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「シャンシャン」人気の一方で危機的な野生ジャイアントパンダ

石田雅彦科学ジャーナリスト
上野動物園の「シャンシャン」(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 今日12月19日は上野動物園のジャイアントパンダ、シャンシャンの一般公開日だ。事前抽選の倍率は46倍だったらしい。上野動物園のパンダといえば、筆者の年代は1972年に中国から贈られたカンカンとランラン、1986年生まれのトントン、1988年生まれのユウユウが記憶にあるが、1985年にはホアンホアンが人工授精で生んだ子パンダが母親の下敷きになって死ぬ、という事故も覚えている。

日本のジャイアントパンダたち

 その後、オスのリンリンが2008年に死に、しばらく上野動物園にパンダはいなくなった。絶滅の恐れのある生物を記載したIUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」で、絶滅危惧種(endangered)から危急種(vulnerable)に引き下げられたジャイアントパンダは、ワシントン条約で中国外への譲渡などが禁じられている。そのため、国外で繁殖した子以外のジャイアントパンダは、中国からレンタルしなければならない。

 ようやく中国からのレンタルパンダのペア、リーリー(来日時はビーリー)とシンシン(同シィエンニュ)が上野動物園にやってきたのは、リンリンが死んだ約2年後の2010年だ。2頭の間には2012年に子(オス)が生まれたが生後7日目で死んでしまう。そして、2017年6月12日にシンシンが生んだのが、今回公開されたシャンシャンということになる。

 ただ、日本のジャイアントパンダは上野動物園だけにいるわけではない。神戸市立王子動物園にはタンタン(メス、1995年生まれ)が、和歌山県の南紀白浜空港に近いアドベンチャーワールド(私営)にはなんと5頭ものジャイアントパンダ(エイメイ、ラウヒン、オウヒン、トウヒン、ユイヒン。エイメイのみオス)がいる。つまり、シャンシャンの誕生で日本には全部で9頭のジャイアントパンダがいることになるわけだ。

 シャンシャンまで上野動物園の繁殖はなかなかうまくいかない歴史が続いてきたが、なぜかアドベンチャーワールドではこれまで合計15頭もの繁殖に成功している。父親は全てエイメイ(1992年生まれ、1994年に来日)で、2016年にはラウヒンとの間にユイヒン(メス)という末っ子までもうけた。エイメイは25歳でジャイアントパンダとしては高齢だが、まだまだ精力絶倫らしい。ちなみに、アドベンチャーワールド生まれのジャイアントパンダの日本名には、白浜にちなんで全て「〜浜(ヒン)」がつけられている。

ジャイアントパンダの個体数は増えている

 こうした野生環境以外での個体繁殖は、絶滅に瀕した生物を維持していくことにとっては重要な種の保存戦術だ。だが、遺伝的多様性を保持し、近親交配を防ぐためにも、野生種を含んだ個体の管理が必要となるだろう(※1)。

 一方、野生環境と動物園などの飼育環境との違い、その繁殖行動との関係についてはまだよくわかっていない。特に野生種のジャイアントパンダが少なくなり人工的な環境下で生まれ育った個体による繁殖が増えてきたこともあるのか、母親が出産後に子をうまく抱けなかったり授乳の方法がわからなかったりする。

 こうした場合は飼育している人間がうまく誘導することが重要になるが、人工的な環境での繁殖事例が増えてくることでそのための知見も蓄積されているようだ(※2)。また、母親が乳を出さない場合の代替成分の研究も進んでいる(※3)。

 ジャイアントパンダは繁殖相手の匂いの違いに敏感で好みが激しいことがわかっている(※4)が、繁殖期にある異性の匂いに対して独特の声を出すようだ(※5)。匂いと鳴き声は、特にオスのジャイアントパンダの繁殖行動に重要な影響を与えているのだろう(※6)。

 上野動物園のシャンシャンは順調に発育し、今回のお披露目にいたったが、和歌山県のアドベンチャーワールドではなぜこれほど繁殖が成功してきたのだろうか。よく言われているのが、アドベンチャーワールドのジャイアントパンダの飼育環境だ。914平方メートルという広大な面積と和歌山という温暖な気候、飼育員らによるメスの発情周期の把握などが影響しているらしい。

