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ユーロならではのB級好試合。大舞台初登場のアルバニアが大健闘

杉山茂樹スポーツライター

勝利したスイスが、思わず心配になる試合だった。

アルバニアの主将ロリク・カナに2枚目のイエローカードが出たのは前半36分。早々に11対10での戦いになったにもかかわらず、結果は1‐0。決勝ゴールが決まったのは前半5分の出来事なので、スイスは相手が10人になってから1点も奪えなかったことになる。

その唯一のゴールにしても、アルバニアGKエトリト・ベリシャの飛び出しミスによるもの。スイスを褒める気にはなれない。むしろ10人で戦うことになったアルバニアの健闘が光った試合。

スイスは欧州の中堅国だ。ここ10年、15年の間に急成長を遂げ、もはや本大会の常連国と言っていい。対するアルバニアは、本大会出場はW杯を含めてこれが初。前述のGKの飛び出しミスにしても、主将の退場劇にしても、原因は初出場にある。経験不足で浮き足立ってしまったことによる不幸と言うべきもの。そこにスイスは救われた。

だが、試合は面白かった。A級ではないがB級のエンターテインメントとしては上々だった。

クライマックスは87分に訪れた。主役となったのは、その5分前に投入されたばかりのアルバニアFWシュケルゼン・ガシ。その瞬間、スイスGKヤン・ゾマーと1対1の局面を迎えていた。ペナルティショットを彷彿させるような絶対的チャンスである。

決まれば1対1。10人のアルバニアにとっては勝ちにも等しい引き分けだ。逆にスイスにとっては痛すぎる失点。思いをめぐらすには十分な時間があった。ドラマ性を高めてくれたわけだが、結果はゾマーの勝ち。

ガシは大魚を逃した。アルバニア国民の期待を裏切る恰好になったが、微笑ましかったのは、試合後の光景だった。これが日本人のFWなら、終了の笛が響き渡るや、頭を抱えていたに違いない。先のボスニア・ヘルツェゴビナ戦で、最後にシュートを打たず、パスにならないパスに逃げた浅野拓磨のように、申し訳なさそうな顔をするものだ。

ところが、ガシはすぐにスイスGKゾマーのもとに歩み寄った。健闘を讃え合おうと握手の手を差し出すとゾマーも快く反応。2人は固く抱擁を交わした。

PK戦を戦ったGK同士が、試合後、互いの健闘を讃え合うシーンには幾度となく遭遇したことがあるが、シュートを止めたGKと外したFWとの抱擁は見た記憶がない。そうこうしていると、スイスの他の選手も、ガシのもとに笑顔で寄ってきて握手をしたり、にこやかに言葉を交わし始めた。そして、ついにはスイス代表監督、ウラジミール・ペトコビッチまで彼の元に寄ってきた。

あまりにもフレンドリーな雰囲気なので、ネットで調べてみた。ガシとは何者かと。米国メジャーリーグサッカーはコロラド・ラピッズに所属する27歳。だが、その前はバーゼルに所属するなど、スイスリーグでプレーしてきた経緯がある。

つまり、ノーサイドを彷彿とさせるほのぼのとした美しい光景には、それ相応の理由があったのだが、このフェアなムードは試合中にも至るところに見て取れた。退場者は出したものの、悪質な反則はほぼなし。どちらか反則をした方が、「すまん」と声を掛けるシーンに再三出くわす清々しい試合でもあった。

ずる賢くない感じは、むしろスイスの方に見て取れた。そしてそれはともすると素人臭くも映った。スイスは前述の通りここ10年、15年で欧州の中堅国に定着した国だが、いまでは伸び悩み傾向にある。

右肩上がりではなく現状維持。活きのいい若手も少ない。この試合では決定的なシュートを何度か外したハリス・セフェロビッチぐらいだろう。8年前にユーロを共催した隣国オーストリアの方が、むしろタレント豊富。対照的な関係になりつつある。

2年前のブラジルW杯で存在感を発揮し、その名をアピールしたジェルダン・シャキリに、独特の雰囲気とキレがすっかりなくなってしまったのはどうしたことか。シャキリの両親はアルバニア人。アルバニアの国籍も持っている。活躍できなかった理由は、その微妙な生い立ちに関係しているのだろうか。

サポーターの顔立ちも、うっかりしていると見分けがつかないほど似ている。スイスとアルバニア。ナショナルカラーは共に赤。国境を接する隣国ではないが、サッカー的には隣国の匂いがする。スイスとオーストリアよりも近しい関係に見えるのだ。

ハリウッド映画とは対照的な、欧州サッカーの奥の深さを見せられたような、不思議な後味を残す接戦。まさにB級の好試合だった。

(初出 集英社Web Sportiva 6月12日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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