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“アルバム作家”松本隆の魅力――“通底”しているその歌を、音楽評論家・田家秀樹が書籍&CDで紐解く

田中久勝音楽&エンタメアナリスト

活動50周年、“アルバム作家”松本隆の挑戦の日々を、音楽評論家・田家秀樹がコンピレーションCD&書籍で紐解く

作詞した楽曲は2000曲以上。うちNo1ヒットは50曲以上——昨年活動50周年を迎えた“史上最強”の作詞家・松本隆。11月5、6日には『〜松本 隆 作詞活動50周年記念 オフィシャル・プロジェクト!〜 風街オデッセイ2021』が日本武道館で開催され、数多くのアーティスト、ミュージシャンが集結し、松本の歌詞の世界をステージで表現した。このライブは、はっぴいえんど(細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂)が50年ぶりに武道館のステージに登場したことでも、大きな注目を集めた。

「風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年」田家秀樹・著定価¥2,860(本体¥2,600)/ 528ページ 
「風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年」田家秀樹・著定価¥2,860(本体¥2,600)/ 528ページ 

そのはっぴいえんどに大きな影響を受けた音楽評論家・田家秀樹が、このライブの直前の10月27日に、作詞家・松本隆のデビューからこれまでの軌跡を、本人へのロングインタビューと関係者の証言、エピソードで構成したノンフィクション『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』(KADOKAWA刊)を刊行し、好調だ。松本がことあるごとに口にしていた「アルバム作家」という言葉に沿って、全面的にかかわったアルバムを軸に50年間を辿り、丁寧に掬った熱量の高い一冊だ。その中で取り上げた楽曲を中心にセレクトした、同名の2枚組CD(ソニーミュージック・ダイレクト)が同発され、こちらも好調だ。

はっぴいえんどの名曲「風をあつめて」に大きな衝撃を受けたという田家に、執筆への動機やこの本に込めた思い、そして改めて松本隆という作詞家の実像をインタビューした。

「松本さんが書く歌に共通している何かを感じた。『僕の歌は通底しているんだよ』という松本さんの言葉で全てがつながった」

「僕がFM COCOLOで担当している番組『J-POP LEGEND FORUM』で、2018年に5回に渡って『松本隆特集』を組み、ロングインタビューさせていただいたことが、この本につながっています。この時の話がとても面白く、ここまで時間の経過を追って松本さんを紹介しているインタビューもなかったので、松本さんに許可をいただいて、まずスタジオジブリの月刊機関誌『熱風』で連載(2019年1月~21年4月)を始めました。追加取材もさせていただき、連載に加筆したものがこの本です。それまでも何度か松本さんにはインタビューの機会があったのですが、その時に松本さんが“通底”という言葉を使っていました。それがひとつのヒントになっています。こんなにたくさん歌詞を書いているのに、その根底に流れている何か、共通しているものがあると感じていました。それが松本さんの『僕の歌は通底してるんだよ』という言葉でつながって、連載を経てこの本の下地になっています」。

松本の作品は、どの歌も同じ“流れ”の中にある。「そこには松本の美意識や思想が表現されている」(田家)。その「通底」しているものが何かを掬い取りたいという思いが、田家を連載へ、そしてこの本へと向かわせた。

「松本さんは故郷を失い、ずっと彷徨っている人。だからどの歌にもどこか“翳り”がある」

「松本さんに、クミコに書き下ろしたアルバム『デラシネ』(2017年)について聞いた時、『デラシネっていうのは、僕の生き方みたいなもの。僕は根なし草だからね』って言われて。この本のタイトルにもなっていますが、“風街”から始まって“デラシネ”なんだ、故郷を失いずっと彷徨っている人なんだと思いました。だから、例えば松本さんが色々な歌手に描く“青春”には、どこか翳りを感じます」。

1964年の東京オリンピックに伴う再開発で、松本の実家は取り壊され、「故郷喪失者」(松本)と語る松本の少年時代の原風景だった青山・渋谷・麻布一帯を「風街」と名付け、架空の街、故郷とした。根なし草のように漂い続ける詩人が松本隆なのだ。そこから生まれる作品には、どこか虚しさや埋めることができないその想いが、行間に漂っている。

この本の中で田家は、松本自身が「長編の叙事詩だ」と表現している。長時間のインタビューを通して感じた、人間として、そして作詞家としての松本隆の姿を改めて聞かせてもらった。