 上野動物園やアドベンチャーワールドに限らず、世界的にジャイアントパンダの飼育環境下での繁殖は、米国のスミソニアン国立動物園など、2016年時点で55頭と増えている。特に中国、日本、米国、スペイン、ベルギー、オーストリアで成功し、この10数年で倍増した。また、全世界での飼育環境下での個体総数は471頭だ。

 一方、気候変動などの影響もあり、開発によってジャイアントパンダの生息地は狭められ(※7)、感染症にも脅かされている(※8)。ジャイアントパンダの個体数自体は全世界的に増えているが、中国の野生ジャイアントパンダに対する危機的状況は変わらない。

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中国のジャイアントパンダの保護区は、気候変動などの影響で生息域が狭められている。赤い部分が生息のなくなったエリア。Via:Guozhen Shen, et al., "Climate change challenges the current conservation strategy for the giant panda." Biological Consevation, 2015

 ジャイアントパンダの野生環境における個体数について、中国政府は2015年に推定値(1864頭)を出したが、それによると幸いにも増加傾向にあるようだ。ただ、IUCNの「レッドリスト」で危急種(vulnerable)になったとは言え、ジャイアントパンダの生息環境は依然として悪化し続けているのも事実だろう。

 シャンシャンの公開観覧は大人気で次の抽選は来年1月になる。倍率的に難しいかもしれないが、もし筆者が当選したら、ジャイアントパンダが絶滅に瀕した生物であることを気にしつつ、その愛くるしい姿を楽しみに行きたい。

※1:Katherine Ralls, Jonathan Ballou, "Captive breeding programs for populations with a small number of founders." Trends in Ecology & Evolution, Vol.1, Issue1, 19-22, 1986

※1:Fujun Shen, et al., "Microsatellite variability reveals the necessity for genetic input from wild giant pandas (Ailuropoda melanoleuca) into the captive population." Molecular Ecology, Vol.18, Issue6, 1061-1070, 2009

※2:HUANG Xiang-ming, et al., "Human Assistance in A Giant Panda Mother for Rearing Her Baby." Sichuan Journal of Zoology, 2005

※2:David C.Kersey, et al., "The birth of a giant panda: Tracking the biological factors that successfully contribute to conception through to postnatal development." Theriogenology, Vol.85, Issue4, 671-677, 2016

※3:TadashiNakamura, "Composition and oligosaccharides of a milk sample of the giant panda, Ailuropoda melanoleuca." Comparative Biochemistry and Physiology Part B: Biochemistry and Molecular Biology, Vol.135, Issue3, 439-448, 2003

※3:Zhihe ZHANG, et al., "Analysis of the breast milk of giant pandas (Ailuropoda melanoleuca) and the preparation of substitutes." Journal of Veterinary Medical Science, Vol.78, No.5, 2016

※4:Ronald R. Swaisgood, et al., "Giant pandas discriminate individual differences in conspecific scent." Animal Behaviour, Vol.57, Issue5, 1045-1053, 1999

※5:Ronald R. Swaisgood, et al., "The effects of sex, reproductive condition and context on discrimination of conspecific odours by giant pandas." Animal Behaviour, Vol.60, Issue2, 227-237, 2000

※5:Benjamin D.Charlton, et al., "The information content of giant panda, Ailuropoda melanoleuca, bleats: acoustic cues to sex, age and size." Animal Behaviour, Vol.78, Issue4, 893-898, 2009

※6:Benjamin D.Charlton, et al., "Giant pandas perceive and attend to formant frequency variation in male bleats." Animal Behaviour, Vol.79, Issue6, 1221-1227, 2010

※7:Guozhen Shen, et al., "Climate change challenges the current conservation strategy for the giant panda." Biological Consevation, Vol.190, 43-50, 2015

※7:Zhenhua Zang, et al., "Thermal habitat of giant panda has shrunk by climate warming over the past half century." Biological Conservation, Vol.211, 125-133, 2017

※7:Weihua Xu, et al. "Reassessing the conservation status of the giant panda using remote sensing." nature, ecology & evolution, 2017

※8:Tao Wang, et al., "Prevalence and molecular characterization of Cryptosporidium in giant panda (Ailuropoda melanoleuca) in Sichuan province, China." Parasites & Vectors, Vol.8, 344, 2015

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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