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吉川峻平投手の報道で独り歩きする『永久追放』という表現の危うさ

横尾弘一野球ジャーナリスト
MLB球団との契約で、吉川峻平投手は社会人野球から『永久追放』と言われるが……。

 アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を前提に接触していたことで、日本野球連盟の規定に抵触する恐れがあるとして、パナソニックの吉川峻平投手が第18回アジア競技大会の野球日本代表を大会直前に辞退したのは周知の通り。

 その後、吉川がサインをした書類のコピーを顧問弁護士に見せるなど、事実関係や経過を調査したパナソニックから報告を受けた日本野球連盟は、9月4日に臨時理事会を開催。都市対抗前にプロ球団と入団交渉してはならないという登録規定第15条第1項、日本野球連盟に競技者登録をしている状態で、プロ球団と入団契約を締結してはならないという登録規定第22条第2項に違反したとして、吉川投手の登録資格を剥奪し、今後の再登録も認めないという処分を決議し、文書で発表した。

 吉川投手と同時に、そのプロセスを認識しながら適切な対処をしなかったとして、当時の野球部長兼監督も9月4日から9か月間の登録資格を停止された。

 この件について、いくつかのメディアが記事を発表しているが、中には他のメディアの既報だけを基に、取材をすることなく記事が執筆され、結果的に間違った印象を読者に与えかねないものまで出てきた。

『事実上の永久追放』が独り歩きしている

 まず、吉川投手に対する日本野球連盟の処分について、『事実上の永久追放』という表現が使われた。確かに、「登録資格を剥奪し、今後の再登録も認めない」という表現だけを見れば、事実上の永久追放と受け取るのは自然だろう。だが、このことが明るみに出るまでの過程を取材すれば、日本野球連盟(以下、連盟とする)の“思い”が見えてくる。

 書ける範囲で明らかにすれば、この件を連盟が知った時点で、吉川投手がダイヤモンドバックス側からの何らかの書類にサインをしている事実も確認されていたため、パナソニックから日本代表を辞退させたい旨の申し入れがあり、連盟も了承したことでチームから離脱する。「規定に抵触している恐れがあるから辞退する」という報道は、サインした書類が契約書なのかどうかを連盟が確認できず、第22条第2項の違反については結論が出ていないということで、取材したメディアが自重したのだ。

 実は、件の契約書が「ダイヤモンドバックスは吉川峻平とマイナー契約します」というシンプルな内容ではなかったため(詳細は書けないが)、本当に契約書なのかをパナソニックの顧問弁護士が確認し、判断するまで時間を要した。その間、連盟の誰もが「それが契約書と認められないものなら、厳しいお灸を据えるだけで済むのに」という気持ちだった。しかし、契約書であることが認められ、規定違反で処分せざるを得なかった。

 それでも、臨時理事会を前に、連盟役員はこう語っている。

「どんなものでも、ルールは守ってもらわなければ困る。いくら大学卒の大人とはいえ、吉川投手に交渉などを任せたパナソニック野球部には厳重に注意して反省してもらうつもりだ。ただ、本人にも慎重さが足りなかったとはいえ、一番に考えなければならないのは吉川投手の野球人生だろう。今後、無事にダイヤモンドバックスの一員となり、メジャー・リーグで活躍してくれればいい。しかし、向こうは厳しい世界だ。入団できなかったり、すぐに解雇されるような可能性もゼロではないはず。それで、吉川投手に野球を続けられる環境がなくなるなら、私たちが真っ先に手を差し伸べなければならない」

 処分の内容を記した書類から受ける印象が「事実上の永久追放」でも、実際の連盟の意思は違うところにあるのがわかる。

 そこで問題なのが、「永久追放」という報道上の表現だけを真に受け、取材することなく「連盟もどうかと思う」と書き出し、「選手の流失を防止したいのか」や「メンツを潰されたことに復讐したいのか」などと想像力豊かに書き立て、挙句に「スポーツ協会パワハラ体質吊し上げの次のターゲットとなるリスクを背負ってしまったのではないか」と、大きなお世話でまとめる記事だ。

 連盟の中で規約違反の事例が起きる。その原因を究明し、再発防止策を検討するのと同時に、違反した本人に対しては規定に則った処分とは別に将来を考え、場合によっては大きな不利益がないよう配慮する。その一連の動きのどこが、最近流行りのスポーツ協会吊し上げ体質なのか。

メディアは通りがかりの通行人ではいけない

 ごく当たり前のことなのだが、メディアは事実関係を取材し、その結果、何をどう報じるかを検討して記事にする。その際に最も大切なのは、実名を書かれる当事者の立場や思いだろう。

 スポーツ関連の話題は人の命に関わる重大なことではないと、通りがかりの通行人のように「あのチームは弱い」、「あの選手はダメだ」と、取材に基づくものではない個人的な見解を投げつけ、去って行ってしまうような記事が散見される。

 かつての新聞・雑誌の時代に、インターネットが加わったことにより、そうした記事が増えたのは残念ながら事実だ。そして、それを鵜呑みにする人がどれほどいることか。そのことにより、いわれのない誹謗・中傷を受ける人が出てくることを、野球の勝敗を書く時でも忘れてはならないと肝に銘じている。

 吉川投手の件でメディアを名乗る人間が心がけなければならないのは、人の将来を左右する契約事だけに、慎重かつ綿密な取材に基づく記事を執筆し、間違っても憶測を交えないこと。それは、パナソニック、ダイヤモンドバックス、日本野球連盟に対してもである。

 もっと言えば、取材先によっては異なる事実(見解)が出てくる可能性もあるゆえ、吉川投手がこういう理由で処分を受けたという事実以外は静観してやるのが、普段から取材をしている吉川投手や野球界に対するせめてもの思いやりかとも思う。自分でこんな記事を執筆していて言うのもなんだが……。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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