンマそのものだ。

私は官僚にも市民にもやや失望してしまったが、それでも声をふりしぼってこの資料をつくった官僚たちを強く批判するとともに、それを礼賛する愚に対して警鐘を鳴らすことにする。我が国を憂い、勇躍決起した次第だ。私たちは庶民の仲間を装った、官僚の暴走に、非妥協的に立ち向かわなくてはならないのだ。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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