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2016年就活は「人物重視」? 採用サイドが語る裏事情。

五百田達成作家・心理カウンセラー

今年の就活は短期決戦

経団連が掲げた方針に基づき、広報解禁が3月1日と後ろ倒しになった、2016年新卒採用。「短期決戦」として注目を集めている今年度の就活も、スタートして約ひと月がたちました。

短期決戦なのは企業側も同様。早いうちに優秀な学生を囲いこもうと、外資系企業だけでなく、昨年の夏からインターンを重ねてきた日系企業たちも、「刈り取り」に余念がありません。

採用のトレンドは「人物重視」

そんな中、就活生と話す中で気になるトレンドを耳にしました。それは、就活イベントにおいて採用基準として「人物重視」を強調する企業が多いということ。

「わが社は“人物重視”の採用を行います」

「当社は“人柄”で採用します」

「トータルでの人間力を見ます」

昨年の就活生(今年の新入社員)も、「僕たちのころから聞くようになった」と口をそろえるのが、「人物重視」の採用傾向。

もちろん大義名分としては「経歴や能力、持っている資格等にとらわれず、あなたの性格や中身を評価しますよ」というニュアンス。実際、「学歴やスキルだけでなく、自分の内面が見てもらえる!」と、就活生からの印象もまずまず。

あいまいな基準に振り回される学生たち

確かに「うちは経歴を重視」「合否はペーパーテストの結果次第」と言うよりも、耳障りはいい。フェアな印象もありますし、文句のつけようがありません。ですが、ここに大きなワナがあります。というのも、就職活動をする中で、このフレーズを鵜呑みにしてふりまわされてしまう学生が少なくないのです。

すでに就活を終えている(あまり公にはなっていませんが、すでに内定”のようなもの”をもらっている学生は当然います)学生が話してくれたエピソードです。

あるとき、彼は人柄重視をかかげた企業に好印象を持ち、面接を受けることにしたそう。しかし結果は残念ながら不採用でした。「貴殿のご活躍をお祈りいたします」という、いわゆる「お祈りメール」を受けとり、大変ショックを受けたそうです。

「面接では少し緊張したけど、雰囲気も良かったし、まぁまぁうまくいったなと思ってたんです。それでも落ちてしまって、自分では何が悪かったのかわからない。『人柄重視』の採用で落とされるのって、まるで自分の人間性まで否定されたように感じました」

もちろん企業側としては、決して彼の人格を否定する意図はなく、社風に合う合わないなどの要素を総合的に判断したのでしょう。しかし人柄重視の言葉をかかげたことで、彼を傷つける結果になってしまったのです。

こうしたケースは彼だけではありません。中には「人物重視の採用=面接までは行ける」と勝手に解釈していて、エントリーシート・履歴書の段階で不採用となり、愕然とした学生も。

人柄という言葉は、採用の基準にするにはあいまいすぎ。基準が明確でないからこそ、選考を受ける側がとまどったり、必要以上に傷ついてしまったりする。「それならばいっそ「私たちは、フィーリングで決めてます」と言ってくれたほうがあきらめがつく」とは、学生の弁。

「人物重視」は単なる流行?

だいたい、人柄重視の採用といっても、能力や資格をまったく考慮しないというわけではありません。それならば、なぜ、わざわざ誤解をあたえるような言い回しをする必要があるのでしょう?

企業が掲げる大義名分と実態のズレは、今に始まったことではありません。「学歴偏重をやめます」「コミュニケーション力を重視します」「グローバル人材を積極的に採用します」……。その時代ごとに採用基準を掲げてきた企業たち。時代の変化に応じた人材採用といえば聞こえがいいですが、一定しないような印象を受けるのも確かです。

誰も語らない3つの論理

私はキャリアカウンセラーであり、また、企業の人事担当者とも交流がありますが、こうした新人採用の方針を巡っては、大きく分けて、三つの論理が絡み合うと見ています。

「いい感じ」の人を採りたい

まずは「印象」。結局、ある組織が新しい人を迎え入れる際の基準は、はっきりいって「いい感じかどうか」に集約されるでしょう。それは、サークルの仲間や一緒に旅に行くメンバーを選ぶのと変わりません。担当者がなんとなく「いい」と思ったら採る、「イマイチ」と思ったら採らない。究極的にはただそれだけです。これが明文化されれば、仮に不採用となった学生も、納得こそできなくても、あきらめがつくでしょう(「恋愛対象と思えない」と振られたときのように)。

上司に説明しやすい人材

ふたつめが「サラリーマン」。上記のようにフィーリングで決まれば、シンプルです。旅の仲間を決めるのであれば、それでもいいかもしれませんが、企業の採用はそうもいきません。そこには「説明責任」が伴います。もちろん対学生への説明ではありません。上司への説明です。

ついつい忘れがちですが、企業の人事担当者もまた、サラリーマンです。採用も、立派なビジネスです。誰かを採用しようと思ったら、所属ラインの上長のハンコ・承認が必要。それは企業の中で予算を取ったり、新商品を開発するのと同じです。

