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オバマ氏も接種公言 ワクチン懐疑主義が根強い日本でコロナ予防接種は果たして広まるか 偽情報対策が急務

木村正人在英国際ジャーナリスト
イギリスでは来週のワクチン接種開始に向け準備が急ピッチで進む(写真:ロイター/アフロ)

英当局は世界初の緊急使用を承認

[ロンドン発]英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬ベンチャー、ビオンテックの新型コロナウイルス感染症ワクチンについて世界で初めて16歳以上の人々への緊急使用を承認しました。来週から高齢者介護施設の入居者と職員を対象に集団接種が始まる予定です。

英政府は今回のコロナ危機で7種類のワクチンを3億5500万回分確保しています。接種が始まるファイザーのワクチンは摂氏マイナス70度で保管しなければならないため、英国民医療サービス(NHS)はとりあえず80万回分について50の拠点病院で集団接種を始めます。

英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカのワクチンもクリスマス前に承認される可能性があります。オックスフォード大学のワクチンは通常の家庭用冷蔵庫(摂氏2~8度)でも保管できます。このため、介護施設やかかりつけ医(GP)の診療所、薬局、スポーツ施設での集団接種が可能になります。

日本のコロナ対策の司令塔である東北大学の押谷仁教授(微生物学)は2日、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のイベントにオンラインで参加し「日本はワクチン接種プログラムを実行に移すことに極めて慎重だ。日本人はワクチンに関するいかなる有害事象について非常に敏感だからだ」と指摘しました。

日本のHPVワクチン接種率は70%から1%に低下

日本では2013年、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの悪影響の恐れが広く報じられた結果、70%の接種率が1%に低下する事件がありました。統計サイト「データで見た私たちの世界(Our World in Data)」によると日本のワクチン懐疑主義が浮き彫りになってきます。

出所)Our World in Data
出所)Our World in Data

ワクチンを子供に接種するのは重要と答えた日本人は66.5%で163カ国・地域中、ワースト3。日本より低かったのはモルドバの65.6%、ベラルーシの61.4%だけでした。

押谷教授はこうした国民性を背景に「ワクチンの有効性と安全性についてもっと多くのデータが必要だ。中でも接種後、長期間にわたる有効性は証明されていない。われわれは新しく開発されたワクチンの安全性についても確証を得ていない」と、ワクチン接種を急ぐイギリスとは全く正反対の慎重さを見せました。

英リーズ大学医学部のスティーブン・グリフィン准教授は「承認手続きがスピードアップされてもワクチンの安全性を評価するという点で何の問題もない。すでに誤った情報が出始めている。有害で根拠のないウワサを抑えるために明確なメッセージを発信することが重要だ」と指摘しています。

オバマ、ブッシュ、クリントンの3大統領は接種を宣言

アメリカのバラク・オバマ、ジョージ・W・ブッシュ、ビル・クリントンの前・元大統領3人は米食品医薬品局(FDA)が緊急使用を承認すればTVカメラの前でワクチンを接種することを宣言しました。ワクチンの安全性と有効性に対する国民の信頼を高めるためです。

イギリスではジョナサン・バン=タム・イングランド副主席医務官が記者会見や英BBC放送のラジオ番組で視聴者の質問に答えました。主なポイントは次の通りです。

・戦争が終わった時のようにマスクや手指の消毒液を投げ捨てて大規模なパーティーを開き「パンデミックは終わった」と叫べるかと言えば、そうではない。

・ワクチンがすべての人に完全な保護を与えるとは限らないため、社会的距離のルールに従う必要がある。

・人々はコロナ対策にうんざりしているが、ワクチンを接種する人が少ないと制限は確実に長引く。

・米FDAと欧州医薬品庁(EMA)が近いうちにファイザーのワクチンを承認することを期待している。

・ワクチンは短くても2~3カ月以上の保護を与える。

・ワクチン証明書については誰がワクチンを接種したかを確認する計画がある。

・データがまだないのでワクチンは妊婦に与えられるべきではない。

天然痘ワクチンの風刺画は何を物語るか

イギリスの医者エドワード・ジェンナーが1798年に牛痘の膿を使って天然痘から保護する予防接種を発表した時もワクチン懐疑論が広がりました。ワクチンを接種する施設を描いた1802年の風刺画(クリックして下さい)にはワクチンを接種した腕のほか、口、鼻から牛のクローンが生えてくる悪夢が描かれています。

風刺画の中でワクチンを接種するジェンナーは厳然とした雰囲気を漂わせる一方で、不安と恐怖を拭えない庶民の本音が描き出されています。

1998年には、イギリスの胃腸科医師アンドリュー・ウェイクフィールド氏が医学雑誌ランセットに、自閉症の子供12人のうち8人の保護者が「はしか、おたふく風邪、風疹予防の新三種混合(MMR)ワクチンを接種してから数日間のうちに子供の様子がおかしくなった」と証言しているという論文を発表しました。

論文は後にデタラメだったとして撤回され、ウェイクフィールド氏は医師免許を取り消されましたが、イギリスのMMRワクチン接種率は達成目標の95%から2000年代半ばに約80%に低下。少なくない命がイギリスだけではなく欧州で失われました。

反ワクチン主義者との戦いはすでに始まっている

ファイザーとビオンテックは11月18日、ワクチンについて発症を防ぐ有効性が95%にのぼったと4万人超が参加した第3相試験の最終結果を発表。65歳以上でも有効性は94%。グレード3(重症または医学的に重大だが、直ちに生命を脅かすものではない)で頻度が2%を超えたのは倦怠感3.8%と頭痛2%だけでした。

医療は必ずしも万人にとって100%安全であるわけではありません。これから何百万、何千万、最終的に何十億もの人が予防接種を受けるため、副作用が発生する可能性はあります。副作用が疑われる場合、イギリスではMHRAに報告され、長期的なリスクがないかどうかの確認作業が継続されます。

出所)各種資料、報道をもとに筆者作成
出所)各種資料、報道をもとに筆者作成

英政府はすでにフェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのソーシャルメディア企業にワクチンに関する誤情報や偽ニュースを取り除くよう要請しています。政府通信本部(GCHQ)も反ワクチン・プロパガンダを展開するロシアなどの敵性国家の動きに目を光らせています。

対デジタル嫌悪センター(CCDH)の報告書によると、反ワクチングループが運用するソーシャルメディアアカウントは2019年以降、少なくとも700万人のフォロワーを増やしています。フェイスブックでは3100万人、ユーチューブでは1700万人がワクチン忌避グループをフォローしているそうです。

こうしたデマやプロパガンダに惑わされないよう、MHRAやFDA、EMAなど信頼できる規制当局や公衆衛生当局の発表を注視しましょう。英メディアによると、コロナワクチンを巡る根拠のない“神話(根拠のない説、作り話)”には次のようなものがあるそうです。

・短期間につくられたワクチンは安全ではない

・ワクチンを接種するとアレルギー反応が起きる

・十分な臨床試験が行われていない

・ワクチンは免疫システムに負担をかけすぎる

・ワクチンを接種すると新型コロナウイルスに感染する

・周囲がみな免疫を持っていればワクチン接種の必要はない

・ワクチンを接種するより、コロナに感染して免疫を獲得したほうが良い

・臨床試験に参加した数人が死亡した

・新型インフルエンザワクチンは副作用を引き起こした。コロナワクチンも安全であるはずがない

・ワクチンは自閉症の原因になる

・スペイン風邪ワクチンで5千万人が死亡した

ワクチン懐疑主義が根強い日本でも政府が先手を打って誤解や偏見、先入観を取り除く努力が喫緊の課題だと思うのですが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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