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聴覚障害の元プロボクサー小笠原恵子さんと三浦春馬さんを慕う春友さんたちのコラボ

篠田博之月刊『創』編集長
6月24日、「ほっこりカフェ」堀内圭三さんのライブにて(筆者撮影)

 冒頭に掲げた写真は、2023年6月24日、東銀座のサロンドジュリエで行われた「ほっこりカフェ」主宰者・堀内圭三さんのライブで撮影したものだ。右の女性3人が行っているのは、別にウルトラマンのポーズではない。手話で「ありがとう」を意味するものだ。

 左から堀内圭三さん、小笠原喜代美さん、恵子さん、聖子さんだが、恵子さんと聖子さんはいずれも、生まれつき耳が聞こえない。喜代美さんは2人を育てた母親だ。恵子さんは学校でいじめにあい、不登校になったりしながら、そういう状況を乗り越えようとボクシングを習い、プロボクサーになった女性だ。

 6月24日は、ミュージシャンである堀内さんのライブに、小笠原家の家族がゲストとして招かれたのだった。ライブに集まったのは三浦春馬さんをいまだに慕ういわゆる「春友」さんたちで、4人の背後に立てられたパネルは春馬さん最後の主演映画「天外者(てんがらもん)」のポスターだ。

 その6月24日の話に入る前に幾つか、この間の話題を紹介しよう。

映画『クリード』に聴覚障害の娘が…

 世界的にヒットしたアメリカのボクシング映画『クリード』が日本でも先ごろ公開された。かつての『ロッキー』のシリーズを引き継いだものだが、主演と監督を務めたマイケル・B・ジョーダン氏が公開を機に来日。いろいろなプロモーションイベントが行われた(公式HPは下記)。

https://wwws.warnerbros.co.jp/creed/

 その来日中に、映画『ケイコ 目を澄ませて』のモデルである元プロボクサー小笠原恵子さんが非公式に招かれて話をする機会がもたれたことはあまり知られていない。ジョーダン氏はアニメ好きの日本通として知られるが、『ケイコ 目を澄ませて』も観ていたらしい。小笠原さんに聞くと、映画の原案であり、彼女の著作である『負けないで!』も知っていたという。

 世界的に知られる『クリード』の主役兼監督が、なぜ忙しい合間をぬって小笠原さんに会おうとしたのかは、その映画『クリード 過去の逆襲』を観るとわかる。

 この映画はシリーズ3作目だが、主人公クリードとそのライバルの2人の黒人ボクサーの闘いを描いたものだ。特に後半の壮絶なボクシングシーンがこの映画の見どころなのだが、そのストーリーの中で実に印象的なのが、主人公クリードの娘だ。耳が聞こえないのだ。

 演じたのは10歳の新人で、聴覚障害をもつ若手女優を探し求めて米国中で行われたオーディションで発掘されたという。アメリカでは聴覚障害の人物を演じるのに実際に聴覚障害のある俳優が起用されるのが一般的らしいのだが、とにかくこの娘がキュートで、この映画に欠かせない役どころになっている。

 映画はこの娘が偉大なボクサーの父親を応援し、自分もボクサーをめざすという設定だが、そうだとするとジョーダン氏が『ケイコ 目を澄ませて』や小笠原さんに興味を抱いたのはよくわかる。

『ケイコ 目を澄ませて』異例のヒットの影響

 耳の聞こえない女性がプロボクサーになるという夢をかなえながら、自分は今後どう生きていくか悩むという映画『ケイコ 目を澄ませて』は、2022年12月から全国公開され、異例のヒットをなしとげたものだ。主役を演じた岸井ゆきのさんが日本アカデミー賞主演女優賞を獲得したのを始め、数々の賞を受賞し、大きな話題になった。

 実話をもとにした劇映画だが、その原案である『負けないで!』は、私が約10年前に編集し、創出版から刊行したものだ。三宅唱監督の映画『ケイコ 目を澄ませて』の異例のヒットで、小笠原恵子さんにも注目が集まった。

 映画は三宅監督の脚本による劇映画だが、『負けないで!』は小笠原さんの手記だ。彼女が生まれつき耳が聞こえないため、学校でいじめにあったり、不登校になるなどつらい人生を送っていた中、一念発起してボクサーになるという半生をつづったものだ。

 小笠原さんはこの間、映画関連のイベントで岸井さんや三宅監督らとともに舞台に立つ機会が何度もあった。映画はロードショーを終え、今は配信などで観ることができる。小笠原さんは、映画の直接的なプロモーションだけでなく、いろいろな関連イベントに招かれる機会が増えた。

