「社員が社員を雇用」 ヘアカット専門「QBハウス」が団体交渉も拒否 真意は?
低価格の短時間カットで有名なヘアカット専門店「QBハウス」では、一部の店舗の従業員を会社(キュービーネット株式会社)ではなく、エリアマネージャーが雇用するいわば「社員が社員や雇用」する形態をとっており、同社の理容師の労働条件改善を求める労働組合・日本労働評議会の告発で大きな社会問題になった。
「社員が社員を雇用」するという異様な契約形式は、労働法の規制を脱法するために行われているものと思われる。実際に、同社の労働者は、残業代の不払いや、有給休暇が取れないこと、さらには社会保険が未加入になっており、健康診断の実施もないなどの労働問題を訴えている。この問題については、下記の記事で取り上げたばかりだ。
参考:「社員が社員を雇用」 ヘアカット「QBハウス」で異様な契約が問題に
この告発に対し、キュービーネット株式会社の親会社であるキュービーネットホールディングス株式会社(以下「QB本社」)は、HP上でいくつかの問題点を率直に認め、業務委託先との合意で改善に取り組むとしている(後述)。
参考:「当社子会社が締結する業務委託契約先の雇用契約に関する実態調査の結果について」(QB本社HPより)
ところが、4月5日、日本労働評議会の側がこの問題で再び記者会見を開いた。労働組合からの団体交渉を、会社が拒否をしたというのだ。改善をすすめるためには、問題を告発した理容師と話し合うことが必須であると思われるが、同社はそれを頑なに拒否しているというのだ。なぜ、改善を表明するQB本社は団体交渉を拒否しているのだろうか。
QB本社に率直に団体交渉拒否の理由を尋ねたところ、以下の回答が寄せられた。
QB本社の回答書が団体交渉に応じない理由
QB本社は交渉拒否の理由を次の通り回答している。
平たく言えば、「社員が社員を雇用する」という契約を理由にして、労働法上の責任は存在せず、話し合いに応じる必要すらないという主張である。さらに、同社は法律上もこれが正当だという。
要約すると、団体交渉に応じない理由は、労働組合の組合員の理容師たちとQB本社の間には雇用契約が存在せず、さらにQB本社は組合員の理容師たちの労働条件を決定できる立場にないから、団体交渉を受けない、ということになるだろう。
QB社の主張の検証
しかし、上の主張に関しては、事実関係の矛盾が存在している。例えば、業務委託店舗に対するQB本社の委託料だ。QB本社の有価証券報告書には下記のような記載がある。
これは委託料としてエリアマネージャーに売上の52%が支払われるということであり、つまり、店舗の売上高の48%はQB本社に「上納される」仕組みになっているということだ。日本労働評議会によれば、委託店舗の設備費用はQB本社が負担しており、店舗で支払う経費の主なものは労務費や社会保険料のみのということだが、それでも売上のおよそ半分は大きい。
また、店舗の理容師たちの業務内容にも問題がある。ご承知の通り、QBハウスの売りは10分1200円である。無駄を排した効率的なカッティングのやり方はQBハウスオペレーションマニュアルに沿った内容で、事細かに決められているはずだ。これは理髪師の「労働条件等」を決めている言えないだろうか。
常識的な感覚から言っても、チェーンの理髪店の労働者がそれぞれ独立した事業者だという主張には首をかしげざるを得ないだろう。消費者としても、同社が責任をもって従業員の教育・訓練・指導をしているものと信頼して利用しているのではないか。
このような実態の下での団体交渉拒否に対し、労働組合側は、「実態として雇用関係は本社との間で締結されている」(つまりは脱法行為ではないか)、と反発を強めている。
QB本社は、業務委託店の改善に積極的?
労働組合との交渉には応じない態度を強く表明しながら、QB本社は今回の事件を踏まえ、改善に乗り出すとしている。しかし、労働組合側によれば、これまで改善の申し入れを行ってきたにもかかわらず、会社側は改善を行ってこなかったという。労働者側には、今回の社内調査と改善の提案は、突然かつ一方的なものと映っているようだ。
先に紹介したHP上の「当社子会社が締結する業務委託契約先の雇用契約に関する実態調査の結果について」をあらためて見てみよう。
この調査でQB本社は、実態調査の結果、「自分の雇用主を正しく認識できていない」、「業務受託者が雇用主であるとの説明を受けた認識を持っていない」など契約関係が曖昧になっていたことや、「有給休暇を取得しづらい環境がある」「従業員が健康診断を受診していない」などの違法な労働環境があったことなどの問題を率直に認め、改善するとしている。
私の取材に対しても、「当社グループとしては、今回の実態調査を通じて明らかになった問題については、業務受託者との合意に基づき、業務受託者を通じて、その改善がなされたことを確認する予定です」と今後の改善を強調している。
ところが、日本労働評議会によれば、加盟する理容師がいる店舗では、労働者からの改善の申し入れから1年以上たっても、社会保険は未加入のままであり、未払い賃金も支払われていないという。
改善に前向きなのであれば、はじめから労働者側の主張に耳を傾ければよいはずである。こうしたかたくなに話し合いを拒む姿勢からは、「社員が社員を雇用する」という異様な契約形態が、労働法の「脱法行為」を目的としているものであることが透けて見える。
しかも、仮に労働組合法上の交渉義務が会社側に存在しなかったとしても、労働者側(業務委託契約者)との話し合いに応じることに法的な問題はまったくないわけであるから、やはり、会社側の行動と主張は不自然である。
組合側も「私たちはQBネットには法的に団体交渉に応じる義務があると考えている。また百歩譲って法的義務がないとしても雇用の仕方や有休取得について問題があることは会社も認めているのだから、問題提起をした労働者と向き合って話すべき。また、QBに応募して採用されているのだから、希望者は直接雇用すべき」(指宿昭一弁護士)と記者会見で表明している。
団体交渉拒否を続ける限り、一方的な調査や改善策を打ち出しても、労使の対立は収まりそうにない。
取引先企業の権利擁護を求める国連「ビジネスと人権に関する指導原則」
近年、こうした下請関係を通じ法的・社会的責任を逸脱する行為は、国際的にも問題視されるようになっている。国際的な労働運動やNGOの権利闘争の結果、2011年には国連人権理事会で企業活動におけるSDGsの重要な指標として、「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「ビジネスと人権原則」)が採択されているのだ。
この原則は、企業に対して、直接雇用する労働者の人権だけでなく、取引先企業の労働者の人権にもコミットするように求めている。近年注目されるESG投資においても、同原則の順守は重要な要素とみなされている。
従業員・労働組合からの訴えや世界的な趨勢も踏まえ、今後QB本社はどうこたえていくのだろうか。動向が注目される。
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