美女と神獣 日本の守護獣カルチャーで世界を目指す 銅版画家・小松美羽
「妖怪アートですか?」と尋ねると、「しんじゅう(神獣)です」という答えが返ってきた。しかし、彼女の手にかかる「神獣」からは自然の息吹がほとばしる。日本の四季を映したような輝きを全身から放つ。
世界最高峰のガーデニングショー「英国チェルシーフラワーショー」で7回目の金メダルを受賞した庭園デザイナー、石原和幸さんから「僕の庭には神がいる。あなたの狛犬(こまいぬ)にも神がいる」と口説かれた。
自然の青よりも青く彩られた有田焼の「狛犬」は石原さんの作品「江戸の庭」に見事なまでに溶け込み、神秘性と生命の躍動感を与えた。銅版画家・小松美羽は30歳。長野県出身。
版画だけでなくペン画や帯のデザインも手掛ける。題材は、神社の境内で見かける「狛犬」など神獣、神の守護獣だ。
「青竜(せいりゅう)」「白虎(びゃっこ)」「朱雀(すざく)」「玄武(げんぶ)」に「神ネズミ」「唐ネコさま」「お稲荷(いなり)さん」。自然の生死を体内に吸い込みながら、神の使いである神獣を独特な感覚で描き出す。
グロテクスな神の使いは一見、もののけのように見えて、妖怪ではない。「神獣は妖怪のように悪さはしません。もともと神社めぐりが好きで、犬が守ってくれているという感覚がありました。それで狛犬に惹かれました」
20歳のころ、死後の世界を「四十九日」と題して描いた。狛犬は怖い顔をして、たてがみもある。京都国立博物館のホームページによると、その起源は、仏像の前に2頭の獅子を置いたことにある。
仏教は仏像、2頭の獅子とともにインドからシルクロードを通って中国、朝鮮半島を経て日本に伝わった。2頭の獅子は平安時代の初めに、一方は口を開け(あうんの「阿」)、もう一方は口を閉じて(あうんの「吽」)頭に角をはやすようになった。
口を開けているのが「獅子」、閉じて角があるのが「狛犬」だ。「ロンドンでも街角で守護獣(ガーゴイル)を見かけますよね」と聞くと、「東の果ての日本では守護獣が狛犬になりました。西洋にどのように伝わったか興味があります」と目を輝かせる。
パリや、ロンドンでのイベント「ハイパー・ジャパン」でも予想以上の手応えを得た。ロンドンにある欧州一の高層ビル「ザ・シャード」でインタビューしている最中もウェイトレスが「面白い作品ね」とのぞき込んできた。
昨年5月には出雲大社に作品『新・風土記』を奉納した。目の中に宇宙があり、和の心を燃え上がらせる胎児を表現した。目の部分に自らの分身としてダイヤモンドを植え込んだ。
腕は絵の具で汚れていた。小さな顔につぶらな瞳、あどけなさが残る30歳は日本では「美しすぎる銅版画家」とアイドル扱いされることが多い。世界中の才能が集まるロンドンではしかし、「外見の美しさ」や「幼さ」には何の価値もない。
彼女が作った「狛犬」のあやしいまでの瑞々しい青さを見ていて、世界に飛び出してほしい才能だと思った。
(おわり)