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奨学金改革は大学中退問題を解決するか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

給付型奨学金制度の創設が話題になっている中で、政府は、希望する学生全員が無利子奨学金(第1種)を利用できるように枠を拡大する方針を固めた。

(2016/08/26東京新聞:無利子奨学金、適格者全員貸与へ 2万4千人分増要求、文科省)

成績や保護者の所得といった条件を満たしているにもかかわらず、財源不足によって無利子奨学金を借りられない人が現時点で約2万4000人いることが分かっている。彼らはやむを得ず有利子の第二種奨学金を借りている。

無利子奨学金の拡充によって、利子支払いがなくなり返済時の負担が軽減される若者が増えることは間違いない。しかしここでいう無利子奨学金とは、返済時に利子がつかないものの、給付型とは異なり返済そのものが不要になるわけではない。あくまで貸与型である。また、後で見るように、貸与型の奨学金だけで学費と生活費をまかなうには不十分である。

無利子奨学金の拡充だけでは、対策としては不十分だろう。実際に、学費が高すぎるために、貸与型奨学金を受けていながら学校を中退する事例も後を絶たないのである。

そこで本記事では、無利子の奨学金を借りていながら大学を中退せざるを得ない学生からの相談実態を紹介していく。そして、中退を防ぐための方策について考えていく。

大学中退の危機に直面する学生たち

日本の大学の学費は国際的にみても非常に高額だ。国立大学の初年度納入金は81万7800円(2015年度)、私立大学のそれは平均して112万5473円(2014年度)にのぼる。

さらに、給付型の奨学金が存在しないため、学費を学生本人もしくはその家族が負担しなければいけない。日本のように学費が高額で、かつ給付型の奨学金が存在しない国は先進国の中では日本、韓国、そしてチリの3カ国しかない(OECD調べ)。

このように学費が高額であると裕福な家庭の出身でなければ、学生自身が奨学金を借り、かつアルバイトをして学費や生活費を負担しなければならない。

POSSEには学費を賄うためにアルバイトをしているものの、逆にアルバイトの拘束が強く学業に専念できないという「ブラックバイト」の相談が寄せられている。中には、アルバイトが原因で大学を中退せざるを得なかった元学生もいる。

実際にPOSSEに寄せられた事例をみていこう。

事例1 学費・生活費を全て自分で賄う大学生

国立大学に通う男子学生は、もともと家庭が貧困で実家からの仕送りは1円もなく、学費や生活費を全て自分で賄う必要があったため入学当初からアルバイトを複数掛け持ちしていた。さらに2年生からは、少しでも多く稼ぐために、時給の高い深夜の警備アルバイトを週6日間続けていた。しかし、ほぼ毎晩アルバイトに入っているため学業に集中できず留年してしまい、卒業できるか分からない状態に陥ってしまった。

奨学金を毎月10万円ほど借り、アルバイトでも月10万円以上稼いでいる。そうしないと学費と生活費を支払えない。奨学金の返済総額は約500万円で、卒業後数十年に渡って返していかなければならない。アパートの更新費用が支払えなかったために約1年間はホームレス状態になっていたこともある。

この事例からは、無利子で奨学金を借りたとしても、そして、国立大学の学生であっても、大学を卒業すること自体が非常に困難になってしまっていることが良くわかる。

(なおこの事例は、NHKクローズアップ現代+ 2016年8月24日放送「奨学金破産の衝撃2 ~“中退続出”の危機~」でも取り上げられた。)

次に、生活困難な学生に「ブラックバイト」が追い打ちをかけ、中退に追い込んでしまった事例を紹介しよう。

事例2 ブラックバイトが原因で大学を中退してしまった元大学生

国立大学に通っていたある男性は母子家庭で育ち、大学入学後は、仕送りを受け取ることができなかった。それどころか、むしろ男性が毎月5万円ほどを実家に送金しなければならなかった。学費と生活費を賄うために奨学金を借り、不足分を補うためアルバイトを週に4日ほど行っていた。しかし、職場のフリーターが退職したことをきっかけに、アルバイト全員のシフト管理を任されるようになり、人が足りない時間帯は自分が出勤して穴埋めするようになった。その結果、週6〜7日シフトに入るようになり、授業もほとんどいけなくなってしまった。生活も厳しくなり、授業料が支払えなくなってしまったため、2年ほど休学したのちに、4年通った大学を中退してしまった。

貧困が理由でアルバイトをしなければいけない状況に追い込まれていたことが、彼が退学してしまった直接の原因だ。だが、その状況に追い打ちをかけたのがアルバイト先の「戦力化」であった。

彼の場合はそもそも週6日も働く必要はなかった。しかし、人手不足のためにシフトを強制的に入れられるという典型的なブラックバイトの被害に遭ってしまい、ほとんど授業に行けず、最終的には中退してしまったのである。

これらの事例から分かるのは、今や大学生は学費や生活費といった必要不可欠な費用のためにアルバイトをしているということ、そしてそのアルバイトが原因で逆に学業に支障をきたしてしまうという実情である。

