アメリカからWEリーグをウォッチする川澄奈穂美に聞く「プロリーグを盛り上げるために必要なこと」とは?
女子サッカーでは、欧州の試合で次々と観客動員数の世界記録が塗り替えられている。また、NWSL(ナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ)の平均観客数は1試合あたり5,000人以上で、今季は開幕戦で平均1万人突破の最多記録を作った。
観客数増加を目指すWEリーグにとって、羨ましい話題ばかりだ。
アメリカ女子代表は世界ランキング1位で、選手たちは国内リーグでプレーし、憧れる子供たちがスタジアムに殺到する。アメリカで女子サッカーのステータスが高まった背景には、スポーツビジネスにおける税制面の優遇や、連邦政府から助成の対象となる男女の教育機会を均等にした「タイトルナイン」という法律などがある。
そうした構造的な違いはあるが、それを差し引いても、WEリーグにとって手本になりそうなことはたくさんある。
NWSLで8年目のシーズンを迎えるMF川澄奈穂美(NJ/NY ゴッサムFC)は、WEリーグの動向をウォッチし続けてきた。
選手目線で見るNWSLの集客力の秘訣とは?
WEリーグが発展するために必要なこととは?
WEリーグを盛り上げるためのヒントについて、8月上旬にアメリカで川澄に話を聞いた。
【NWSLの運営から見る盛り上がりのヒント】
ーー今季のNWSLは例年に比べても華やかですね。なぜこんなに盛り上がっているのでしょうか?
川澄:まずは、投資するところにしっかり投資するというところですね。その一つが人材で、スタッフの数が違います。主務やマーケティング、SNS担当や試合のレポートを書く人など、日本は一人のスタッフが兼任することも多いと思いますが、NWSLは役割が明確で、専門的です。
ーーたしかに初めての人でもわかりやすいようにHPでさまざまなデータを出したり、かっこいい映像を作ってSNSで拡散したり、スタジアムの演出なども華やかですよね。
川澄:それが当たり前なんだと思います。WNBA(女子プロバスケットボールリーグ)も面白いですよ。バスケはアリーナなので、映像とか音響を使うんです。オフェンスとディフェンスで音を変えたり。タイムアウト間の応援合戦とか、子供たちを連れ出していろいろやったり、面白いですよ。
ーー他に、WEリーグとの違いをどんなところに感じますか?
川澄:インスタの広告にチームの宣伝が出てくることがあって、『新規のお客さんに興味を持ってもらえるように、そんなところに広告を出しているんだな』と思いました。リーグや選手をカッコ良く見せることでお客さんが増えたら、さらに良くなっていく。そのために、最初から必要経費として予算を組んでいる印象があります。
ーー資金力の背景は、税制面や「タイトルナイン」など政策面の影響も大きいと聞きます。
川澄:そういう政策があるからこそ、投資しやすいのはありますね。今季からNWSLに参入したエンジェル・シティFCは、女優のナタリーポートマン氏やテニスのセリーナ・ウイリアムズ選手などがオーナーに名前を連ねていますし、大坂なおみ選手はノースカロライナ・カレッジのオーナーの一人です。うち(NJ/NYゴッサムFA)は元米女子代表のカーリー・ロイド氏やNBAのケビン・デュラント選手がオーナーで、この間WNBAのスー・バード選手(今季限りでの引退を表明している)が入りました。あと、アメリカは大学女子サッカーが盛り上がっていて、NWSLは大卒のドラフトをやっています。そういう面で、スポーツに対する文化の違いはありますよね。
ーー集客について伺います。欧州のビッグクラブやWEリーグで、集客案の一つとして無料チケットを配って新規のお客さんを呼び込んでいます。NWSLでは無料チケットはないのですか?
