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主婦も、愛人も、主婦で愛人も「ミストレス」!? 好調のNHKドラマ10

碓井広義メディア文化評論家
(写真:ペイレスイメージズ/アフロ)

主婦も、愛人も、主婦で愛人も「ミストレス」!?

NHKの「ドラマ10」(金曜夜10時)が、このところ好調です。昨年は清原果耶主演『透明なゆりかご』という秀作を送り出し、また今年に入ると、小芝風花主演『トクサツガガガ』が話題となりました。

そして4月半ばに、全10回でスタートした長谷川京子主演『ミストレス~女たちの秘密』もまた、驚きの「女性ドラマ」です。

タイトルを知った時、作家・篠田節子さんの『ミストレス』が原作なのかな? と思いました。さまざまな女性を主人公に、ホラーとセクシーが入り交った物語が並ぶ短編集ですが、今回の原作ではありませんでした。

原作は、イギリスのBBCのドラマ『ミストレス 愛人たちの秘密』(原題はThe Mistress)。いわばその日本版リメイクであり、脚本は『Dr.コトー診療所』などを手がけてきた吉田紀子さんです。

ちなみに「ミストレス mistress」という言葉ですが、『広辞苑』によれば、「(1)主婦。女主人。女将。(2)情婦。」とのこと。確かに、このドラマには主婦も情婦も登場してきます。

既婚女性に対する敬称であり、既婚女性そのものも意味する「ミセス」は、「ミストレス」の略なんですね。でも、ミセスだと女主人、女将、情婦といったニュアンスが希薄になります。ここはやはりミセスではなく、ミストレスなのでしょう。

女性は誰でも秘密を持っている・・・

さて、『ミストレス~女たちの秘密』です。BBCの本家版と同様、4人の女性を軸に物語が展開されます。彼女たちはマラソン大会で偶然知り合いました。気が合ったのか、その後は女子会みたいな形で時々集合して、飲んだり、おしゃべりしたりする仲です。

実は、4人の女性それぞれの「設定」こそが、このドラマの面白さの源泉だと言えるでしょう。

柴崎香織(長谷川京子)は内科・心療内科の医師。父が残した小さな医院を営んでいます。独身で一人暮らし。結婚の経験はありません。長くつき合ってきた恋人がいましたが、最近亡くなりました。自殺です。有名な建築家である木戸光一郎で、妻(麻生祐未)も、大学生の息子もいました。

その息子・貴志(杉野遥亮)が、執拗ともいえる積極さで香織に接近してきます。父と香織の関係を疑っているのかと思いきや、それだけではなく、貴志自身もずっと香織が好きだったと告白します。どこか父・光一郎の面影と重なる貴志に、香織の心は揺れ始めています。

2人目の野口友美(水野美紀)は主婦で、小学生の娘と暮しています。ただし、夫は7年前に起きた海外での事故で行方不明。パン屋で仕事をしながら、一人で娘を育ててきました。最近、夫の死亡保険がおりて、5000万円を手にしたことで、周囲が少しざわついています。しかも、娘の友達の父親である安岡(甲本雅裕)が接近してきました。友美の心も揺れ始めています。

3人目は化粧品会社で働くビジネスウーマン、原田冴子(玄理 ひょんり)です。結婚していますが、子供はいません。しかし、夫の悟史(佐藤隆太)は母親からの要請ということもあり、子供を欲しがっています。仕事を優先させる冴子との間に心理的な軋轢が生まれています。つい最近、仕事上のストレスがピークに達した際、冴子は年下の同僚・坂口とキスしてしまいました。夫との関係も含め、冴子の心も揺れ始めています。

最後は4人の中で一番若い、水島樹里(大政絢)。フィットネスジムでトレーナーをしています。独身で、自他ともに認める肉食系。特定の男性はいませんが、相手に不自由はしていません。しかも父親が紹介した男(森優作)と、あっさり婚約してしまいます。

その一方で、樹里が最近気になっているのが、ジムの客であるスタイリストの須藤玲(篠田麻里子)です。玲はレズビアンで、近々、女性と結婚する予定でした。樹里は、自分がなぜ玲に魅かれるのか、まだ自覚がありません。けれど、急接近。確実に心と身体が揺れ始めています。

交錯する「揺れる想い」

この4人ですが、女性の視聴者から見た場合、それぞれに対して「共感」と「反発」の両方を抱くはずです。共感だけ、という人は少ないでしょう。彼女たちが抱えている「秘密」が、見る側の中に羨望と嫌悪の両方を生むからです。

女性は誰しも、何かしら「ひとに言えない秘密」を隠し持っています。そして、その秘密の部分にこそ「本当の自分」、いや「本当だと思える自分」がいるとしたら・・・。うーん、このドラマ、一筋縄ではいきません。いや、だからこそ面白い。

吉田紀子さんの脚本で感心するのは、4人それぞれの「揺れる想い」が交錯する状況をさばいていく、その手さばきの見事さです。テンポよく同時進行させるだけでなく、一人ひとりの心理状態をしっかりと描いている。しかもスリルやサスペンス性さえ盛り込まれています。

火花散らす、女優たち

4人の女優もまた、大健闘です。長谷川京子さんにとっては、久しぶりの主演ドラマです。年上の男の愛人だった過去と、その息子との恋愛に陥りそうな現在。そんな危うさが妖艶さにつながっています。

水野美紀さんは、昨年の『あなたには渡さない』(テレビ朝日系)の女社長役が記憶に新しい。木村佳乃さんとの間で、彼女の夫(萩原聖人)をめぐって繰り広げられたバトルは強烈でした。今回は明るい主婦ですが、その日常系エロスは十分に発揮されています。

このドラマで、あらためて注目したのが、玄理(ひょんり)さん。すでに日本のドラマにたくさん出ていますし、朝ドラ『まんぷく』でも萬平の信用組合の秘書を演じていましたが、申し訳ないことに、あまり鮮明に覚えていませんでした。

でも、今回の原田冴子役は大いに話題になると思います。仕事の現場で見せる芯の強さと、ふと垣間見せる弱さ。夫との暮らしを大切にする気持ちと、本音を抑えているようなジレンマ。どこかで暴発しそうなフェロモンが漂います。

そして、大政絢さん。美人で、スタイルもいいし、モテるし、好き勝手に生きているように見えるのですが、本当は寂しい。そんな樹里に、大政さんがピタリとはまっています。大政絢と篠田麻里子という「カップル」も、結構インパクトがありますよね。

「秘密」を抱えた4人の女性の物語は、まだ始まったばかり。これから、ますます加速していくはずです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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