「“松本海溝”とでも言いたくなるほどの全体像の大きさ、奥深さに、何度もこの本を書くことをあきらめそうになった」

「人間としてはとても誠実で、控えめでシャイな人だと思います。作詞家・松本隆としては、とてつもない、想像を絶する大きさの人でした。松本さんが書き下ろしたり、プロデュースしているアルバムを中心に書いていこうと取り掛かったら、知らなかった歌や事実が次々と出てきました。連載では、はっぴいえんどのデビューから70年代半ば頃のことまでは、なんとか自分の知識でカバーできましたが、そこから先は毎回冷や汗でした。“松本隆海溝”とでも言いたくなるような、その全体像の大きさ、奥深さに、本当に書けるのか?と何回も挫折しそうになりました」。

「当時“こっち側”から“あっち側”への橋を渡った松本さん。はっぴいえんど史観よりも松本隆史観の方が、歌謡曲の分野に関しては重要」

松本が作詞家としてデビューした70年代の音楽界は「“あっち側”“こっち側”とに分かれていた」(田家)。いわゆる芸能界とロック・フォークの世界だ。この2つのシーンの間には大きな溝があった。しかし“こっち側”にいた松本が“あっち側”に行ったことで、J-POPシーンが大きく活性化したと言っても過言ではない。

「僕も当時は松本さんと同じ“こっち側”の人間だったので、松本さんが“あっち側”への橋を渡り、その境目をなくしたことを書けるのは、自分しかいないと思いました。はっぴいえんど史観というのがありますが、僕は“松本隆史観”の方が、歌謡曲という分野に関しては重要だと改めて思いました」。

松本隆が松田聖子で表現したかったこと

松本隆といえば松田聖子、というイメージを強く持っている人も多いのではないだろうか。名コンビからは「赤いスイートピー」他ヒット曲が数多く生まれ、その作品達は今も聴き継がれている。この本の中でも全25章のうち5章を松田聖子のアルバムに割き、詳しく分析している。

「松本さんは太田裕美さんでコンセプトアルバムを作ったり、様々な実験をやりましたが、やっぱり聖子さんがいなかったら松本さんも“時代との勝負”はできなかったのではないでしょうか。プロデューサーとして、それまでアイドルや歌謡曲には縁がなかったシンガー・ソングライターをたくさん起用しています。聖子さんの歌には大きなテーマ性がありました。松本さんが彼女に託したのは、80年代の主体性を持った若い女性の生き方、人生の楽しみ方を提示することでした。等身大の聖子さんよりも『ちょっと先に石を投げる』という表現を松本さんはしていて、聖子さんにはちょっと難しいかなという曲を常に提示していました」。

『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』(10月27日発売/¥3,300(税込)/ 全33曲・CD2枚組
『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』(10月27日発売/¥3,300(税込)/ 全33曲・CD2枚組

「このCDを聴くと、松本さんの作品はシングル、アルバム、A面、B面、全てクオリティが変わらない、稀有な作家だということがわかるはず」

CD2枚組の『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』には、本の中で取り上げた楽曲から33曲が収録されているが、その中でも特に印象的な楽曲は?という難しい質問をぶつけてみた。

「選べませんが、やっぱり『風をあつめて』です。はっぴいえんどを初めて聴いた時は、まずこの音楽は何だろうって思いました。それは、それまでの音楽には感じなかった親近感のようなものを感じたからです。今回、その後の彼らの音楽を改めて追いかけてわかったことが色々あります。例えば、注目していただきたいのは、岡田奈々さんの「ふるさとをあげる」(1975年)です。この曲は『木綿のハンカチーフ』のアナザーサイドとでもいうべき存在の曲で、『木綿の~』に登場する“彼”は都会に染まってしまうのですが、『ふるさとをあげる』は、都会に染まらないで帰ってきた彼の歌なんです。松本さんの作品はシングル、アルバム、A面、B面、ヒットした曲、そうではない曲の区別がなく、そのクオリティが変わらない稀有な作家だと思います」。

「現在活躍しているクリエイターも、松本さんの歌詞に影響を受けている人が多いはず」

田家は、現在の音楽シーンにも歌詞のレベルの高さを感じるアーティストが多いと語ってくれた。松本隆を越える「作詞家」は現れるのだろうか。

「音楽の作り方が変わってしまったので、職業作家でしかも松本さんのような、となると、なかなか難しいのかもしれません。でもボカロPと言われている人達の言葉のレベルはすごく高いと思います。例えばYOASOBIの『大正浪漫』やヨルシカの『春泥棒』には、松本さんの匂いを感じました。松本さんの歌詞に影響を受けているクリエイターの方は多いと思います。みなさん言葉のクオリティが高くて、それは歌謡曲のレベルには戻らないと思う。松本さん以前のクオリティには戻らないということです」。

otonano『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』特設サイト

KADOKAWA『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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