初勝利が3安打8奪三振で完封! 投手経験1年半の黒野颯太(石川ミリオンスターズ)、その進化の過程
■初勝利が完封勝利
11試合目の登板だった。やっと、やっと、白星を手にした。しかも完封勝利で―。
黒野颯太投手(日本海リーグ・石川ミリオンスターズ)は8月16日の初勝利を「『よっしゃ!』と思ったところに(捕手の岡村)柚貴さんが走ってきてくれて…。やっと1勝目勝てたんだって、めっちゃ嬉しかったですね」と思い返し、白い歯をこぼす。
実は試合前の遠投とブルペンが「あまり調子よくないな」と感じていたという。だからこそ、「9回投げきるとか考えず、1回1回丁寧に0を重ねていこうっていう意識になった」と、前回登板(同10日)でちょっぴり芽生えた自信が過信にならないよう、大事に入った。
「気づいたら七回くらいまでいってて、片田(敬太郎コーチ)さんに『八回いけるか』と言われて『いけます』っていって、球数的に八回で交代かなとは思ったけど、ここまできて代わるのも嫌だった」。
八回まで散発3安打で無失点だ。完封したいというのは投手の性だろう。志願が受け入れられると最終回のマウンドに上がり、3人斬りで9つ目の0を刻んで初勝利を完封で飾った。三振も自己最多の8つ奪っていた。
■明らかなバッターの反応の違い
前回の試合から、これまでとは違うバッターの反応を感じていたという。これまで「バッターに気持ちよくスイングされていた」のが、バッターの打つポイントが「1こ後ろになって、ファウルばっかりになった」と自分でも驚いた。
「カットボールに泳いだり、ファウルも打ち損じのファウルじゃなくて、ちょっと押せてるって感じがあったっす」。
終盤でも空振りが取れ、球速表示以上に球威を感じさせた。
「気持ち的にめっちゃ気合いが入っていました。五回、六回がめっちゃしんどいんですよね、体力的には。七回からはどうにか気合いで。いつものフルマックス以上にエンジンが入りました」。
ラストボールも「前足の使い方がよくなくて、だいぶシュートしてた」と納得がいかないながらも空振り三振で締め、自然とガッツポーズが出た。
岡﨑太一監督も「打者との距離を詰められているから、バットがボールの下を通った空振りが取れていた。本人も『こんな感じかな』って、掴んだまではいってないけど、ただガムシャラに腕を振って投げるだけが投球じゃないっていうのは、なんとなくわかったと思います」と愛弟子の成長に目を細め、「139球投げましたけど、九回も出力がそんなに落ちていなかった」と舌を巻いた。
■家族、親戚、恩師、友人も歓喜
愛知県の実家では父方の祖父母も来て、一緒にYouTube配信を見て応援してくれていた。勝った瞬間、両親と兄が家の中でハイタッチしていたと祖母が報せてくれ、思わず笑みが漏れた。母方のきょうだいや親戚、友人たちも見てくれていて、携帯が鳴りやまなかった。
誉高校の監督には自分から「やっと1勝できました。完封でした」と報せたら、「おぉ、すげぇやん。満足せずに頑張って、もっともっといい結果を目指してやりなさいよ」との励ましをもらった。その後、部長先生はじめ、多くの高校関係者からも祝福のメッセージが数多く寄せられた。
■このままでは勝てるピッチングにならない
この1勝を挙げるまでが、苦しかった。開幕2戦目の先発に抜擢されながらも、六回途中でマウンドを降りて勝ち負けつかず。その後も援護に恵まれないこともあったり、自ら崩れたりで、勝ち星は遠かった。
しかし「勝ちが欲しいのは正直あった」が、そこまで気にはしていなかった。ただ、ベンチでいつも「一番下がこんな頑張って投げてんやから、勝ちつけたろうや」と言ってくれる先輩たちには応えたかった。
そんな折、「アウトの取り方がわかんない。もう何を投げても打たれるような気しかしない」と7月15日、今季最短の2回でノックアウト(5失点)された。ここで岡﨑監督は意を決し、練習生に降格させたのだ。
