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ゼロからの再スタートはできない――小出義雄氏と落合博満の指導の共通点【落合博満の視点vol.9】

横尾弘一野球ジャーナリスト
4月24日に亡くなった小出義雄氏の指導には、落合博満との共通点があった。(写真:築田純/アフロスポーツ)

 陸上競技の指導者で、五輪メダリストの有森裕子や高橋尚子を育てたことでも知られる小出義雄氏(享年80歳)が、4月24日朝に肺炎で亡くなった。

 体育科の教員時代、1986年の全国高校駅伝で市立船橋高を当時の高校最高記録で優勝に導いた頃から指導の手腕には定評があったと聞くが、2000年のシドニー五輪で高橋が日本女子陸上界初の金メダルを獲得した頃からは、晩成型の選手育成や褒めて伸ばす指導法が耳目を集めた。そんな小出氏にインタビューする機会を得た際、次の言葉が強く印象に残った。

「選手が生まれた頃から知っているわけじゃないからね。記録、練習姿勢、性格など、私と出会ってからのことだけでは、わからないことのほうが多い。だから、どんなふうに競技に取り組み、何を考えてきたか。その結果が善かれ悪しかれ、そうした歴史を踏まえた上で指導することを心掛けている。そして、自分がやってきたことで無意味なものなどないというのを、選手にも理解させるんです」

 スポーツ界で伸び悩んだ経験のある選手に聞くと、思い通りにレベルアップできないことよりも、取り組んできたことを指導者に否定され、そこから迷路に入ってしまうケースが少なくない。例えば、高校では全国レベルの記録を出せたのに、大学へ進学した途端に「その練習法では限界が来る」と、新たな練習法を押しつけられてしまうようなことだ。

誰でもできることを、誰もできないくらいに続ける

「万人に効果的な練習法などないし、どんなに選手を見ていても、一人ひとりに最適な練習法が見つかるとは限らない。だからこそ、自分が取り組んでいることを信じ、結果に左右されずにやり抜くことが力になる。誰にもできないことをやろうとするのではなく、誰でもできることを、誰もできないくらいに続けるのが大切でしょう」

 そうした小出氏の話はとても勉強になったが、その数年後に中日で監督に就いた落合博満が同じような考え方を語った。

「野球指導の現場では、コーチ主導で投球や打撃のフォームを変えようとしたり、選手も『今までのものをすべて捨て、ゼロから再スタートします』などと言うことがある。でも、そんなことは現実にはできないでしょう。時間をかけて身につけた投げ方や打ち方はそう簡単に変わらないのだから、これまでにやってきたことをどう生かすかが成長への近道になるはず。自分自身の歴史を否定してはいけないよ」

 そして、「野球界で生き残る術をごく簡単に言えば、100本バットを振った選手に勝てるのは101本振った選手だけ。誰もが知っている基本的なことを、誰よりも反復するしかない」と結ぶ。

 スポーツ科学や医学の発達により、あらゆる競技でトレーニングやケアの方法論がいくつも確立された。選手が自分にフィットする練習法で成長するためにはありがたいことなのだが、それが情報過多になってしまうと本末転倒だ。

 選手が取り組んできたことを踏まえ、その先に成長できる方法論は何かを試行錯誤しながらでも考え、身につけ、繰り返していく小出氏や落合の指導法は、指導者が自分の方法論を押しつけていないか省みたり、多様な練習方法に迷っている選手には参考にする価値があるのではないかと思う。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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