ポセイドンはスーパーキャビテーション魚雷ではない
2018年3月1日にロシア軍は6種類の新兵器を発表し、その中に原子力推進超大型核魚雷「ポセイドン」がありました。ポセイドンは通常の魚雷の形状そのままに超大型化した上で原子力機関を搭載し、メガトン級の戦略核弾頭を搭載して敵国の港湾を破壊する兵器です。専用の超大型発射管を搭載した原子力潜水艦によって運用される予定です。
ポセイドンについて詳しい性能をロシア当局は公表していませんが、これまでに何度かタス通信が匿名の軍関係者のコメントとして幾つかの情報を紹介しています。ただし短い間に情報が変遷しており、正しい情報なのかあるいは当局が意図的にリークした欺瞞情報なのか判別が難しいところがあります。
僅か半年ほどの間に最高速力の情報が60〜70ノット(110〜130km/h)から110ノット(200km/h)に変遷しています。70ノットならば既存の通常魚雷でも達成可能な数字です、しかし110ノットは俄かには信じ難い数字です。タス通信の情報源は最高速度200ノット(370km/h)を発揮できる水中ロケット魚雷「シュクヴァル」のスーパーキャビテーション技術を用いているのでポセイドンも驚異的な高速力が発揮できるとしていますが、タス通信の説明は幾つか間違った部分があり、そのまま信じることはできません。なぜならポセイドンに使われている技術はスーパーキャビテーションではないと考えられるからです。
スーパーキャビテーション水中ロケット魚雷「シュクヴァル」
ロシア海軍は以前に水中をロケット推進で進む特殊な魚雷を開発したことがあります。この水中ロケット魚雷「シュクヴァル」は海水との摩擦抵抗を大幅に軽減するために、機体の表面を微細な気泡で覆う技術を用いています。そして実は微細気泡を出す手段を2種類用意しているのです。
- 低速時:機体内部に搭載したガス発生装置から生じた気体を機首先端に開けた孔から放出する
- 高速時:自身の高速力により機首尖端で海水を圧縮、圧力によりキャビテーションを発生する
キャビテーションとは圧力差により水に気泡が発生する現象で、これを水との摩擦低減用に意図的に利用した技術を「スーパーキャビテーション」と呼びます。これは機体の周囲にある水から気泡を発生させる技術を指すので、機体内部の装置から気体を発生させたり大気中の空気をポンプで送り込んだりする場合はキャビテーションではなく、単純に微細気泡(マイクロバブル)を発生させる技術です。同じように気泡を利用する技術ですが発生方法が異なるので呼び方が異なります。水中ロケット魚雷「シュクヴァル」は低速時に十分な圧力が掛かっておらず海水からキャビテーションが発生していない段階では、機体内部のガス発生装置(推進用ロケットから発生するガスを一部利用している可能性)によって、機首尖端の開孔部分からマイクロバブルを発生させて摩擦抵抗を低減させて機体を安定化し推進し、十分に高速を発揮できてからは周囲の海水からキャビテーションを発生させることが可能になります。
タス通信はポセイドンを紹介する記事でマイクロバブル発生技術とスーパーキャビテーション技術を混同して紹介したのだと思われます。シュクヴァルは気泡によって機体表面の摩擦を軽減する例として紹介されただけで、シュクヴァルとポセイドンが全く同じ技術を使っているわけではありません。
ポセイドンに使われている技術はスーパーキャビテーションではない
ポセイドンの気泡発生技術は原子力機関から発生した熱によって海水を沸騰させて気体を発生させてマイクロバブルとして使うものだと考えられます。水中では機体内部のガス発生装置からマイクロバブルを発生させる場合は短時間しか続かないので、シュクヴァルのような短時間の発生で構わない例を除いて利用できない技術でしたが、ポセイドンのように原子力機関であるならば余剰熱を使って海水から幾らでも気体を作ることができます。しかし、これまでに公開された映像からはポセイドンの先端部分にはマイクロバブル発生装置が見当たりません。他にも幾つか疑問点があります。
- 機首尖端にマイクロバブル発生装置の放出孔が見当たらない
- 機首尖端が丸く平らで、鋭く尖ったシュクヴァルの尖端と異なる
- 方向舵の高さが短く、機体全体を気泡で包んだ場合は舵が効かなくなる
- ポンプジェット推進のため、気泡に完全に包まれると推進力を失ってしまう
ポセイドンは形状や推進方式は通常の魚雷と類似しています。原子力機関の採用と大きさが超巨大であることが特別ですが、それは劇的な高速力を産む要素にはなりません。そしてポセイドンは方向舵や推進システムに何の特徴や工夫も無いので、機体が完全に微細気泡で包まれることを全く想定していないと考えられます。ロケット推進のシュクヴァルならば気泡で包まれようと推進力に影響しませんが、スクリュー推進やポンプジェット推進では大量の気泡に完全に包まれると推進力を失ってしまいます。このためポセイドンは仮にマイクロバブルを利用していた場合でも少量で留まるでしょう。そしてそれでは劇的な効果までは見込めないことになります。他にも深々度では高い水圧により微細気泡が維持できないなどの問題も予想できるため、本当にマイクロバブル発生技術を使っているのか疑問が残ります。
ポセイドンについて現状から判明している要素からは、スーパーキャビテーション技術を利用していないことは確実で、マイクロバブル発生技術については仮に利用していたとしても機体全体を覆うような利用ではないことも確実でしょう。ポセイドンは形状自体は通常の魚雷とまるで同じです、なんらかの技術的なブレイクスルーが果たされてるようには見えません。最高速力200km/h(約110ノット)が事実かどうかは、公式発表ではない以上は確定した情報としては扱わない方がよいと思います。
ロシア国防省よりポセイドンの映像。後半に水中発射シーン