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<朝ドラ「エール」と史実>給与は小学校教員の4倍? 「留学中止」でも恵まれていた古関裕而の契約条件

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

「イギリス留学の中止」から「レコード会社と契約」へ。裕一は、クラシックから大衆音楽へ大きく舵を切ります。この点は、おおむね古関裕而の史実どおりです。実際の留学中止も、詳細はよくわかっていないものの、やはり世界恐慌の影響があったようです。

それにしてもドラマでは、レコード会社にずいぶんと袖にされていましたね。さまざまな会社が出てきましたが、実はすべてモデルがあります。筆者が調べた限り、対応関係は以下のとおりです。

コロンブス=コロムビア

ビクトリー=ビクター

イットウ=ニットー

テイコク=テイチク

東京音楽商会=阿南商会(ポリドール)

タイセイ=タイヘイ

日本タイヨウ=太陽

葉山蓄音器=大和蓄音器

クイーン=キング

御幸=三光堂

オウロラ=コロナ

エイシエント=オリエント

東京ゴールド=オーゴン

戦前にも、これぐらいレコード会社やブランドがあったということですね。なお、史実では、古関がみずからレコード会社に売り込みをかけ、ビクターには落とされたものの、コロムビアとは契約できています。

ドラマの契約はホワイトすぎる?

さて、そのコロンブスとの契約。年額3500円で毎月のノルマが2曲となっています。これはかなりホワイトな条件ですね。実際は月額200円(つまり年額2400円。売れるとプラスあり)で毎月のノルマは6曲でした。ただ、小学校教員の初任給が50円ほどだった時代ですから、それでもかなり優遇されていたことがわかります。

実はこのときの契約書が残されています。せっかくなので、その一部を抜粋してみましょう。

第壱条 甲[古関裕而]は、甲の作曲に係る歌曲を、本契約締結の日より向ふ壱ヶ年間は、乙[コロムビア]以外の蓄音器レコード製造業者及び其他何人に対しても、蓄音器レコード吹込に使用せしめざるものとす

第弍条 甲は、右期間中乙又は乙の指定せるものに対して、毎月平均「レコード」両面参枚以上を作曲することを承諾し、乙は該「レコード」を乙の適宜の商標の下に発売することを得るものとす

出典:昭和5年10月12日付「契約書」。読みやすいように一部表記を改めた。

第1条は、「作った曲はコロムビア以外で使ってはいけませんよ」、第2条は、「毎月平均で6曲(両面×3枚分)作ってね」ということです。

ドラマでは、契約書の書面もよく再現されていました。現物は、拙著『古関裕而の昭和史』の62ページに掲載していますので、興味のある方はそちらをご覧ください。ちなみにこれは、拙著ではじめて使用された資料です。月給300円としている文献もありますが、これにより、200円が正しいと確定しました。

それはともかく、ここで「約締結の日より向ふ壱ヶ年間」とされていることに注目です。つまり、古関の契約は1年間だったんですね。ですから、ノルマを果たせなかったり、売り上げが立たなければ、すぐにクビにされてしまうリスクがあったわけです。史実でも、ドラマでも、古関≒裕一は、このことに散々苦しめられることになるのです。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『ルポ 国威発揚』(中央公論新社)、『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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