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権力と闘う女性記者を描いた映画『新聞記者』の製作者に安倍政権への思いを聞いた

篠田博之月刊『創』編集長
『新聞記者』C2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

 6月28日、東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにした映画『新聞記者』が公開された。朝日新聞社が出資していたり、東京新聞も協力的なので、なかなか目立つプロモーションができている。もともと望月記者の官邸追及にインスパイアされているので、望月記者だけでなく新聞労連の南彰委員長も一押しで、新聞労連などもあちこちでPRしている。

 映画は、権力と闘う女性記者を主人公に、国会による巨大な陰謀を暴いていくといったサスペンスだ。望月さんの著書『新聞記者』を原案としてはいるが、中身はだいぶ違う、フィクションだ。巨悪と闘うジャーナリストといった、こういう映画はアメリカではこの間、何本かあったが、日本では、こういう映画がなかったかもしれない。

 望月記者や森加計問題など、実際に起きたことをモチーフにしているのが特徴で、プロモーションを含め、それを意識している。主人公の記者が属するのは「東都新聞」と東京新聞に似た名称だし、実際に東京新聞編集局が撮影に使われたらしい。物語の大事な要素である官僚の自殺も、加計学園疑惑の過程で実際に起きていたことだ。

 そのフィクションと現実を交錯させるために、映画の中に実際の望月記者や前川喜平さんが登場したりと、演出の工夫は随所にみられる。またフィクションとはいえ、映画のテーマが国家や政治権力の恐るべき本質を描き出し、結果的に安倍政権に批判的な作品になっているため、公開に対する逆風が吹き荒れないかと心配する声もあった。

 政治的テーマのプロパガンダ映画でなくあくまでもエンターテイメントとして楽しめるものにする。しかし今の政治状況の中で、いろいろな風圧がかかる恐れはあるのでそれも意識しなければならない。そういう映画にかけた思いをプロデューサーの河村光庸さんに聞いた。 

 以下のインタビューは月刊『創』(つくる)7月号の映画特集に掲載したものの主要部分だ。

望月記者の本にインスパイアされた

 《映画『新聞記者』は、東京新聞記者の望月衣塑子さんの著書『新聞記者』(角川新書)が原案になっています。本と映画の内容は違うけれど、望月さんの本にインスパイアされたということです。

プロデューサーの河村光庸さん(筆者撮影)
プロデューサーの河村光庸さん(筆者撮影)

 この2~3年の出来事をモデルにしながら、今の“安倍一強”と言われる異常な政治体制をテーマに描こうと思いました。ただ、多くの人に観てもらうためには、プロパガンダ映画でなく、それをエンタテイメントにしなければいけない。だから脚本作りには力を入れました。

 当初はリアルにするために政治家や官僚などを実名にすることも考えたのですが、そうすると事実を忠実に再現しなければならなくなる。だからそうではなくドラマにしたのです。

 ただ、リアルさを出す工夫はいろいろしています。例えば、望月さん、前川喜平さん、マーティン・ファクラーさんなどに3時間討論していただき、そのシーンを映画に挿入しています。この討論そのものの動画は、映画公開に先立って、5月にネットで公開しています。

東京新聞・望月記者本人も登場(『新聞記者』)
東京新聞・望月記者本人も登場(『新聞記者』)

 加計学園をめぐる騒動の中で、獣医学部と生物兵器の話が出ていましたが、それもこの映画のモチーフになっています。脚本を作る段階では、そういう話は荒唐無稽と思われるのではないかという声もありましたが、私はそう思っていません。学問の発展は戦争と隣り合わせだというのは歴史的事実だし、私自身、ありえない話ではないと考えています。今の時代の不条理を描くためには、そういう現実にありそうなことがリアルに反映されていることが必要だと思っています。

 

今の政治状況で果たして公開できるのかという声も 

 この2~3年に実際に起きたことをもとにした映画ですから、今の政治状況の中で果たして公開できるのかという声もありました。あるいは公開したとしても、スタッフがテレビ局などの仕事から干されるのではないかとか、いろいろ心配する声はありました。実際、スタッフをお願いしようとして断られたケースもありました。

 今の官邸支配というのは、内閣人事局、内閣情報調査室、官邸機密費という3つを駆使して情報操作が行われる。しかも重要なのは、直接的な圧力でなく、同調圧力という形でそれが行われることですね。これが大きな特色です。

 そのためにマスコミを分断したり、テレビメディアに圧力をかけたり、といったことが行われているわけです。でも、そういう官邸のやり方に批判的な報道はほとんどなされない。

 そんなふうにマスメディア全体が自粛してしまう雰囲気の中で、映画は比較的自由に作れる。そう思って作ったのがこの映画です。だから政権批判ではあるのですが、ただそれを政治的プロパガンダでなく、エンターテイメントにして多くの人に観てもらわないといけない。だからこの映画は、公開館数も150館と規模が大きくなっています。

 この何年か、アメリカ映画では、『スポットライト』『ペンタゴンペーパーズ』、あるいは『バイス』もそうかもしれませんが、政権を批判するような、メディアをテーマにした作品が幾つか製作されています。ただ日本で、しかも昔の話でなく、今起きている政治状況をテーマにした映画は、ほかになかったと思います。

 例えば森友・加計問題で、役人の自殺が起きていますが、それも重要な要素として映画に盛り込んであります。そういう現実にあったことを盛り込みながら、それをどうやってエンタテイメントにしていくかというところに苦労しました。

 今の政権について描いているので、当初は、この映画は公開できるのだろうか、と心配する声もありました。私は2012年公開の『かぞくのくに』という映画でも北朝鮮の帰国事業をテーマにしたのですが、それも国家と家族の関係をリアルに描いて、ヤン・ヨンヒ監督と、もう二度と北朝鮮には行けないのではないかといった話をしました。

 

安倍一強に反発している人は結構多いことを知った

 『新聞記者』は結局、公開館数も大きくなったし、いろいろな人が協力してくれました。安倍一強と言われる政治状況の中でも、それに対して疑問を感じ、反発している人は結構多いのだなというのが実感です(笑)。

 問題は、若い人が意外と政権を支持していたり、論争をしなくなっていることですね。政治的なものはやっちゃいけないという教育を受けて、避けようとしている。でも私はスタッフにもよく言っているのですが、政治的なものはおいといて、とはいかないんです。あらゆるものがある意味で政治的なんです。

 そういう今の政治状況を描こうと考えていたところへ、2017年秋に望月さんの著書が出版されて、インスパイアされました。内閣記者会としては官邸と激突してはネタがもらえなくなってしまうというジレンマを抱えているのですが、望月さんは社会部記者だから政治部とは違った行動がとれる。望月さんのような記者が現れたわけです。

 当初は、望月さんが菅官房長官とやりあうようなシーンも映画で描くことを考えました。菅さん役を誰にするかとか真剣に考えました。でもそうやってしまうと映画の幅を狭めてしまうかもしれない。ですから望月さんには別の形で登場していただくことにしたのです。

 このへんが最近の2~3年のことを素材にしている難しさでもありますが、具体的に起きていることの奥に何があるのかを観客には見せないといけない。内閣情報調査室という部署名は実在のまま描いているのですが、あくまでもこの映画は物語だし、映画のラストも、その後どうなったのか観ている人たちに想像してもらうという形にしたのです。あなたならどうする、と観客に問うているわけです。だって映画に描いたような状況は、現実にまだ続いているわけですからね。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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