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エル・クラシコは消滅するのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
カタルーニャ州のスペインからの独立に賛成するグアルディオラ。(写真:REX FEATURES/アフロ)

9月27日、カタルーニャ自治州(州都バルセロナ)ではスペインからの分離、独立を問う州議選が行われた。独立に賛成する政党の選挙連合「Junts pel Si」(共にイエス)が62議席を獲得。別の独立賛成派の左派「CUP」が10議席となり、過半数を獲得した(定数は135議席)。今後、カタルーニャ州議会は1年半以内にスペインからの独立の手続きを、民主的に行っていくという。

もっとも、スペイン政府はこれを承認していない。

先に行われた住民投票に関しても、裁判所が違憲として一蹴(主権に関する住民投票を実施する権利は中央政府にのみある。80%が独立に賛成したが、投票率が4割に満たず)。また、スペイン中央銀行は「もし独立する場合はEURO圏の自動離脱を意味し、カタルーニャ州銀行は欧州中央銀行の支援を受けられないだろう」と牽制。スペイン政府は今回の件も裁判所を通じ、再び違憲を訴えていくことになるだろう。今後の混乱は必至だ。

スポーツ界も大きな影響を受ける。

同日、バルセロナ郊外ではローラーホッケーのUー20W杯決勝が行われ、会場ではスペイン代表が「エスパーニャ(スペイン)」と声援を受けるも敗れ、「この試合がスペイン代表としての最後か」と囁かれた。カタルーニャが独立した場合、スペイン代表でプレーしてきたアスリートたちは選択を迫られる。バスケットボール界の英雄でスペインを欧州王者にする立役者になったパウ・ガソルら、スペイン代表の中枢を担う選手は少なくない。

そして大きな問題の一つが、リーガエスパニョーラからカタルーニャのクラブが離脱するのか、という点だろう。現行のルールでは、もし独立が成立した場合、"外国"のクラブはリーガからは離脱せざるを得ない。すなわち世界的ビッグクラブ、FCバルセロナもリーガから去ることになる。レアル・マドリーとの宿命の対決、エル・クラシコも日常的に見られなくなるのだ。

世界中が最も注目するスポーツイベントの一つは、2年後には消滅しているのだろうか?

グアルディオラも独立に賛成するが

そもそもの話、カタルーニャのクラブだけで満足な国内リーグが構成できるのか、という疑問はある。しかしカタルーニャ系のスポーツ紙記者は、極めて強気な論調を書いている。

「世界には800万人のバルサファンがいるのだ。我々は独立によって、新しい道を歩むことになるだろう」

たしかにバルサが盟主となることで、カタルーニャだけでも相応の国内リーグは運営できるだろう。現在1部に在籍するエスパニョールはカタルーニャにおいて一方の雄であり、2部のジローナ、ジムナスティック、ジャゴステラ、さらに2部Bのサバデル、ジェイダも歴史や伝統のあるクラブ。"カタルーニャリーグ"はベルギーやスイスの国内リーグを上回り、オランダやポルトガルの国内リーグに匹敵するかもしれない。

ただし、バルサのみが突出し、依存度が強すぎる。国内リーグ全体への関心は乏しいだろう。開幕前にバルサ優勝は決まったようなモノで、競争性の薄さは停滞を生むに違いない。バルサも現在の力を維持できなくなる可能性がある。放映権収入や入場料収入の激減は目に見えているし、マーチャンダイジングなどマーケットも閉塞していくだろう。なにしろドル箱のエル・クラシコ1試合を失うだけで、数十億円以上の損失となるのだ。

「アンドラのような特例でリーガに残留」

「バルサだけはフランスリーグに参入する」

「ポルトガルも含めたイベリア半島リーグ構想」

いくつかアイデアは出ているようだが、どれもご都合主義で、現実的ではない。やはりスポーツのスペクタクル性やビジネスを考えた場合、フットボール界において分離、独立を問うのはナンセンスと言えるだろう。

しかし、それを上回る遺恨があるのも事実なのだ。

1970年代まで続いたフランコ独裁政権により、カタルーニャの民はひどい迫害を受けている。祖父母や曾祖父母を監禁、拷問、なぶり殺しにされた子孫たちも少なくなく(歴代のバルサ会長の中には銃殺刑も)、彼らはその憎しみを忘れていない。そこに最近の慢性的経済不況で、カタルーニャの富が他の貧困地域に補填されている不当感が絡みつき、スコットランドでの独立騒動も火をつけた。

「スペインから分離した後、たとえどのようなことが起きようとも、独立への希望がすべてを乗り越えさせてくれるだろう」

かつてバルサを世界王者に導いたジョゼップ・グアルディオラでさえ分離独立に希望的観測を持っており(「Junts pel Si」のメンバー)、サッカー関係者でも賛成派は少なくない。

「尊厳を取り戻す」というのが、カタルーニャ人の主張。かつて言葉を奪われ、アイデンティティも奪われた彼らにとって、それが優先事項なのだろう。

しかし実のところ、バルサというクラブはそうした憎悪や遺恨さえも戦うエネルギーにしてきた。カタルーニャ人にとって心の拠り所になったのがバルサで、フランコの支援するマドリーに勝つことがなによりの復讐だった。皮肉なことに、憎み合うライバル関係が彼らを強くする効果があったのである。その対立感情は、MORBO(禁じられたモノが放つ魅力)とも呼ばれている。

もしカタルーニャが独立してしまったら、そのアンバランスなバランスは失われてしまう。なぜ、バルサが魅力的で独自性を持つことができたのか? その答えは、彼らがカオスの中で誇り高く生き抜いてきたからだ。

リーガエスパニョーラが世界最高峰リーグである理由は、各地方のクラブが切磋琢磨し、独自のスタイルを積み上げたことに起因している。バルサは徹底的にパスをつなぎ、敵陣近くで勇ましく攻撃し続ける。バスク地方の雄、アスレティック・ビルバオは名前に英語名が入っているように、英国のキック&ラッシュを雄々しく進化させてきた。アンダルシアのセビージャはフラメンコや闘牛のように刹那的芸術を好み、ドリブラーを多く輩出している。

サッカーについてだけの話をするなら―。

カタルーニャの独立は、リーガエスパニョーラにとってもバルサにとっても、致命的なダメージになり得る。エル・クラシコは欧州カップ戦など違った形では残るだろうが、一つの歴史にピリオドを打つことになるだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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