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「矢倉は将棋の純文学」木村一基王位と藤井聡太挑戦者の難解な戦い続く 王位戦第3局2日目午後

松本博文将棋ライター
有馬温泉 有馬人形筆(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 8月5日。兵庫県神戸市・中の坊瑞苑において王位戦七番勝負第3局▲藤井聡太棋聖(18歳)-△木村一基王位(47歳)戦、2日目の対局がおこなわれています。棋譜は公式ページをご覧ください。

 相矢倉の中盤戦。51手目、藤井挑戦者は38分考え、四段目の角をじっと二段目に引きました。

「矢倉は将棋の純文学」

 そう言ったのは米長邦雄永世棋聖(1943-2012)です。これは矢倉が高尚というわけではなく、力のこもった「ねちねち」とした戦いになることを意味しているようです。

 米長永世棋聖、中原誠16世名人、加藤一二三九段といった名棋士たちがタイトル戦で争った頃の矢倉は、ねっとりとした中盤戦がよく見られました。本局もそれに近い進行かもしれません。

 52手目。木村王位の次の手は、攻撃陣三段目の銀を前に前線に進め、棒銀で使うのではないかとも予想されていました。しかし木村王位は10分考え、じっとその銀を二段目に引き、玉の方に寄せていきます。

「うぉっ・・・! 木村・・・! 木村調だなあ」

 木村王位をよく知る同学年の行方尚史九段は、そんな声をあげました。

「いやあ、渋いなあ。指せないでしょ?」

 と増田康宏六段に話しかけます。

 木村王位の攻めの銀が守備につき、金銀4枚の矢倉が完成したタイミングで、藤井挑戦者は仕掛けて、桂を中段に跳ね出していきます。本格的な総力戦が始まる前に、最前線で小規模な戦闘が始まった感があります。

 63手目、藤井挑戦者が角を一段目に引いて方向転換をはかります。木村王位が次の手を考えいるうちに12時30分となり、昼食休憩に入りました。

 師匠の杉本昌隆八段が予想した通り、藤井挑戦者は肉うどんという選択でした。対局中は比較的少食という木村王位は「ご飯少なめ」という選択です。

 再開前。手番の木村王位は左手で扇子を持って袴の上に立て、その上に袖をまくった右手を乗せ、その上にあごを乗せます。

「時間になりました」

 記録係の井田明宏三段が再開時刻の13時30分になったことを告げます。

 けわしい表情の木村王位。じっと玉を入城させました。

 その手を見て、藤井挑戦者は口元のマスクをずらし、冷たいお茶を飲みます。しばらく考え、もう一度お茶を飲んだあと、65手目、攻めの銀を三段目から四段目に進めました。

 65手目が指された時点で、持ち時間8時間のうち、残り時間は藤井2時間1分、木村2時間49分。時間は以前、木村王位の方が少しだけ余裕があります。盤上の形勢は、依然ほぼ互角です。

「いやあ」

 と言いながらグラスを手にして冷たいお茶を飲む木村王位。

 そして勢いよく歩を突き捨ててから攻めの桂を跳ね、攻め合う姿勢を見せました。いよいよ本格的な大戦闘に入ろうかというところ。

 藤井挑戦者が69手目を考慮中に、時刻は14時を過ぎました。

「矢倉は終わった」

 という名言で知られる増田六段は、現状を次のように語っています。

増田「雁木はなんか、基本的にもう、消滅しましたね。雁木やってしまうと打開ができないんですよね。千日手になりやすくて。そういう面もあって、相当減りましたね」

 矢倉は復活傾向にあり、一方で雁木は減っているようです。

 温故知新の矢倉戦。本局もまた、戦法発展の上での重要な一局となるかもしれません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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