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ホン・ミョンボ監督は“日本人”を信じすぎた?元日本代表MF天野純の移籍論争「今季Kリーグの主人公」

金明昱スポーツライター
蔚山現代から全北現代に移籍した元日本代表MF天野純(写真:ロイター/アフロ)

 いま韓国サッカー界では、昨季蔚山現代に移籍した元日本代表MFの天野純が、Kリーグ最大のライバルチームである全北現代への移籍をきっかけに論争が勃発している。

「今年のKリーグの主人公は天野純」――。韓国メディアがそう報じるほど、シーズン開幕前からこれほど話題になった日本人選手は韓国で初めてと言っても過言ではない。

 天野は2022年1月に横浜F・マリノスからレンタルで、韓国Kリーグ1部の蔚山現代に移籍した。正確な左足のパスと強烈なシュート、豊富な運動量で中盤で存在感を示し、チームの主軸となった。リーグ戦30試合出場で9得点1アシストを記録し、17年ぶりのリーグ優勝に貢献。当然、今季もチームの柱として、蔚山現代のホン・ミョンボ監督の構想には天野をチームの主力として起用する考えがあった。

 だが、天野はKリーグで最大のライバルでもある全北現代へ移籍を決めたのだ。これについて、11日に行われた蔚山現代クラブハウスでの会見で、ホン・ミョンボ監督が猛烈な批判を始めた。

「我々は嘘をつくのがとても嫌いだ。彼がよくなるように支えてきたが、結果的には本人が嘘をついて出ていった。初めから正直にお金について話してくれたならば、協議もできたはずだ。しかし、『重要ではない』と言っていたお金で移籍したのは、チームと選手をまったく尊重していないことになる」

 さらに「彼は私がこれまで出会った日本の選手の中では過去最悪だ」と言い放ち、取材陣を驚かせていた。事の発端は、ホン・ミョンボ監督が天野から2022年シーズン終了後に「お金ではない。チームに残る」と口頭で約束を交わしていたことが原因で、お互いの考えにズレがあったのは否めない。

ホン監督の天野への信頼の大きさ

 ホン・ミョンボといえば、現役時代に韓国では「永遠のリベロ」、日本では「アジア最高のリベロ」と呼ばれるほど、DFの名手としてその名を馳せた。闘志を秘めつつも常に冷静。指導者に転身してからもホン・ミョンボ監督が、ある特定の人物に対し、公の前で猛烈な批判をしたのは、過去になかったことだ。それだけ天野に対する信頼が大きかったのだろう。ましてやリーグ優勝争いのライバルとなるチームへの移籍にはショックを隠し切れず、感情的になっていたのがよく分かる発言だった。

 そこで印象に残ったのは、“私がこれまで出会った日本人”という発言だった。

この言葉からもホン・ミョンボ監督にとって「日本」という国に対して、どれだけ愛着があるのかが見えてくる。

 ホン・ミョンボ監督は、現役時代はKリーグからJリーグに舞台を移し、ベルマーレ平塚と柏レイソルでプレー。特に1999年から2001年までの3シーズンプレーした柏では、Jリーグ初の韓国人キャプテンとしてチームを率いた。リーダーシップを発揮し厳しいリーグを戦い抜くなかで、たくさんの日本人選手の戦友もできた。日本人の勤勉さ、礼儀を重んじる文化に触れて生活することで、Jリーグや日本に愛着を感じていたはずだ。

 つまり、ホン・ミョンボ監督の中で「お金は重要じゃない。残留する」と天野の言葉を信じ、どこかで“日本人は裏切ることはない”と強く思っていたのかもしれない。

 ただ、そこはプロサッカー選手とクラブとの合意がなければ成立しない話である。天野の立場からすれば、日本から来た“助っ人外国人”で、結果が出なければ首を切られるし、チーム内ではスタメン競争にも勝たなければならない。さらには条件のいい場所を求めて環境を変えたり、ステップ・アップすることも必要となる。

全北移籍を「お金で選択したわけではない」

 韓国メディアの報道では、蔚山現代よりも全北現代の年俸のほうが10万ドル(約1350万円)高い金額でオファーがあったとされるが、心が揺れ動いて当然だろう。高い年俸は選手の実力の評価にもなるからだ。

 ホン・ミョンボ監督の発言の翌日、天野は韓国メディアの要請に応じて会見を開いた。“裏切者”の烙印を押された天野はこう説明している。

「ホン・ミョンボ監督が、僕が『嘘つきだ』、『お金で選択した』と言っていましたが、これは事実ではありません。昨年夏から蔚山と契約に関する話しあいをしましたが、シーズンが終わったあとも、蔚山から公式なオファーはありませんでした」

 実際、蔚山から契約延長のオファーがあったのは、天野が日本に帰国してから2週間後の11月中旬で、その時点では全北現代と保有先の横浜F・マリノスの間で協議を終えていた段階だった。

「全北現代のキム・サンシク監督と強化部が熱意を持って、僕に契約の話をしてくれたことがうれしかった。全北はシーズン終了前に横浜F・マリノスとレンタル移籍の交渉を終えていました」

 必要とされるチームからの熱烈なオファーに心が傾いたのは言うまでもない。

今季開幕戦は「天野ダービー」とも

 そう説明しながらも天野は冷静だったという。韓国のレジェンドでもあるホン・ミョンボ監督に対して、「(発言は)少しショックでしたが、僕はミョンボさんのことをリスペクトしています。僕をKリーグに連れてきてくれ、優勝のために共に戦った戦友であり、恩師ですから」と語っていた。

 とはいえ、天野はすでに全北現代の合宿に集中しており、ここで結果を残す覚悟を決めている。今季はKリーグ開幕戦(2月25日)で全北現代は、ライバルの蔚山現代と対戦する。“天野ダービー”や“ホン・ミョンボ監督と天野の2度目の対決”とも言われているが、こうした盛り上がりに一役買っているのは紛れもなく日本人の天野純である。本当の意味で「Kリーグの主人公」になる戦いはこれから始まる。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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