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山口県周南市5人殺害放火事件の犯罪心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
事件は山間の農村部で起きた(イメージ)(写真素材足成)

■山口県周南市の集落で5人が殺害される

2013年7月21日。小さな集落内で、次々と5人の住民が殺害され、放火される事件が発生。被害者は、鈍器のようなもので何度も殴られていた。重要参考人として集落内の男性(63)の名前があがった。事件から6日後の7月26日。現場から1キロほど離れた集落で発見。5人の殺害と火をつけたことを認め、逮捕された。

山口・周南市連続殺人事件 逮捕の男、おおむね殺害認める供述FNN

山口県周南市の5人殺害・放火事件Yahoo!ニュース

供述によれば、死のうとしたが死にきれなかったという。

逮捕時の状況

下着姿で靴を履かず、凶器も持っていなかった。

■容疑者男性

報道によれば、男性は、最初は乱暴な男ではなかったようである。もともとこの集落にすんでいたが、一度は都会の川崎に出て左官の仕事をしていたようであるが、その後、集落に戻ってきたようである。

ただ、集落での人間関係ではたびたびトラブルを起こしていたようであり、さまざまな報道がされている。

10年程前には、今回の被害者の1人と酒を飲み口論となり、刃物で傷つけられる事件があった。相手は逮捕され、罰金刑を受け、「この件以来、二人の仲が険悪になったようだ」と話す住民もいる。

「みんな仲良しの集落なのに、1人だけ浮いた存在」と語る住民もいる。

近年は、あいさつも交わさず、回覧板も受け取らなくななっていた。そうして次第に誰も声を掛けなくなり、回覧板の順番を飛ばすことになったという。

町おこしを提案したところ反対されたり、草刈りをして苦情を言われたりしたことなどをめぐり、周囲とあつれきが生じていたとの報道もある。

2011年の正月元旦には「周囲から悪口を言われ孤立している」と警察署に相談しているという。容疑者男性は、1、2時間話すと「すっきりしました」と話し、帰って行ったという。

最近では、農作業や飼い犬のことで、今回の被害者の一部とトラブルになっていたようである。犬のフンを片付けなかったことを、今回の被害者らが注意すると、「血を見ることになるぞ」などとすごんだという報道もある。

■「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

数年前、近隣で火災が発生し、その際、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という張り紙が見えるように玄関に張られた。この張り紙以外にも、自宅には奇妙な「オブジェ」も見られる。

庭に置かれたアヒルのオブジェ、屋根には陶器の天使、車庫に置かれた上半身裸のマネキン人形。

そして、今回犠牲になった隣家に向け、実際には作動しない偽装型の防犯用カメラ設置していた。田舎では防犯カメラ自体珍しい。

■大量殺人の心理

大量殺人者の多くは、孤独と絶望感に押しつぶされた人である。自分の人生も終わりにしよう、この世の中も終わりにしたいと感じる人々である。殺意が、顔見知りの人々がいる会社、学校、地域社会に向かうこともあれば、繁華街の人々など幸せそうな人々に向かうこともある。

彼らは、多くの場合逃亡を考えていない。

今回の事件も、容疑者男性は逃亡を考えていなかっただろう。車も使わず、装備も持たず、下着姿で発見されている。現場からわずか1キロの場所である。

街中であれば、すぐに発見されていただろう。山中だから発見が遅れただけであろう。大量殺人者の多くは、その場で逮捕されたり、射殺されたり、自殺したりしているが、この男性も自殺を考えていたようである。

大量殺人者の多くは、「こんなはずではなかった」と考えている。本来なら、自分の人生はもっと上手くいくはずだったのにと。そして、自分を責め、その自責の念が強くなる中で、周囲を責めて行く。自分を理解してくれない周囲、バカにした社会に対して、恨みの感情を増し加えていく。

今回の容疑者男性も、一時期は都会で働いていた人である。報道によれば、町おこしの意見を述べるような人である。その意見は、他の人々から見れば不十分なものだったかもしれないが、しかし彼なりに考えたことだっただろう。

たとえば、大量殺人の一つの形である「校内銃乱射事件」の犯人(スクールシューター)には、次のような特徴があるという人もいる。

「頭も良く、一見ふつうの子だが、強い孤独感、疎外感を持ち、現状に不満を持つ。からかわれたり、いじめられたりすることに敏感で、世の中が不公平だと感じ怒りをもっている。落ち込むことでさらに判断力がゆがみ、劣等感に陥り、人生は生きる価値がないと考え、自殺のかわりに他人を殺す。」