その際に「僕がいいと思ったから」ではハンコがもらえないのがビジネスというもの。本音は「とにかくいい感じだったから」だったとしても、書類では「●●の面が優れている」と記述しなければいけない。それがお仕事というものです。

学生たちに向けては彼ら・彼女たちが好むような流行のフレーズ(今年であれば「人物重視」)をちりばめて「集客」しなくてはいけないし、上司に向けては、上司が望むような基準に合致した採用をしたように報告しなくてはならない。その基準はおうおうにして経営者の気まぐれや、同業他社の動向に左右されます(これも、さまざまなビジネス活動と同じです)。

人事もノルマ(数字)に追われている

最後に「数値化」。上記とも関連しますが、新人採用にもノルマや目標があります。それは営業成績に目標があるのと同様、当たり前のことです。その際にものを言うのが「数値化」と「昨年の実績」です。

要するに、彼らは上司から「昨年は●●大学の学生を2人、○○大学の学生3人採っているんだから、今年もそれを死守せよ」といった具合に指示を受けるわけです。その際「こいつはいい奴なんです」「この子は粘り強いんです」では、数字にならないというわけ。

厳しいようですが、新人という商品にはデータがつけにくい。可能性は未知数で、正直、採ってみないと分からないのは百も承知。でも、唯一数値化できるとしたら、学歴やテストの結果ぐらいしかない。そこで「可能性はあるし、個人的には見込みがあると思うけれど、学歴や肩書き、テストの点数はイマイチ」という学生Aと、「学歴や肩書き、テストの結果はいいんだけれど、表情は暗いし、一緒に働きたくないかも…」という学生Bであれば、ノルマに追い込まれた際には後者(B)を採らざるを得ない、というわけです(企業の人事担当からこの話を聞いたとき、当時ウブだった私は「ほんとに? それでいいの?」と首をかしげてしまいました)。

繰り返しになりますが、彼らも企業論理で動くサラリーマンなので、会社のルール・数字に縛られています。だからこそ「内定を出した学生から辞退される」というのは「想定していた売り上げが立たない」「期待していた取引先がつぶれた」のと同じ大惨事というわけです。

以上、なかなか表だっては語られることのない、採用の現場における3つの基準・論理・思惑について解説してみました。

「ばかし合い」とは分かっているけれど…

企業は「有能な人を欲しい」「君が欲しい」と学生を口説き、表面的な方針をかかげる。学生は「御社に入りたい」「貴社が好きだ」と企業に頭を下げ、「方針に合った人物」であることをアピールする。

こうした就活が、ある意味「ばかし合い」で「いたちごっこ」であることは学生も企業も分かっていて、それでもお互いがオトナとしてそれらしい演技をしている(というか、せざるをえない)と仮定するならば、昨今のトレンド=「人物重視」という演技方針は、少し抽象的で演じにくい、というのが、違和感の正体です。

「コミュニケーション力」であれば、コミュニケーション力を鍛えればよかった(どうやったら鍛えられるのか分かりませんし、企業側が本当にそれを求めているかはさておき)。

「グローバル人材」であれば、グローバル力を鍛えればよかった(どうやったら鍛えられるのか分かりませんし、企業側が本当にそれを求めているかはさておき)。

それらに比べると「人物重視」は、柔軟で耳障りがいいけれど実態が分からず、互いの首を絞める結果になっている(けれど、流行が終わるまではやめられない)ということでしょう。

大学・高校入試にも「人物重視」の流れ

ちなみに、この人物重視という言葉がもてはやされているのは、新卒採用の場だけではなく、大学入試や高校入試にまでこのトレンドが広がっています。これまでの入試は知識にかたよりすぎていたとして、大学入試の形式の見直しがさかんに議論。二次試験は筆記試験のみとしていた大学も、面接を取り入れて人物評価を行おうと動きはじめています。

……と、こんな風にあれこれと考えを巡らせると、究極的には「統一人間力テスト」なるものが開発されて、人柄・能力が数値化・可視化されれば、みんなスッキリ&ハッピーなのでは?と、近未来SFの設定のようなことに想像が及んでしまうので、この辺であわてて筆を置きたいと思います。

末筆ながら、就職活動に挑む学生のみなさんと、採用活動に携わる企業のみなさんの、健闘を心より祈っています。

■参考記事

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作家・心理カウンセラー

著書累計120万部:「超雑談力」「不機嫌な妻 無関心な夫」「察しない男 説明しない女」「不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち」「話し方で損する人 得する人」など。角川書店、博報堂を経て独立。コミュニケーション×心理を出発点に、「男女のコミュニケーション」「生まれ順性格分析」「伝え方とSNS」「恋愛・結婚・ジェンダー」などをテーマに執筆。米国CCE,Inc.認定 GCDFキャリアカウンセラー。

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