Yahoo!ニュース

多頭飼育崩壊の連鎖で動物愛護センターがSOS…飼育データから見る未来への道筋

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(提供:イメージマート)

熊本県動物愛護センターからの「SOS」です。施設で保護している猫が収容可能な数を超え、厳しい状況にあります。癒しをくれる猫と家族に、なりませんかとRKK 熊本放送が報じています。

この記事によりますと、施設で収容できる猫の定員は80匹ですが、それを超える数が保護されているとのことです。

動物愛護センターが定員オーバーになる問題は、よく耳にします。その一因として挙げられるのが「多頭飼育崩壊」です。この問題の解決方法について、新規飼育頭数に着目することで、糸口が見えてきています。そのデータを見ていきましょう。

一般社団法人「ペットフード協会」の全国犬猫飼育実態調査

一般社団法人「ペットフード協会」は、2024年の全国犬猫飼育実態調査(推計値)の結果を発表しました。

1年以内に新たに飼われた犬は前年比4万7000匹増の44万4000匹と、過去10年で最多となりましたが、猫は同1万匹減の35万9000匹です。

新型コロナウイルス禍以降、犬猫ともに新規飼育数は増加傾向にありましたが、2024年のデータでは犬の増加が続く一方で、猫は減少に転じました。猫は保護活動の活発化で野良猫を飼う人が減ったと毎日新聞は伝えています。

筆者の動物病院の近隣でも、猫の保護活動におけるTNR※の普及により野良猫の数が減少しており、見かける場合でも耳が「桜カット」されている、つまりTNRが施された猫がほとんどです。

また、野良猫の子猫を見かける機会も大幅に減少しました。このように、野良猫の減少は多頭飼育崩壊を防ぐ一助となっています。

※野良猫のTNRとは、Trap (猫を捕まえる)、Neuter (不妊去勢手術を行う)、Return (猫を元の場所に返す)という英単語の頭文字をとって、不妊去勢手術をすることで繁殖を抑え、野良猫の数を減らすことを目的としています。

多頭飼い崩壊の原因は?

イメージ写真
イメージ写真写真:イメージマート

猫の多頭飼い崩壊の原因には、飼い主の経済的困窮、知識不足、そして情緒的な要因が複雑に絡み合っています。

経済的困窮

経済的困窮は、多頭飼育崩壊の主な原因の一つです。
猫が増える過程で、不妊・去勢手術の費用を負担できず、予想以上の飼育費用が発生することがあります。特に、猫が病気になった場合、高額な治療費が必要になるため、必要なケアを受けさせられず、健康状態が悪化するケースも少なくありません。また、適切な不妊去勢手術を行わないことで繁殖が進み、猫の数がさらに増加する負の連鎖が生じることもあります。

さらに、野良猫が多い地域では、「かわいい」「かわいそう」といった感情から安易に猫を拾い、結果として飼育崩壊に至るケースも見られます。

猫の飼育に関する知識不足

猫の飼育に関する知識不足も重要な要因です。
多頭飼育を始める人の中には、猫の飼育に関する十分な知識を持たない人もいます。猫の習性や必要な生活環境について理解が浅いため、適切なケアが行えず、結果として猫の健康や福祉が損なわれることがあります。また、「猫は自由に飼える動物」という誤解が、多数の猫を一度に受け入れる行動を正当化するケースも見られます。

飼い主の精神的な問題

情緒的な要因も見逃せません。
猫を増やす理由として、「救いたい」「寂しさを紛らわせたい」といった感情が挙げられます。特に、一人暮らしの高齢者や精神的に不安定な人が、孤独感や心の隙間を埋めるために次々と猫を受け入れるケースがあります。しかし、感情に任せて猫を増やした結果、飼育環境が悪化し、最終的に崩壊状態に陥ることが少なくありません。

野良猫の数が減ることで安易に猫を飼うケースが減少し、多頭飼育崩壊の発生も抑えられる可能性があります。

保護団体から猫を迎える場合、不妊・去勢手術が済んでいる猫が多く、また手術の重要性が説明されます。一方で、野良猫の場合は費用もかからず、飼育に関する注意事項も誰からも伝えられないため、気軽に飼い始めてしまうことがあるのです。

多頭飼い崩壊の猫の健康問題

イメージ写真
イメージ写真写真:ロイター/アフロ

猫の多頭飼い崩壊は、猫の健康に深刻な影響を及ぼします。このような状況では飼育環境が悪化し、適切なケアが行き届かず、猫の身体的および精神的な健康が著しく損なわれます。

近親交配

多頭飼い崩壊の現場では、近親交配が頻繁に見られる問題です。
適切な不妊去勢手術が行われないまま猫が繁殖を続けると、兄弟姉妹間や親子間での交配が避けられません。近親交配は遺伝的多様性を損ない、先天性疾患や遺伝性疾患の発生リスクを高めます。例えば、骨格異常や心臓疾患、多指症、視覚や聴覚の障害などが挙げられます。また、免疫力の低下により感染症への抵抗力が弱まり、さらなる健康被害を引き起こします。

多頭飼い崩壊現場にいた猫の里親になる場合、猫が病気がちなのは近親交配も一因です。

感染症の蔓延

多頭飼い崩壊の典型的な問題の一つが感染症の蔓延です。
狭い空間で多くの猫が密集して暮らすことで、ウイルスや細菌が急速に広がります。猫カリシウイルスや猫ヘルペスウイルス、猫白血病ウイルス(FeLV)などの感染症は、特に免疫力が低下している猫にとって致命的です。実際、崩壊現場では目ヤニや鼻水を出している猫が多数見られることがあります。また、ノミやダニといった外部寄生虫や、回虫・鉤虫などの内部寄生虫も深刻な問題です。

栄養不良

多頭飼い崩壊現場では、飼い主が十分な量や質の食事を提供できず、猫たちは栄養失調に陥ります。この結果、体重減少、被毛の状態悪化、免疫力の低下が進行し、さらなる健康問題を引き起こします。特に子猫や高齢猫は栄養不良の影響を強く受け、成長不良や早期死亡のリスクが高まります。悲しいことに、崩壊現場で猫の遺体が見つかることもあります。

精神的な問題

猫の精神的な健康問題も無視できません。
多頭飼い崩壊の環境では、狭い空間に多数の猫がいるため、争いやストレスが日常的に発生します。縄張り争いや食べ物の奪い合いにより、猫たちは慢性的なストレス状態に陥り、攻撃的な行動や引きこもりといった問題行動が見られる場合もあります。

このような環境では、猫の社会性や精神的な健康が著しく損なわれます。

まとめ

多頭飼い崩壊は、飼い主の生活困窮、孤独、コミュニケーション不足、精神的な問題などが複雑に絡み合った結果として発生します。

しかし、野良猫の保護活動の一環であるTNRを進めることで、野良猫の数が減少し、多頭飼育崩壊の発生も徐々に減っていくと考えられます。

もちろん、飼い主への啓発や支援も不可欠です。具体的には、不妊去勢手術の重要性や猫の適切な飼育方法について広く情報を普及させることが必要です。さらに、経済的に困窮している飼い主に対しては、不妊去勢手術の一部を補助する仕組みや自治体・動物愛護団体のサポートが求められます。

多頭飼育崩壊は飼い主だけでなく、地域住民や猫自身にも大きな悪影響を及ぼします。猫を飼う際には、聞き慣れた言葉かもしれませんが、不妊去勢手術を行うことが基本であるという意識を改めて共有していくことが重要です。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

石井万寿美の最近の記事