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井岡一翔への再挑戦を夢見る世界ランカーがベルトを競売してまで続ける支援活動とは

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
2014年の井岡vsカリーリョ戦(写真:山口裕朗/アフロ)

7年前に井岡と対戦

 WBОスーパーフライ級チャンピオン井岡一翔(Ambition)が3階級制覇を目指してタイのアムナット・ルエンロエンに挑戦したのは、2014年5月のことだ。結果は2-1判定の惜敗で王座獲得ならず。4ヵ月後、再起戦が後楽園ホールで組まれた。相手を務めたのがパブロ・カリーリョ(コロンビア)。10回戦は井岡の3-0判定勝ち。健闘したカリーリョは再度来日して2015年から井岡のスパーリングパートナーとして起用される。

 同時に井岡ジム所属の選手として日本のリングに上がり3戦3勝2KOの戦績を残した。日本のボクシング関係者に聞くと「ガッツがあっていい選手でしたよ。性格面でも評判がよかったですね。日本でライセンスも取得したはずです」という答が返ってきた。しかし2016年12月の試合が最後となった。

 カリーリョは「もう少しでアジアのタイトルに挑戦できるところだったけど、実現しなかった。そのうち家族に会いたくなってどうしようもなかった」と回想。ホームシックが帰国を決断させたようだ。

 コロンビアに帰ったカリーリョのキャリアは順調とは言い難い。記録サイトのボックスレクでチェックすると5勝(4KO)3敗(1KO)。以前と同じくフライ級でリングに上がり最近2試合はスーパーフライ級で戦っている。メキシコに遠征したフランシスコ・ロドリゲス(メキシコ)戦もスーパーフライ級だった。これは4回TKO負け。元ミニマム級統一王者ロドリゲスに力でねじ伏せられた(2018年3月)。

地元で食料&物資を宅配サービス

 ロドリゲス戦でトップシーン進出を阻まれた印象がしたカリーリョだが、現在WBAスーパーフライ級8位にランクされている。その経過は後述するとして、コロンビアの記者からカリーリョの近況が伝わった。カリーリョ(32歳)はコロナパンデミックが蔓延し始めた昨年途中から同国北部アトランティコ県ガラパという町で住民への奉仕活動に従事していた。その後も故郷のセサル県エル・コペイなどで支援を続けている。

 ただ「私自身も経済的に余裕があるわけではない」というカリーリョはソーシャルメディアを使って寄付を募り、それを元手に食品や生活必需品を購入。ピックアップトラックで援助が必要な人々に宅配サービスを行っている。

 同じ南米のブラジルほどではないにしてもコロンビアも新型コロナウイルスの猛威に晒されている。「食料が底を突き、生活物資が無くて瀕死の状態に陥っている人々、家族、子供がいる。日に一食、明日の食べ物がない人もいる。とても悲しい」と彼は明かす。

パッキングした物資を配達するカリーリョ(写真:Team  Carrillo)
パッキングした物資を配達するカリーリョ(写真:Team Carrillo)

ベルトを競売し資金調達

 ボクシングの方は昨年4月にロシアでWBAスーパーフライ級暫定王座決定戦が内定していたが、コロナ危機で中止に。自宅での自主トレを中心にリング復帰の日を待っている。最後にリングに上がったのは2019年8月。ベネズエラ人選手に5回TKO勝ちでWBA傘下の地域タイトルを獲得した。この勝利でWBAランキングを手に入れた。

 ひとまずボクシングは開店休業のカリーリョは、その獲得したベルト(WBAフェデボル・スーパーフライ級王座)をオークションにかけ資金調達を図った。最初、反応が鈍かったが、幸い友人のボクシングファンのサポートなどで買い手が見つかった。150世帯分の食料や物資が購入できるというから朗報だろう。

 苦労して獲得したベルトを手放すのは断腸の思いだったと明かすカリーリョだが「たくさんの人々が幸せになれるのだから、とても重要な任務だと思う。これで解決するわけではないけど、人々から感謝されると今後の励みになる」と話す。

「市長になってほしい」との声も

 目指す頂点には“ロマゴン”ことローマン・ゴンサレス(ニカラグア)がWBAスーパー王者に君臨。そしてレギュラー王者はジョシュア・フランコ(米)、ゴールド王者はロシアで対戦するはずだったミハイル・アロセン(アルメニア)が占めている。多くのボクサー同様、コロナ禍でキャリアが停滞するカリーリョにとり、世界挑戦の道は険しい。さらにロマゴン、WBC王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)、IBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)そしてWBO王者・井岡とスーパーフライ級は現在、全階級を通じて屈指の激戦区となっている。それでもカリーリョは以前サポートした井岡に挑む夢を捨てていない。

最後のリング登場は2019年8月、地域王座を獲得した(写真:EL  HERALDO)
最後のリング登場は2019年8月、地域王座を獲得した(写真:EL HERALDO)

 “エル・トレンシート”(小さな列車)のニックネームで呼ばれるカリーリョは、その戦闘スタイル同様、思い立ったら猪突猛進、コロナと貧困で苦しむ人々を率先して助けてきた。日本の関係者から「根性があっていいヤツ」と言われたことがうなずける。

 今回サポートした住民から冗談交じりで「未来の市長か市議会議員になれる」と激励されたという。本人は笑って誤魔化すが、ボクシング同様、政界進出の希望も持っているようだ。どちらにしても彼の熱意が実を結ぶことを祈りたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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