韓国大統領府が核心2ポストで人事刷新…文政権「巻き返し」なるか
8日午後、韓国青瓦台(大統領府)は大統領秘書室長以下、5人の新たな人事を発表した。今回の人事の成否が、今年5月で三年目を迎える文在寅政権の評価を大きく左右する。事情を整理した。
まず、今回発表(もしくは内定)された人事は以下の5人となる。
大統領秘書室長:盧英敏(ノ・ヨンミン)現駐中国大使
政務首席秘書官:姜ギ正(カン・ギジョン)元議員
国民疎通首席秘書官:尹道漢(ユン・ドハン)元MBC論説委員
春秋館長:兪松和(ユ・ソンファ)現大統領秘書室第2付属秘書官(内定)
大統領秘書室第2付属秘書官:辛志娟(シン・ジヨン)現国民疎通秘書室海外言論秘書官(内定)
現在、青瓦台には49人の秘書官が存在する。この内5人の入れ替えは「大幅刷新」とは言い難い。しかし、大統領秘書室長と政務首席という政権の肝となる2つのポジションでの交代は大きい。
●前任の大統領秘書室長は「有名人」
17年5月に発足した文在寅政権時代における青瓦台は、朴槿恵大統領の弾劾を経たことによる有権者からの高い支持を背景に、強い指導力を持っている点が特徴だ。
国政におけるその存在感は、国会や政府機関(各省庁)の役割を時に無視するほど大きい。思うままに国政を左右することから、今もなお野党などからは「青瓦台政府」と指摘されているほどだ。
中でも大統領秘書室長は、組織構造上、同じ長官(大臣)級の国家安保室長がカバーする安保・国防・外交「以外」のあらゆる分野を統括している。
三室長のもう一人にあたる政策室長が経済・社会分野をまとめているものの、文政権になって以降、秘書室長は国務総理を押しのけ、大統領に次ぐ「政権ナンバー2」と見られることが多くなっていた。
文政権発足以降、そのポジションを担ってきたのは、任鍾ソク(イム・ジョンソク)氏だった。
1966年生まれで、1987年に結成された民主化を求める学生運動の決定版とも言える「全大協(全国大学生代表者協議会)」の三代目リーダーとして全国区の知名度を持っていた同氏は、秘書室長に抜擢され、政権の「顔」となってきた。
だが、学生運動当時の民族主義的な思想への傾倒や、1989年に北朝鮮・平壌で行われた行事に韓国の大学生を派遣した「前科」により、反共意識が高い保守層からの批判にさらされてきた。
特に、昨年18年になって急速に南北関係が改善する中で、保守色の強い野党から「北朝鮮寄り政府人士の代表格」というレッテルを貼られることが多くなった。これは、国内改革に必要な野党との協調(協治)を阻む要因として作用してきた。
実際に、筆者は政権に近い進歩系(左派系)の政治学者たちからも昨年11月以降、「任室長は目立ち過ぎる。そろそろ交代すべき」という声を多く耳にした。
●新任の大統領秘書室長は文大統領の最側近
新たに秘書室長に就任する盧英敏氏の特徴は「円熟」にある。1957年生まれと任氏よりも9歳年上で、53年生まれの文大統領により近い年代からも分かる通り、政治経験が豊富だ。
名門・延世大学に在学中から朴正煕(パク・チョンヒ)政権に対する民主化運動を行い、大学を除籍。その後は電気工として労働運動に関わってきた。2004年に国会議員に当選し、その後、3期12年のあいだ議員を務める。
文大統領に近い人脈をまとめた『文在寅の人たち』(韓国経済新聞社,2017)によると、同氏は2012年の大統領選挙(文在寅氏が朴槿恵氏に敗北)の際、文氏の秘書室長として「学戦運動から、市民・労働運動で鍛えられた選挙組織設計と選挙戦略などにアイディアを発揮」し、党内をまとめた。
文氏も盧氏に対し絶大な信頼を起き「2015年に『主要な案件を相談する関係』と明かすほど」(同書)とのことだ。
また、文氏が当選した2017年5月の大統領選挙においても「選対組織本部長を務め、文氏の党内予備選での圧勝に貢献した」としている。さらに今は「文大統領を支持する元職・現職議員の組織の座長を務めている」とのことだ。
このような盧氏の秘書室長就任は、韓国政界やメディアでは既成事実と見られていた。今年5月に、任期5年のうち3年目に入る文政権にとって、2019年は「勝負の一年」であるためだ。満を持して信頼する最側近が登板することになる。
この日、盧秘書室長は記者会見の場で「私は、とても足りない人間であるため(職務に)怖さを感じてもいる。しかしそれを傾聴することで埋めていきたい。どんな主題でも、誰とでも、どんな政策でも分け隔てなく傾聴すると約束する」と語った。
●2019年の争点解決のための「一手」
1月2日、文大統領は新年の辞で「2018年はわが経済と社会構造を大きな枠から変えるために政策の方向を決め、制度的な枠を作る時期で、2019年は政策の成果を国民が生活の中でしっかりと体感できるよう、最善を尽くす」と明かした。
その上で「そのあらゆる中心に『公正』と『雇用』があるということを、もう一度胸に刻む」と語った。