フットボール映画祭で手話トーク

 例えばそのひとつが、6月17・18日に横浜市で開催された「ヨコハマ・フットボール映画祭2023」だった。毎年開催されている映画祭で、サッカーファンを中心に、サッカーや関連の映画を上映したり、トークを行うというイベントだ。今回はW杯関連のドキュメンタリー映画なども上映された。そしてその中で毎年、障害者と関わりのある映画も上映されており、今年は『ケイコ 目を澄ませて』が選ばれたのだった。

ヨコハマ・フットボール映画祭での小笠原恵子さん(筆者撮影)
ヨコハマ・フットボール映画祭での小笠原恵子さん(筆者撮影)

 映画は6月18日の夕方上映されたのだが、上映後、小笠原さんへの手話インタビューが行われた。私も足を運び、控室で小笠原さんや主宰者の方たちと話す機会があった。そこには『ケイコ 目を澄ませて』で岸井さんらへの手話指導を行ったという「手話あいらんど」の南瑠霞さんも来ていた。上映後のインタビューでも南さんは手話通訳を行った。

『ケイコ 目を澄ませて』には、聴覚障害の女性がお茶を飲みながら談笑するシーンがあり、実際の聴覚障害の女性が出演しているのだが、南さんも別のシーンに出演している。この映画は、「ボクシング」と「聴覚障害」を全編を貫くテーマとして描いており、手話監修や手話指導についてもかなり手厚い対応がなされている。

 当日は、電動車椅子サッカーを描いた映画『蹴る』などで知られる中村和彦監督も、自身が撮ったドキュメンタリー映画『トモにカタールへ!』がその映画祭で上映されたため会場を訪れていた。中村さんも何年か南さんの教室に通うなどして手話を学んだと、その日に控室でお聞きした。

堀内さんのライブで小笠原家の家族がトーク

 さらに中村さんにはその翌週、6月24日に東銀座のサロンドジュリエで行われた「ほっこりカフェ」主宰者・堀内圭三さんのライブにも来てもらい、撮影をお願いした。

 その時に私が写した写真が、この記事の冒頭に掲げたものだ。堀内さんのライブに三浦春馬ファン、いわゆる春友さんたちが訪れ、トークをしながら歌を披露するのだが、月刊『創』(つくる)をきっかけに生まれた楽曲「み・う・ら・は・る・ま」を堀内さんが歌った時には、涙を流している女性も何人かいた。

 そのライブの後半で、私も少し堀内さんとトークをし、その後、会場に来ていた小笠原恵子さん、母親の喜代美さん、妹の聖子さんの家族3人への堀内さんによるインタビューが行われた。この間、恵子さんは映画関連イベントでトークをする機会は何度もあったが、こんなふうに家族がそろって大勢の前で話すのは初めてだという。トークの動画は「ほっこりカフェ」YouTube配信で観ることができる(URLを張り付けようと思ったがなぜかうまくいかず)。

 トークが終了し、ライブが終わった後、春友さんたちは小笠原恵子さんに『負けないで!』にサインをもらい、談笑した。『負けないで!』は、娘が2人とも聴覚障害という家庭で、家族内で何が起きていたか赤裸々に書かれている。

 恵子さんはその厳しい状況を突破せんとボクシングの道へ進む。「女性で耳が聞こえないというのではプロボクサーになどなれるわけがない」と多くの人に言われながら、それゆえにこそ不可能なことに挑戦したいとプロの道にこだわったのだった。

 考えてみれば「ほっこりカフェ」や24日に集まった春友さんたちも、2020年7月18日の三浦春馬さんの出来事にショックを受け、喪失感に襲われた人たちが集まったものだ。喪失感を自分がどう乗り越えていくか考えた時に、小笠原恵子さんの生き方や『負けないで!』は参考になりそうな気がする。恵子さん自身も、時には悩み、弱気を口にすることも何度かあった。

 今回は幾つかのタイミングが重なって、春友さんたちと小笠原恵子さんのコラボが実現したが、今後ともこういう形で輪が広がっていくことを願いたい。

 なお堀内さんは25日に中野でもライブを行い、26日には「ほっこりカフェ」の春友さんたちと、都内の春馬さんゆかりの地を訪れるというツアーを行った。その報告は下記記事に写真入りで掲載したのでご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230717-00358290

あの日から3年目の7・18を、三浦春馬さんを想う春友さんたちはどう過ごすのか

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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