持続可能な設計を

以上のように、高すぎる学費は、無利子の貸与型奨学金を給付されたとしても、学生の中退を引き起こす。そのため、授業料を無償ないし低額にする政策か、家計が困難な学生に対する給付型奨学金の創設の、少なくともいずれかの措置をとることが先進国ではスタンダードになっている。

このような状況に対して、日本政府も「給付型奨学金制度検討チーム」を編成し、無利子の貸与型奨学金の拡充策だけではなく、給付型奨学金制度の創設の検討を進めている。給付型奨学金の充実は、学生の中退問題を解決する上でも重要な役割を果たすだろう。

「給付型奨学金」に残る課題

問題は、この給付型奨学金の創設が大学生のブラックバイトや中退問題を解決するのかどうか、である。鍵になるのは(1)給付額と(2)給付方法だ。

政府は今のところ、給付型奨学金の給付額については具体的に提示していない。ただ、文科省の「諸外国の教育統計 2015年版」によれば、給付型奨学金の額は、アメリカで最大66.8万円、イギリスでは62.5万円、ドイツでは親と別居で73.2万円、フランスでは最大48万円、韓国では最大55.8万円である。

もし仮に、諸外国水準の給付が行われるならば、「国立大学の学費分は何とか支給される程度」ということになるだろう。

だが、これでは私学生や「授業料と生活費」を負担する学生には不十分だ。生活費分を稼ぐために、やはりアルバイト漬けになり、学業がおろそかになる可能性も否定はできない。

ここで、問題になるのが(2)「給付方法」である。「給付型奨学金制度検討チーム」によれば、給付の対象者は給付前か給付後の「学業の状況」の審査によって決定される。

当然ながら、「貧しい」というだけではい奨学金は給付されず、学業についての審査が入るわけだ。その結果考えられることは、生活費を稼ぐためにアルバイトに従事すれば、その分次年度の給付が認められない可能性が高まってしまうという事態だ。

これでは、生活困難者ほど、給付を受けにくいということにもなりかねない。そこで、政府が検討する給付方法には、給付型奨学金と貸与型の組み合わせ案も示されている。つまり、学費分を給付で賄い、さらに生活費分は従来のように借金をするということだ。

以上のように、給付型奨学金の創設は大学中退の危機を回避する方向に向かう可能性があるが、(1)給付額が少なくてはその効果が半減し、(2)給付方法には相変わらず貸与が想定されていることになる。

そして、給付型奨学金の創設の一方で、大学の学費はむしろ、引き上げられていく見込みだ。今よりさらに学費が上昇するならば、せっかく給付型奨学金を創設しても、結局「借金」の部分が増えることにもなりかねない。

これに関連してさらに問題含みなのが、(3)給付対象者の範囲である。すでに述べたように、政府は家庭の経済状況と学力を要件として、給付対象を決める方向を示している。だが、それがどの程度の範囲になるかはまったくの未知数だ。

もし対象者が少なく、今後も学費の増加が続くようであれば、むしろ給付を受けない学生たちの負担は増えることになる。やはり、「貸与」が今後も増大していくことになるだろう。

こうしてみると、実は、給付型奨学金の創設以上に求められているのは学費の縮小ではないか、とういことになる。

実際に、すでに給付型奨学金が整備されているドイツやフランスでは、同時に学費もほとんど無料なのである。

学生の中退を防ぎ、持続可能な教育制度を確立するためには、給付型奨学金制度の創設度同時に学費を引き下げる議論が必要であろう。

当面すべき対策

最後に、本稿で示してきた学生の中退問題について当面の個々人の対応策を示しておきたい。

特に注意すべきは、奨学金を借りている人の連帯保証人や保証人となっている家族や親戚だ。というのも、大学を中退してしまったとしても奨学金の返済自体は残り、もし借りた本人が支払えなくなってしまうと保証人に請求が来ることになるからだ。

大学を卒業しても正社員の仕事をみつけるのはなかなか難しい中で、中退した人が正規職に就くのはさらに困難だ。低賃金の非正規職では奨学金の返済を続けるのは容易ではない。そうなると、本人が支払えなくなり保証人などに将来的に請求が来ることになる。保証人が自らの身を守るためにも、学生のブラックバイトの状況に注意しておくことが大切だ。

ブラックバイトの被害に直面している学生自身が助けを求めて声を上げるのは難しいケースが多い。そこで、もし周りの人がそういった状況に陥っていることに気づくことができれば、大学中退などの最悪のケースに至る前に対処することが出来るかもしれない。

そして、なにかおかしいと思ったら、すぐに専門家に相談することだ。POSSEをはじめ、様々な労働NPOやユニオン(労働組合)、弁護士団体が無料で労働相談・奨学金の相談を受付けている。手遅れになる前に相談すれば解決に繋がる可能性が高い。ぜひ下記の無料相談窓口を頼ってほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

ブラックバイトユニオン

03-6804-7245

info@blackarbeit-union.com

http://blackarbeit-union.com/index.html

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*ブラック企業問題に対応している個人加盟ができる労働組合。

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

ブラックバイト対策のノウハウがわかる本

『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)

*この本では、ブラックバイトの実態や対処法を余すところなく解説されている。

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎文庫)

*この本では、とにかく簡単に、労働法の「使い方」を解説している。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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