Yahoo!ニュース

こうして取材に応じた直後に逮捕されるかも…。香港の監督が、それでも現実を伝えたいという強い覚悟

斉藤博昭映画ジャーナリスト
デモの最前線でカメラをかまえるキウィ・チョウ監督

実際に起こったことを撮影したのがドキュメンタリー。しかし事実を記録したことで、逆に「観せてはいけない」という措置がとられることもある。

中国当局にとって香港の民主化デモは、まさに「観せてはいけない」もの。デモの最前線を記録し、関係者の証言で構成された、渾身のドキュメンタリー映画『時代革命』は、カンヌなど各国の映画祭で上映される際も直前までシークレット扱いにされるなど、細心の措置がとられてきた。その作品が日本では、間もなく(8/13〜)劇場公開を迎えようとしている。

作品自体が中国当局から目をつけられているということは、作り手も当然のごとく多大なプレッシャーを受けているはずだ。監督のキウィ・チョウは今も香港で日常を送っているが、現在の生活を聞くと、こんな言葉を口にした。

「今こうしてあなたの取材を受けていて、これが終わった1分後に逮捕されるかもしれない。そのための心の準備もできています。僕自身はもちろん、家族ともその件を話し合って覚悟を決めているのです」

2020年に施行された香港国家安全維持法(国安法)によって、香港の一般市民は、以前の民主化デモのように声を上げられなくなった。当然、『時代革命』のような作品は舞台となった香港で上映できないし、それを撮った監督が日々不安を抱えていることも理解できる。

「たとえば先日、香港の警察署長が記者会見で『時代革命』のタイトルを挙げ、『この映画について検索したり、作品をダウンロードすると、国安法で逮捕される可能性がある』と言明しました。また、私が呼ばれた講演会やイベントが突然キャンセルになり、それを企画した人が会社を解雇されたりしています。おそらく私自身も監視されているのでしょう。でも一方で、もし私が逮捕されると逆に映画が注目を集めてしまうことを当局も理解しているようです。だから監視されつつも、逮捕には至っていないのです」

日本語とはいえ、こうしてインタビュー記事を掲載することで、監督に何か悪い事態が訪れないか心配にもなるが、それについては毅然とした表情でこう答える。

「1年くらい前も海外のジャーナリストが同じことを心配してくれました。危険なので『やはり取材は止めます』と言われたことも。でも、もしあなたの書いた記事が警察に見つかり、その内容が国安法に引っかかったとしても、それはあなたの間違いでもなく、私の間違いでもありません。間違っているのは政権側です。ですから思う存分、聞きたいことを聞いてください。私はキリスト教を信じていて、『絶対に嘘はつきたくない』という信念があります。いまリスクも感じていますが、『もう怖いものはない』と自由を噛みしめながら生きているのも事実なのです」

この強い信念ーー。

『時代革命』は、キウィ・チョウ監督が「一人の市民として、映画監督として、この事実を記録したい」と信念を貫いた作品だが、監督が悔やむのは、香港の高校生や大学生、彼らのために自らデモの最前線で盾になろうとした老人、大怪我も負ったレポーターら、この映画に登場する人々にすら、完成作を香港のスクリーンで観せられないことだという。

「映画監督ですから、自分の作品を映画館の大きなスクリーンにかけられない現状に、悲しみや苦しみを感じています。いつか香港の映画館で上映されることを願うのみです」

はたして、監督の願いは叶うのか。

国安法施行の後、日本でも香港で民主化を支持する人々の動静はわかりづらくなってきた。デモに参加した若者たちは現在、どのような心境にあるのだろうか。

「香港で民主派と、(中国政府を支持する)親中派がどんな割合で存在するのか。数値では報道されないので、じつのところ私にもよくわかりません。ただ、民主派にしても、親中派にしても、大半の人が漠然とした恐怖を抱え、声を上げられない現実は感じます。いちばん多いのは、何も見ていないふりをする人々かもしれません。デモに参加した若者たちは、集団的に後遺症に陥っている状態で、とりあえず今はゆっくり休んで心の傷を癒しているのではないでしょうか」

これから香港の状況はどうなっていくのか。民主化を訴えた若者たちの未来はどうなるのか。

息もつかせぬ勢いで展開し、数々の衝撃の瞬間に目を疑う『時代革命』だが、そこに映っていた人々の「今」に思いを馳せると、激しく胸が締めつけられる。そんな体験を、日本で一人でも多くの人に味わってもらいたい。

映画『時代革命』

8月13日(土)、ユーロスペースほか全国順次公開

配給:太秦

(C) Haven Productions Ltd.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

斉藤博昭の最近の記事