川澄:あまり聞かないですね。普通に買えば30ドル(4000円)前後です。家族や友達を呼びたい時に使えるディスカウントチケットがあるんですが、そのサイトでも、1席28ドルぐらいです。
無料にすれば来てもらうきっかけ作りはできるかもしれませんが、プロとして考えた時に、「お金を払って見にいきたい」と思ってもらえる価値にどれだけ繋げられているのかわからないですよね。プロとしては、価値を感じてスタジアムに来てもらうということがすごく大事だと思います。たとえば、「週末ごとに◯◯区(市)にお住まいの方は無料」などのやり方はいいと思いますが、通年で無料にしてしまうと、本当の意味でのファンになってもらうのが難しいのではないかと思うんですよね。
ーーそうかもしれませんね。でも、アメリカは有料でもスタンドに女の子のサポーターがたくさんいますね。
川澄:アメリカ代表が強いので、女の子たちは当たり前のようにサッカーをしています。その子たちが試合を観に来やすいようにするためか、試合時間は夕方や夜が多いです。WEリーグは昼のキックオフが多いので、女の子たちの試合時間と重なってしまいますよね。
ーーNWSLは今年春にコミッショナー(最高責任者)が替わり、ホッケーリーグとラクロスリーグの元役員だったジェシカ・バーマンさんが就任しましたね。違う分野で活躍した方が入ってくるというのは面白いと思いました。
川澄:それは、アメリカではよくありますよ。ゴッサムFCの前GMは、WNBAのシアトルのGMだった人で、他にも男子のMLSで何年間か働いていた経歴のあるスタッフがいたりもします。アメリカは、一つのことに特化している人よりも、いろんな分野の経験をしている人の方が重宝されます。特に、スポーツビジネスではそういう人が即戦力になるという考え方です。WEリーグも、商品開発とかマーケティングの専門分野の人が入っても面白そうですよね。
ーーなるほど。NWSLがエンターテインメントとしての見せ方が上手いのは、そういうところにも秘訣がありそうですね。
川澄:伝え方次第で、応援してくださる企業さんはいらっしゃると思うんです。たとえば、プロ野球やJリーグだとなるとハードルが高いけど、WEリーグならサポートしてみたい、とか。あと、たとえば年間表彰式が年間の最後にあると決まったなら、アワードをおしゃれで華やかに演出するために、アパレルブランドに衣裳提供をしてもらう契約をするとか。そうすれば、選手がそちらの商品を着てアワードに出たり、アクセサリーをつけたりしてさらに盛り上がると思います。こんな素人でもいろいろ思いつくので、マーケティングのプロにWEリーグをブランディングしてもらったらさらに良くなる気がします。
ーーWEリーグでは、プロ化してサッカーに集中できる選手が増えて環境が良くなりました。今後はそうしたブランディングによって収入を増やして、強化やプロモーションにも力を入れていくことが重要ですね。
川澄:そうですね。たとえば、韓国のWKリーグは各チームをトップ企業が支えている実業団リーグだから、観客数は日本ほど気にせず、割り切っているな、と思います。WEリーグはなんのために作って、今後どうなっていきたいのかという展望が大切だと思います。ビジョンはありますが、それがJFAのなでしこビジョンとどれだけリンクしていのるか、本当にそうなりたいと思って運営しているのか、というところはもっとつき詰めた方がいいと思いますね。
ーー2016年に発表されたなでしこビジョンでは、「2030年までに登録女子選手数を20万人にする」としていますが…。
川澄:その目標を立ててから、かなり時間が経っていますよね。近年の世界ランキングで日本はいつも10位前後なので、そのぐらいで目標達成可能なビジョンを作って強化をしていく考え方が必要だと思います。強かった頃とか、以前の人気にあやかって人がくるだろう、という感じでなんとなくやっていると成長はないと思います。2年前ぐらいから、JFAのアスリート委員会という組織に入れてもらって、3カ月に一回ぐらいのペースでオンライン会議をしているんです。長谷部誠さんとか宮本恒靖さん、中村憲剛さんも入っていて、委員長は川口能活さんです。女子は熊谷(紗希)、岩清水(梓)、近賀(ゆかり)さんなどが入って、Jリーグの秋春制の是非や、WEリーグの問題点、強化の方向性などを話しているんですよ。
ーー重要なテーマばかりですね。川澄選手はどんな意見を伝えているのですか?