■農村部での殺人

殺人事件数が多いのは都会である。しかし、一定の人口における殺人発生率は、むしろ農村部のほうが高いほどである。都会で、隣の人の名前も知らないような人間関係よりも、田舎の濃密な人間関係の方が、トラブルが発生したときは、複雑なことになるだろう。

都会なら、付き合わない、引越しするといったこともきるが、農村部では難しい。

もちろん、通常であれば、とても良い人間関係ができるだろう。みんなが仲良しで、助け合うことができるだろう。ただ、トラブルが発生したときには、解決が難しい。みんなが仲良しだからこそ、その中で上手くいかなければ、孤立感はとても深いものになるだろう。

■放火

通常、殺人に伴う放火は証拠隠滅のためである。しかし、今回は違う。供述を待たなければならないが、放火も怒りの表現だったのかもしれない。その燃える炎をみて、彼は心がすっきりすると感じていたのかもしれない。

■張り紙・オブジェ・監視カメラ

これらは、「表現」だったのだろうか。自分はこんなに怒っている。傷ついている。わかって欲しいという表現だったのだろうか。しかし、その表現は不器用すぎ、届かなかったのだろう。

監視カメラは、いやがらせとも受け取れるが、いわゆる被害妄想のためだったかもしれない。

奇妙なオブジェ全体を見ると、あるいは、何らかの形で精神のバランスを崩していた可能性も考えられる。

■事件は防げなかったか

容疑者は、殺人と放火の容疑を認める供述をしている。静かな集落を襲った本当に悲惨な出来事であった。この事件は、防げなかったのだろうか。

都会から戻ってきたこの男性は、集落になじめなかったのだろう。

10年前に傷害事件の被害者になったとき、彼はどれほどの慰めを受けたのだろう。罰金刑という、このときの加害者への処分にどれほど納得できただろう。

相手の男性とも、集落の人々とも、「雨降って地かたまる」とは、ならなかったのだろう。むしろ、人間関係は悪くなる。彼なりの努力はあったのかもしれないが、空回りしたのだろう。周囲も努力したのだろうが、上手くいかなかったのだろう。

小さな集落で、回覧板さえ受け取らないとは、どんな人間関係だったのだろう。その中で、彼の生活は乱れ、乱暴な言動が生まれ、さらに孤立していったのだろう。

彼が犯人であれば、安易に同情するつもりはない。しかし、何かが少し違っていれば、事件は起きなかったかもしれない。

正月元旦に警察に相談に行くのは、どんな気持ちだったのだろう。昔ながらの地域のあたたかな正月風景の中、彼は辛かったのかもしれない。警察も決して無視をしたわけではなく、長時間話を聞いている。ただ、そこで終わっている。

容疑者男性が、最初からもっと「悪者」で強引な人だったら、それは確かに困った人だが、恨みの心を募らせることはなかったかもしれない。悪いことをしても良いわけではないが、ストレスを、社会が認める範囲内で小出しにすることは大切である。

あるいは、彼がもっと社会的強者で、器用に立ち回っていたら、こんな事件を起こさずにすんでいたかもしれない。

不平不満を聞いてくれる友人がいる。お金をだしてキャバクラで遊べる。ネットで交流できる。趣味や、ボランティア活動を通した仲間がいる。あるいは、この集落を出て引越しをする。

教会やお寺に行っても良かったかもしれない。警察以外にも相談できるところはたくさんある、方法はいろいろあったはずなのに。

本来なら、方法はいくらでもあった。しかし、自殺を考え、大量殺人を考えるような人は、他の方法が見えなくなる。実は、助けが周囲にあっることが、見えなくなる。

秋葉原無差別殺傷事件の犯人は、自分は孤独だと言っていた。しかし実際は一緒に酒をのむ仲間がいて、彼らはこの言葉を聞いてショックを受けたという。

バージニア工科大学銃乱射事件(2007)の犯人は、韓国系アメリカ人で、犯行後聖書にちなんだ文書が見つかっている。大学内には、実は韓国人クリスチャンの集まりがあり、そのリーダーは語っている。

「私も、彼の顔も知らなかった。知っていれば、少しでも彼の力になれたかもしれないのに」

自殺を考え、死刑も恐れない大量殺人事件の犯人を、刑罰によってとめることは難しい。人間関係がこじれにこじれた地域の人々が、関係を修復することも難しい。ただそれでも、助けは存在している。希望は存在していると、思いたい。

犠牲者の方々のご冥福を祈ります。地域の皆さん、関係者の皆さんに、癒しと慰めがありますように。みんなの力で、こんな事件を減らしていけますように。

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BOOKS

『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』:秋葉原無差別殺傷事件など 碓井真史著

『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』碓井真史著

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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