「高卒から入ってきて、プロにも注目されているっていうので、現段階でどれくらい富山(GRNサンダーバーズ)さんに通用するのか、春先から何も言わず、手もつけずに見てきた。もちろん試合の中での反省点はその都度、言葉やメールでは伝えてはきたけど、勝てず抑えられずできて、同じ失敗を繰り返す、そのループがずっと一緒だったんです」。
体が強いからイニングはこなせるが、勝てるピッチングにはならないと岡﨑監督は考え、投げ込みや走り込み、考える時間や投球フォームを見直す“ミニキャンプ”の期間を設けたかったのだと説明する。あくまでも前向きな抹消だ。
岡﨑監督が言うところの「同じ失敗」とは、「いろんなことがアバウト。追い込んでもバッターに気持ちよくスイングされて簡単に打たれる。“だいたい”で投げていた」とのことだ。
「たとえば、まっすぐをここに投げてバッターにこういう反応をさせようとか、この前の球がこうだったから、そのラインからちょっと動かして引っかけさせようとか、そういうのが全くなかった」。
もちろん、わずか1年半という投手経験の浅さこそが大きな要因だが、だからこそ、ここが転機だと岡﨑監督は判断したのだ。
黒野投手自身も「何か変えないと、このままズルズルいっちゃうな。シーズンももう半分くらいになってきてるし」と、やや焦りを感じていたところだった。
■“岡﨑捕手”が受けてくれた
まず、1日100球をメドに投げ込みを始めた。「最初なんて50球くらいで足がつっちゃって…」と、フォームをマイナーチェンジしたことで「下半身にきたみたいな感じ」と岡﨑監督は語る。
黒野投手も「右足の使い方を意識したのと、左肩が開くのが早いんで、それを我慢して投げるようにしました」と話し、富山の日渡柊太投手の右足の使い方を参考にしたと明かす。「最後にいい球が10球いったら終わろうっていう話で、結局120~30球くらい投げました」という投げ込みを続けた。
最初はストレートだけで、そこに変化球も加えるようになった。これまで曲がりが大きかった変化球の曲がり幅や変化量などを小さくし、「まっすぐのラインに合わせて変化していける球が欲しくて」と、とくにカットボールとスプリットに磨きをかけた。
この何日間かの投げ込みを、すべて捕手出身の岡﨑監督が受けてくれたことに黒野投手は感激の面持ちだ。「防具も着けずだったんで、なんか申し訳なくて…」と、自分のためにそこまでやってくれていることに頭を下げる。
岡﨑監督は「防具なしでも全然捕れますよ」と、こともなげに笑ったあと、こう話した。
「キャッチャーとして人一倍、ボールを捕ってきたから、ボールを捕って『今の球はこうだった』とか『投球フォームがこうなっている』とか言いたかったし、実際に捕ることで気づけたこともありました」。
長年やってきた“捕手目線”でのアドバイスを、黒野投手に授けた。
■バッターの反応の違いと身体の変化
その“ミニキャンプ”の成果はテキメンだった。先述したバッターの反応が違った以外に、自身の身体にも変化が表れた。
「疲れ具合とか、疲れがどこに溜まるかが、だいぶ変わった。今までは肩回り、肘、たまに左のお尻とかだったのが、今は四回とか五回にもう両足裏全体が張ってきてるんです」。
登板翌日、片田コーチには必ず体の状態を訊かれるが、これまでの「肩、張ってるっす」から「足裏、やばいっす」に変わり、下半身が使えていることに片田コーチも「いいことだ」とうなずく。
「やってきたことがすぐ結果に出るほど簡単なことじゃないけど、やろうとしていることは伝わってきた」と岡﨑監督が振り返るのが、復帰直後の北海道日本ハムファイターズ戦(8月6日)だ。
1回を5安打5失点(自責は3)だったが、岡﨑監督はたしかな兆しを感じていた。「このまま我慢強くやっていけよ」と、右腕の背中を押した。
そして、同10日の6回4安打1失点の試合は勝ち負けつかずだったが、「今季一番よかった」と黒野投手本人も手応えを得、次戦の完封勝利につながった。
本格的に投手転向したのが高校2年の秋だ。「持って生まれた身体能力だけで投げていた」(岡﨑監督談)という段階からステージを上り、着実に進化の一途をたどっている。