川澄:今回のアンケートには、「なでしこビジョンはそろそろ見直した方がいいのでは」と書きましたし、その前の会議では、代表のマッチメイクについて意見を伝えました。「FIFAランク20位台とか40位台のチームとの対戦ばかりで、このままでは2019年のW杯(ベスト16)や東京五輪(ベスト8)の二の舞になりますよ」と言ったら、マッチメイク担当の方が出てこられて。コロナ禍でなかなか対戦相手が決まらないことや、スケジュール的にヨーロッパは強豪同士が早い段階で対戦を決めてしまうことをおっしゃっていましたが、他にやり方はないのかな?と思いますね。代表には強くなってほしいですから、言いたいことを言わせてもらっています(笑)。
【代表が再び強くなるために】
ーー川澄選手も、代表でいろいろな強豪国と対戦してきましたね。そういう国とマッチメイクができていたのは、日本が強豪と見られていたこともあるのでしょうか。
川澄:私が代表に定着する前の2008年に北京五輪で4位になったのが大きかったと思いますが、W杯で優勝する以前は世界からは強豪とは見られていなかったと思います。その中でも、ドイツやフランス、アメリカとやらせてもらいました。2009年ごろに欧州遠征をして、ドイツにボロ負けしたのも覚えています。2011年のW杯直前のアメリカ遠征ではアメリカと2試合して、両試合とも0-2で負けました。そういう経験を重ねて、チームとして力をつけていったイメージがあります。
ーーそういうこともありましたね。WEリーグは、リーグ自体の試合数が少なくなってしまった(今季からはカップ戦を実施)こともあって、代表に選手を招集するためのハードルも以前より高くなったと聞きます。選手たちの生活を支えているのはチームですからね。
川澄:難しいところですね。アメリカは、代表選手がチームではなく協会所属で、1年ごとに契約を更新しています。だから、日本とは給与形態が違っていて、選手は代表に呼ばれたら絶対に行くし、その1年間は、代表選手は調子が悪かったり、ケガをしてもクラブではなく代表にいってリハビリをするぐらい、代表ファーストが徹底しているんですよ。その枠は大体20〜25人ぐらいで、基本的には安定的な契約があった上で、入れ替えもあり、というようなフレキシブルさもある。日本はいつ、誰が呼ばれるかわからないので、各クラブも難しさがあるのかな、と感じますが。こればっかりは各国協会の考え方、強化方針の違いなので仕方ないですが、日本に合ったやり方は、もう少し話し合って改善できる余地があるのではないかな、と思います。
ーー代表がまた世界で勝てるようになるために、どんなことが必要だと思いますか?
川澄:簡単ではないと思います。私たちが優勝したときは、それまで受け継がれてきたものがあって、2011年に結果が出せた、という感じでした。ただ、2016年に高倉(麻子)さんが監督になってから、その前のものを引き継ぐというよりは、メンバーも含めて大きく変わってしまいましたよね。だから、今は代表が強くなって結果を出すためにもう一回構築し直していく、というイメージで考えることが必要だと思います。
ーーアメリカでやっているからこそ、日本のサッカーも客観的に見ているんですね。
川澄:そうですね。ずっと日本でプレーしていましたが、今はアメリカのスピード感に慣れています。世界に出たからこそ、日本の良さがわかる部分もあるので。今後、アメリカに絶対に勝てないか?といったら、そんなことはないと思います。ただ、このままでは勝てないだろうな、とも思います。そこを埋めるのが、私たちの時は経験でした。北京で戦った選手たちが経験をチームに持って帰って、そこに若い選手や中堅世代の選手たちが入って、ギラギラした選手たちの中でもまれて成長して、その先にW杯優勝や五輪の銀メダルという結果がありました。そういうのをやらずに、監督が替わるたびにチームを変えていたら、世界のトップには食い込んでいけないと思います。でも、今の代表は2019年、2020年と悔しい思いをした選手たちも多いですよね。それは、シドニー五輪(2000年/アジア予選敗退)やアテネ五輪(2004年/ベスト8)とか、中国W杯(グループステージ敗退)といった私よりも上の世代の方がした経験と重なると思います。だから、その経験を選手たちがどう伝えて、どういう取り組みをして、どういうチーム作りをするかということがすごく大事だと思います。
ーー川澄選手のブログでは、戦術的なことも含めて日本代表についても書いていますよね。率直だけれど愛があって、面白いです。
川澄:私は一応サッカーの玄人ではあるので、試合について書くと「そういう視点はなかった!」と面白がってくださる方も多いんです。Yahoo!ニュースのタイトルとか、ダイジェスト映像だけ見て感想を言うのは無責任なので、なるべく試合をフラットな目で見て、「勝ったけど内容面白くないな」とか、「このチームはこうすると良くなるな」というのを自分の言葉で発信しています。それは、ファンの方も楽しんでくださるのではないかなと思って書いています。
ーーWEリーグについては、「プロリーグができた」といういいイメージが先行していますが、中身の部分はこれからですね。
川澄:もちろん、アスリートの世界ってキラキラしたものであった方がいいと思うんです。子供たちの憧れでもあると思うので、「そんな中身なんだ」と幻滅して欲しくないのですが、ずっと応援してくれているファンの方たちもいろんな思いを持っていると思います。1年目が終わったWEリーグをどう2年目に繋げるかをもっと話し合わなければいけないなと思いますし、それをアスリート委員会の次の議題として提案しています。
ーーそういう意見や、アスリート委員会の活動はあまり公開されていないですよね。
川澄:具体的な話の内容は公開されていませんが、「こういう会議を開いている」ということはもうちょっと発信していこう、という話になっていると思います。
ーーアメリカでの活躍とともに、今後も貴重な提言に期待しています! ありがとうございました。
*表記のない写真は筆者撮影
(取材協力:ひかりのくに)