筆者が以前の記事でも指摘したように、2018年12月以降、文大統領の支持率(正確には国政遂行における肯定評価)は40%後半にまで下がり、不支持と拮抗する状況が続いている。その低評価の中心には「経済問題」がある。
「文在寅政権は失敗しつつある」は本当か?(上)経済問題で支持率40%台へ
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20181129-00105919/
こうした中、文政権は今年、「不平等と両極化を広げる経済ではなく、経済成長の恩恵をすべての国民が享受する経済」というビジョンではなく、具体的な成果(公正と雇用)を有権者に見せる必要がある。
さらにこれは、文政権の至上命題とも言える「2020年4月の総選挙での勝利」と、「2022年5月の大統領選挙での勝利を通じた政権再創出」の見通しを大きく左右する要因でもある。
したがって、国会で関連する改革法案が立法されなければならないが、現与党は少数与党であるため野党との協調が欠かせない。有権者の心理や政治システム、選挙を知る盧氏の秘書室長起用の背景がここにある。
この人事について、政権内をよく知る専門家は8日、筆者の電話インタビューに対し匿名を条件にこう説明した。
「文在寅政府は昨年まで、朴槿恵大統領弾劾後の混乱の収拾や、北朝鮮の核・ミサイル問題などに対処する『非常体制』として青瓦台を運営してきたが、これからは国内政治における改革の課題を安定して進めるための陣営を整えたと見るべきだ。新任の盧秘書室長は政務的にアイディアが多く手練手管で、国内政治における助言を大統領にうまく行うことができるだろう」。
●政務首席には「強い」人物
一方の政務首席秘書官に就任した姜ギ正(カン・ギジョン)元議員は「武闘派」として知られる。
1964年生まれの同氏もやはり学生運動出身だ。先に引用した『文在寅の人たち』によると、1985年に5.18光州民主化運動(1980年)の真相究明を求めは米国文化院を占拠し籠城する運動を行い、3年7か月の間服役した。
その後、2004年から3期12年のあいだ国会議員を務めた。議員活動を通じて保守政党のハンナラ党(セヌリ党、現自由韓国党)の議員と主張をめぐり、国会内で実力行使に出る「肉弾戦」を繰り広げたことが多い。
特に2013年11月には、当時の朴槿恵大統領による国会施政演説の際、国会前に停めてあった大統領警護室のバスをどかすように要求する過程で暴力を振るったとして起訴されもした(無罪判決)。
このように徹底した「保守政党=自由韓国党嫌い」のイメージが定着している姜氏だが、実は国会内では粘り強い交渉とその推進力で知られ、自由韓国党の議員とも良好な関係を築いている。
特に朴槿恵政権時代の2015年に、野党の政務委員長として200日以上にわたり与党(自由韓国党の前身、セヌリ党)や利害関係者との交渉をまとめ、公務員年金改革を成し遂げた点が高く評価されている。
そんな姜氏が青瓦台と国会・政党間の関係を調整する政務首席という要職に就いたことは、前述したような文政権3年目の課題である協治、すなわち野党と青瓦台の協力にどう影響するのか。
これについて、先に引用した専門家はこう分析する。
「姜秘書官は強気で知られるが、豪快で裏表がない人柄だ。大統領に協治をするという意志がしっかりあれば、逆にこれを最も積極的に行える人物とも言える。さらに、文大統領も盧秘書室長も『内剛外柔』でシャイなスタイルなため、姜秘書官のように果敢に事を推進できる人物が必要でもある」。
なお、姜氏は8日の記者会見で「政務とは政策に民心の服を着せることだ。時には国民と衝突し、時には国民が理解できないということを、3年あまり(政権や国会の)外から見てきた。大統領の意志を国会にきちんと伝え、国会の民意を大統領にしっかりと伝えるのが私の役割だと思う」と述べた。
●大統領の「協治」意思表明はあるか
今回の人事はこのように、成果を必要とされる文政権が、その条件となる「協治」実現のために打った一手と位置づけることができる。
だが、何よりも大切なのは、大統領の意思表明であることに変わりはない。きちんとした形で、野党に協力を提案できるかが肝心だ。これをクリアしてこそ、二人が活躍できる。
先の専門家は「協治」を提案する形について、「内閣改造での提案(野党の入閣)になるのか、選挙制度改革(得票率に比例した議席配分。少数野党に有利)になるかは分からない」としつつも、「10日の(文大統領による)新年記者会見を通じ、見えるものがあるだろう」と予想した。
もっとも、盧秘書室長、姜秘書官ともに文大統領と近い間柄で知られるため、今回の人事を「狭い人事プールからの選択」と批判的に見る向きもある。
文大統領によるこの「選択」が、吉と出るか凶と出るか。
まだ十分に環境が整っていないものの、見てきたように今回の人事が実を結ぶのかが、今後の文政権、さらに韓国政治の行方を左右することになる。盧秘書室長、姜秘書官二人の動きには要注目だ。