■北海道日本ハムファイターズ戦で畔柳享丞を見て…
先のNPBファームとの対戦は、黒野投手に大きな刺激と教材を与えた。ファイターズ戦では、相手先発の畔柳享丞投手の姿に目を奪われ、「うわ!“立ち感”、めっちゃきれい」と感動した。
そもそも同郷だ。高校1年の7月、他校の練習試合の球場補助に行ったときに当時3年の畔柳投手(中京大中京高校)のピッチングを初めて見て、衝撃を受けた思い出がある。
「めっちゃ速くて、こういう人がプロに行くんやって思った。それから動画は見てたけど、今回4年ぶりくらいに間近で見ることができました」。
上気した顔でまくしたてる。
あらためて「無理なくスッて足が上がった感じがすごくいいな」と思い、早速取り入れた。「シンプルに足を止めるだけってアリやな」とキャッチボールでやってみると、「めっちゃタイミング掴みやすいし、立ち感もいいかもしんない」と感じ、それでブルペンで投げると足のバラつきもなくなったという。
■阪神タイガースのバッター陣に驚愕
同27日の阪神タイガース戦(4回5安打2失点)でも、「めちゃくちゃいい勉強になったっす」と興奮が隠しきれない。
「やっぱ低めはバット止まるし、逆に低めのボール球でも拾ってくるとか、2ストライク追い込んでからの粘りとか…。一番はインコースの反応ですね」。
例に挙げたのは中川勇斗選手との対戦だ。いつもは投げた瞬間に相手が振ってくるかどうかイメージがつくというが、中川選手はインコースのボールに対して手を出してくる様子が感じられなかったのに「急に、一瞬にしてバットがバーンって出てきて(左前に)運ばれた」と目を丸くする。
速いスイングスピードで最短で出てきたバット、そしてややボール気味の球を大ファウルした飛距離に「ちょっと笑えるくらい『えぐっ』と思いました。すごいです」と、これでファームなのかと驚いた。
ほかにも「野口(恭祐)さんのスイングもすごくて、甘く入ったらもってかれるってこれやと思った」とか、同い年の選手についても「山田(脩也)のサードゴロも、ちょっと引っかけた打球なのに速かった。百﨑(蒼生)のレフト前も、スライダー2つ空振ったので、もう1こ低めに投げたら絶対いけると思ってベースにワンバンさせるくらいに狙って投げたのに、ほぼ片手でポンって合わせられてもってかれた」と、次から次へと感嘆の言葉が出てくる。
「阪神戦は初回から飛ばしていったので体力的な疲れもすごくあったんですけど、精神的な疲れが試合後にめっちゃきました(笑)」。
その疲れは、間違いなく肥やしとなったはずだ。大収穫にほくほくのNPB戦だった。
■伸びしろしかない19歳
ここまで経験したすべてを糧にして、ここからさらなる飛躍を誓う黒野投手。
「投げる試合はすべて勝ちたい。0点に抑えれば負けることはないんで。先発なので、試合の流れをこっちにもってこれるようなピッチングを心がけて投げたい」。
岡﨑監督も「バッターを差し込むことはできている。あとは決め球。空振りを取れるボール、打ち取れるボールを作っていくのが、これからの課題でしょうね」と19歳の伸びしろに、おおいに期待している。
9月7日、優勝を体験できた。ここから先は個人の目標であるNPBのドラフトに向けて、自身のアピールをするだけだ。
昨年味わった「指名漏れ」という悔しさを、今年は払拭したい。
【黒野颯太(くろの そうた)*プロフィール】
2005年7月13日(19歳)
178cm・78kg/右投右打
誉高校
愛知県出身/背番号14
最速:148キロ
球種:ストレート、カーブ、スライダー、カットボール、スプリット
【黒野颯太*今季成績】
12試合/1勝4敗0S/防御率4.36
64回/被安打72/被本塁打1/奪三振39/与四球40/与死球4/暴投10
失点42/自責点31
(9月9日現在)
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(撮影はすべて筆者)