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恐竜を絶滅させた「隕石」は「凶悪な角度」で地球に突入した

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 白亜紀末に恐竜を絶滅させたのは6550万年前に落ちた隕石のせい、という認識はすでに広く共有されている。この隕石は現在のメキシコ、ユカタン半島北部に落ちたとされているが、最新の研究によればこの隕石は考え得る最悪の角度で地球に突入したようだ。

本当に隕石が絶滅させたのか

 隕石の痕跡は、チクシュルーブ(Chicxulub)クレーターとして残っている。隕石の大きさは直径10.6キロメートルから80.9キロメートルの間と考えられているが(※1)、隕石の大きさ推測にこれだけサイズの差があることもあり、実際にはどれほどの影響力があったのかが長く議論されてきた(※2)。

 つまり、恐竜や地球上の約75%という多くの生物種を絶滅させた犯人はチクシュルーブ隕石という説はほぼ固まったが、その隕石衝突はいったいどんな影響を与えたのかということだ。これまでは、衝突によって細かいチリやガスが舞い上がり、それが大気をおおって寒冷化をもたらしたという説(※3)が有力だったが、隕石による熱線が地球上を吹き荒れ、各地で大火災が起きたのではないかという説もある(※4)。

 また、大型の草食恐竜が種として終末的な状況にあり、隕石衝突が恐竜の種としての生存限界にとどめを刺したのではないかという説もある(※5)。さらに、隕石が落ちたチクシュルーブという場所は、大量の石油や石炭、天然ガスなどの炭化水素(hydrocarbons)が岩石や土中に含まれ、こうした場所は地球上の約13%を占める地域に過ぎなかったことから、その運の悪さを指摘する説もある(※6)。

 一方、チクシュルーブ・クレーターの地質を綿密に調べ、隕石衝突の際にいったい何が起きたのかを地質学的なアプローチから考えていく研究方法も多い。地球物理や地質学、流体力学などの研究から、恐竜絶滅の理由に迫るというわけだ。

 隕石衝突でできたクレーターの内部には、ピークリング(Peak Ring)と呼ばれる環状の盛り上がりが形成されることがある(※7)。チクシュルーブ・クレーターにもピークリングがあって約1000メートルもの堆積物に埋もれてしまっているが、ボーリングによってピークリングを調べたところ、地質がもろく、隕石が強い衝撃を与えたことがわかった(※8)。

隕石はどのように衝突したのか

 巨大な物体が地球表面に高速度で衝突すれば、地球表面は海洋でなくてもあたかも全体が液体のような挙動を示す。そのインパクトの様相は、クレーターの形状や地質、ピークリングの形状などに現れてくるはずだ。

 例えば、チクシュルーブ隕石は海に落ちたと考えられているが、衝突後に押し出された海水がどのような挙動でクレーター内へ流入し、熱せられた岩石を冷やしたのかなどを調べれば、隕石衝突の様相を知る手掛かりになるかもしれない。

 最近の研究によれば、18億8900万年前の隕石衝突で形成されたと考えられているカナダ東部のオンタリオ州にあるサドベリー盆地(Sudbury Basin)とチクシュルーブ・クレーターの堆積物が、衝突後の海水の流入の状況という観点からよく似ており、両方の共通点からのアプローチの有効性が示唆されたという(※9)。

 また、ピークリングのボーリング調査から得られた岩石からは、隕石の衝突がどのような衝撃波を地球に及ぼしたのかがわかる。例えば、水晶(石英)に残された羽状のヒビ(Feather Feature)の角度によって、隕石の衝撃の度合いや方向を知ることができるという(※10)。

 チクシュルーブ・クレーターのピークリングから得た水晶の羽状のヒビを調べた研究によれば、ヒビの方向がクレーターの中心から西北西へ向いていた。この研究グループによれば、これは隕石が衝突した際、海底の下750メートルから1200メートルにあった水晶を含む花崗岩がピークリングを形成する際に受けた衝撃の様相を表しているという(※11)。

 また、チクシュルーブ・クレーターやピークリング、岩石、地下の地質構造をデータ化し、それを英国の科学技術施設評議会(Science and Technology Facilities Council、ATFC)のスーパーコンピュータ(SiRAC)で解析して3Dシミュレーションするという最新研究もある。この方法で調べてみたところ、チクシュルーブ隕石は北東から60度の角度で地球に衝突したという(※12)。

