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きっかけは3.11──日本相撲協会公式グッズはどのように誕生したのか

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
両国国技館内の「相撲協会公式グッズ」売店(筆者撮影)

伝統と格式のある日本相撲協会において、常に新しい風を吹かせようと奮闘する人々がいる。6年ほど前に、主にライト層や女性客をターゲットにした、和モダンでポップな「日本相撲協会公式グッズ」なるものが登場。現在も、多くのファンの間で人気を博している。いったいどのようにして始まった事業なのだろうか。今回、グッズの企画・開発・販売に携わる社会貢献部の三保ヶ関親方(元前頭筆頭・栃栄)と、営業推進室の加藤里実さん、グッズデザイナーの一人である竹内理絵さんの三名にお話を伺った。協会公式グッズの誕生から、開発の舞台裏、そして協会が見据える未来の展望までを、前後編でお届けする。

「日本相撲協会公式グッズ」誕生秘話

2011年。前年に発覚した力士の野球賭博問題に続き、今度は八百長問題が発覚し、春場所は中止。異例の事態に、角界は大きく揺れていた。

畳みかけるように、3月11日に東日本大震災が発生。この未曾有の事態に、角界のことよりも、沈痛な思いをしている被災者のために、何かできることはないだろうか。そう言って立ち上がったのが、三保ヶ関親方や高崎親方(元幕内・金開山)をはじめとする、社会貢献部の若い親方衆だった。プロゴルファーの宮里藍選手が缶バッチを配っているのを見て、これだと思った。

「いまの八角理事長(元横綱・北勝海)が、広報部長になられた頃でした。当時から、八角親方は自らが国技館の入口に立ってお客様を出迎え、ビラ配りなど積極的にされるような方で、本当に素晴らしいなと感銘を受けたのを覚えています。そんな八角親方の後ろ盾で、Tシャツやタオルなど、収益を被災者へ寄付するためのチャリティーグッズを作って売り始めました」

震災直後にチャリティーグッズとして作った缶バッチ(写真:日本相撲協会提供)
震災直後にチャリティーグッズとして作った缶バッチ(写真:日本相撲協会提供)

親方衆がチャリティーグッズを売り続け、3年ほど経った頃。協会職員の加藤里実さんは、女性ならではの目線で、また違った仕掛けに取り組んでいた。現在も続く、和装をレンタルして大相撲観戦ができるサービス「和装day」の登場だ。

「和装dayの始動と共に、着物や浴衣などの和装でいらしていただいたお客様全員に対して、何かプレゼントサービスを始めようと思ったのです。そのときに、グッズデザインをお願いしたのが、竹内さんでした」

フリーデザイナーの竹内理絵さんは、2013年にリニューアルした国技館の館内マップのデザインを担当。その縁で加藤さんが声をかけ、プレゼント用のグッズをデザインしてもらった。

「竹内さんには、手ぬぐいのデザインをお願いしました。すると、行司・呼出・床山をモチーフにした、とてもモダンで可愛らしいものを作ってくださいました。この手ぬぐいがとても好評で、和装のお客様はもちろん、一般の方からもほしいと要望が多かったので、販売することにしたんです」

竹内さんがデザインした、手ぬぐい「裏方セット」(写真:日本相撲協会提供)
竹内さんがデザインした、手ぬぐい「裏方セット」(写真:日本相撲協会提供)

震災を機に作られた親方衆のチャリティーグッズと、和装dayの企画から始まった竹内さんデザインのプレゼントグッズ。この二つが統合され、「日本相撲協会公式グッズ」が誕生した。2015年のことである。

商品開発に欠かせない「連係プレー」

これまでに販売された公式グッズは、トートバッグ、ブランケット、手ぬぐい、マスク、弁当箱、水筒、ビニール傘…と、実に多種多様だ。驚くべきは、企画会議があるわけではなく、三保ヶ関親方と協会の加藤さんとの何気ない会話から、商品アイデアが生まれていること。どんなものがあったらいいか、二人のひらめきをもとに、予算を考え竹内さんにデザインを発注する。

「僕ら親方衆は、売店でお客さんと対話することでも、アイデアをいただいています。ファンサービスをしながら皆さんのニーズを拾えるので、まさに一石二鳥です」(三保ヶ関親方)

実は、自身が大の相撲ファンだというデザイナーの竹内さん。昔から、相撲関連のデザインをするのが夢だった。彼女がデザインするグッズの特徴は、大胆なモチーフに、和モダンな絵柄や色味。これまでの古き良き相撲土産とは大きく異なる、ポップで切り取り方の新しいものが多い。親方も加藤さんも、竹内さんの技術と相撲愛を信頼し、発注の際にはモチーフを含め、デザインはすべて彼女に任せている。

「私自身がファンなので、とにかく自分が欲しくないものは作らない。自分が持って、周りに見せたいなと思えるものを作ること。それに限ります。気をつけているのは、なるべくユニセックスなデザインにすることです。かわいくしすぎないことで、もし男性がほしいと思っても、手に取ってもらいやすくしています」

また、遊び心のあるデザインも、竹内さんの魅力である。例えば、人気の「横綱ブランケット」は、腰に巻くとまるで綱を締めているように見えるデザインになっている。このデザインには苦労したというが、「攻めたデザインのほうが採用してもらえるので、とてもありがたいです」と、竹内さんは話す。

竹内さんがデザインした「横綱ブランケット」。現在も人気商品の一つ(写真提供:日本相撲協会)
竹内さんがデザインした「横綱ブランケット」。現在も人気商品の一つ(写真提供:日本相撲協会)

加藤さんは、竹内さんが作る3~4パターンのデザイン案のなかから、実際に商品にするデザインを決めていく。スー女ブームを牽引し、和装dayのみならず、女性限定企画「関取にお姫様抱っこしてもらえる権」など、協会きってのアイデアマンとして女性目線の仕掛けを次々に作ってきた加藤さん。三保ヶ関親方も、そんな彼女の手腕を信頼している。

「正直、力士は何を持つにも身に着けるにももらったものばかりで、デザインやおしゃれに気を使うことがなかったので、とてもじゃないけど自分でデザインを選ぶなんてできません。でも、加藤さんは意見をはっきり言ってくれるんですよ。彼女が『これかわいい!』と言えば、もうそのデザインで決まり(笑)。僕たちは、それを売るだけです」

謙遜する親方だが、そんな親方の柔軟性の高さに感謝しているとは、加藤さん。「もし親方が『自分で全部決めたい』と言う人だったら、ここまでチャレンジできていないと思います。実際に商品を売店で売るだけでなく、在庫管理から何から全部親方がやってくださっているので、本当に感謝しかありません」

適材適所。三人が三人とも互いの役割を敬い、また楽しんで取り組んでいるからこそ、ファンの心に届く魅力的なサービスを生み出し続けられているのである。

後編に続く)

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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