 この研究グループは別に30度角の隕石衝突のシミュレーションも行っているが、その衝撃は60度角での衝突とは大きく異なる。60度角ではボールを池に投げ込んだように地球表面がまさに液状化し、地殻へ大きな影響を与え、地殻の成分を大気中へ舞上げたが、30度角では表面が波打つ程度で地殻への大きな影響はなかった。

たまたま運が悪かった恐竜

 チクシュルーブの地層には炭化水素と硫黄が多く含まれていたが、隕石衝突によってそれが加熱されて分解し、二酸化炭素や水蒸気、硫黄が大気中へ舞い上げられた結果、地球気温が急激に低下し、隕石衝突による長期的な「インパクト・ウィンター」、つまり地球全体の寒冷化が進んで大絶滅につながったのだという。

 地殻における炭化水素と硫黄の割合は地球上の地域ごとに異なっているが、前述したようにチクシュルーブはたまたまその割合が多かったという研究もあり、隕石が衝突した場所が悪かった上に今回の研究では衝突した角度も悪かった。これらの研究によれば、恐竜はダブルに運が悪かったために絶滅したということになる。

 では、隕石の衝突後にはどうなったのだろうか。隕石によって海水が押し出され、それが戻ってきてクレーターを満たしても、直後は「インパクト・ウィンター」のせいで微生物の活動は劇的に減少した。だが、次第にバクテリアやプランクトンが活動を始め、20万年ほど経つと新たな生態系ができたという(※13)。

 我々ヒトの祖先である哺乳類はもともと夜行性だが、そのせいもあって隕石衝突による「インパクト・ウィンター」を堪え忍ぶことができたのではないかと考えられている(※14)。ヒトはすでに夜行性ではないが、次の隕石は地球上のどこにどんな角度で衝突するのだろうか。

※1:Hector Javier Durand-Manterola, Guadalupe Cordero-Tercero, "Assessments of the energy, mass and size of the Chicxulub Impactor." arXiv, 1403.6391, 2014

※2:Michael R. Rampino, "Relationship between impact-crater size and severity of related extinction episodes." Earth-Science Reviews, Vol.201, 102990, doi.org/10.1016/j.earscirev.2019.102990, 2020

※3:Johan Vellekoop, et al., "Rapid short-term cooling following the Chicxulub impact at the Cretaceous-Paleogene boundary." PNAS, Vol.111, No.21, 7537-7541, 2014

※4:Douglas S. Robertson, William M. Lewis, Peter M. Sheehan, Owen B. Toon, "K-Pg extinction: Reevaluation of the heat-fire hypothesis." Journal of Geophysical Research, Vol.118, Issue1, 329-336, 2013

※5:Stephen L. Brusatte, et al., "The extinction of the dinosaurs." Biological Reviews, Vol.90, Issue2, 628-642, 2015

※6:Kunio Kaiho, Naga Oshima, "Site of asteroid impact changed the history of life on Earth: the low probability of mass extinction." nature, Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-017-14199-x, 2017

※7:H J. Melosh, "Impact cratering: a geologic process." Oxford University Press, 1989

※8-1:Joanna V. Morgan, et al., "The formation of peak rings in large impact craters." Science, Vol.354, Issue6314, 878-882, 2016

※8-2:Ulrich Riller, et al., "Rock fluidizaction during peak-ring formation of large impact structures." nature, Vol.562, 511-518, 2018

※9:Gordon R. Osinski, et al., "Explosive interaction of impact melt and seawater following the Chicxulub impact event." Geology, Vol.48(2), 108-112, 2020

※10:M H. Poelchau, T Kenkmann, "Feather features: A low-shock-pressure indicator in quartz." Journal of Geophysical Research Solid Earth, Vol.116, IssueB2, 2011

※11:Matthias Ebert, et al., "Tracing shock-wave propagation in the Chicxulub crater: Implications for the formation of peak rings." Geology, doi.org/10.1130/G47129.1, 2020

※12:G S. Collins, et al., "A steeply-inclined trajectory for the Chicxulub impact." nature communications, Vol.11, 1480, doi.org/10.1038/s41467-020-15269-x, 2020

※13:Bettina Schaefer, et al., "Microbial life in the nascent Chicxulub crater." Geology, Vol.48(4), 328-332, 2020

※14:Roi Maor, Tamar Dayan, Henry Ferguson-Gow, Kate E. Jones, "Temporal niche expansion in mammals from a nocturnal ancestor after dinosaur extinction." nature, ecology & evolution, doi.org/10.1038/s41559-017-0366-5, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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