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長野からドイツ・フランクフルトへの移籍が決定。なでしこジャパンのFW横山久美が見てきた「背中」とはー

松原渓スポーツジャーナリスト
会見に臨んだ(左から)美濃部直彦GM、本田美登里監督、横山久美、堀江三定社長

AC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)のFW横山久美が、ドイツ1部リーグの1.FFCフランクフルト(以下:フランクフルト)に期限付き移籍することが発表され、5月3日(水) に行われたINAC神戸レオネッサとの試合後に、会見が行われた。

移籍を決断するきっかけになったのは、昨年12月に、ドイツに渡り、いくつかのクラブチームの練習に参加したことだ。その中で、一番最初にオファーが届いたフランクフルトへの移籍を決断したという。フランクフルトには、ドイツに渡って今年8年目になるFW永里優季が所属している。各国代表クラスの選手が集まる環境であることも決め手となった。

「小さい頃は、世界に行くことは考えていませんでした。長野に来て、ここ2、3年でチャンスを掴んで、道が拓けたと思っています」(横山)

「(決断するまでに)悩みはたくさんありましたが、誰しもがこの道をいけるわけではないですし、与えられたチャンスを掴みたいと思ったので、(ドイツに)行くことに決めました」(横山)

横山は女子サッカーの名門、十文字高校を卒業した後、なでしこリーグ1部の岡山湯郷Belle(以下:湯郷)に加入。湯郷で2シーズンを過ごした後、2014年に、チャレンジリーグ(2部に当たる)の長野に移籍した。そして、2014年に30ゴール(21試合)、15年には35ゴール(25試合)を記録して、2015年の2部優勝と1部昇格の原動力になった。

その得点力を買われ、2015年のアルガルベカップ(3月、ポルトガル)ではただ一人、2部所属のプレーヤーとしてなでしこジャパンに初招集された。

横山は1部に昇格した2016年のシーズン前に、長野にとっても初となるプロ選手契約を締結。その期待に応える形で、同シーズンは得点ランク2位に輝く16ゴール(18試合)を決め、長野は3位と躍進した。

長野の美濃部直彦ゼネラルマネジャーによると、フランクフルトから正式なオファーが届いたのは、4ゴールを決めて得点王に輝いた今年3月上旬のアルガルベカップの後だったという。

現在、横山の代表での試合出場数は18試合だが、ゴール数は「10」に上る。

ワールドカップやオリンピックにはまだ出場経験がないが、アルガルベカップも含めてなでしこジャパンの直近の5試合では5ゴールを決めている。

【長野で培ったもの】

長野でプレーした約3年半の間、横山は常に向上心を持ち続け、現状に甘んじることなくサッカーに取り組んだ。そのきっかけを作り、背中を押し続けたのが長野の本田美登里監督だ。

本田監督は移籍発表会見で、横山とともに壇上に並んだ。

「どこかのタイミングでチャンスがあれば、行かせてあげたい思いは1年目からあったので、(彼女の移籍は)想定内です」(本田監督)

本田監督は、2011年にU-19女子日本代表でコーチを務めていた頃に横山を初めて指導し、2012年のU-20女子ワールドカップでは世界一を目指してともに戦った間柄である(結果は3位)。本田監督は当時の横山の印象について、

「誰しもが世界で活躍できる選手だと思っていた」(本田監督)

と話す。

しかし、湯郷で過ごした2シーズンで横山がフル出場した試合はわずか4試合。ゴール数も「3」と、FWとしては全く物足りない数字だった。

本田監督が横山と再会した時、横山は「もしかしたらサッカーを辞めることになっていたかもしれない状況だった」(本田監督)という。2010年U-17女子ワールドカップの「6人抜きゴール」で世界を驚かせたドリブラーの面影もなくなっていた。

しかし、横山は本田監督の下、長野で再び輝きを取り戻した。2014年から2016年までの3シーズンを通して公式戦64試合に出場し、81ゴールという結果を残した。

日本にいれば、勝手知ったる長野のチームメートに支えられながらのびのびとプレーできる。しかし、横山は新たな環境でチャレンジすることを選んだ。

「未知の世界で、言葉も人も分からない状況ですけれど、自分の限界に挑戦して、一回りもふた回りも大きく成長して帰ってきたいと思っています」(横山)

【海外移籍はメリットだけではない】

今回、横山の移籍は1年間の期限付きである。

「海外移籍」というと華やかな印象を受けるが、良いことばかりではない。

まずメリットを挙げれば、日本とは異なるプレースピードや組織力を体感できる。「個」の強さが求められる環境で、日々、自分と向き合うことで新たなサッカー観を体得できるだろうし、ヨーロッパには女子チャンピオンズリーグがあるため、国境を越えて世界の第一線で活躍する選手たちと対戦できる。

一方で、日本と異なるサッカースタイルの中で、すぐにフィットできるとは限らない。日本のように選手間の距離は近くなく、周囲のサポートが得られない中で、ゴール感覚を失う可能性もある。

また、言葉はもちろん、食事や生活習慣など異文化への適応力も試される。それらを合わせて考えれば1年間は短く、時間との戦いになる。

「言葉は本当に、苦戦すると思います。サッカーだけではなく、私生活でも大きな壁にぶつかると思っていますし、そのために行くというのもあります」(横山)

自分をもっと成長させるために、あえて異なる環境に飛び込む。そんな横山に、本田監督は親心を見せた。

「今のパルセイロの環境ではコンディショニングコーチやいろいろな人が周りにいて、彼女のサポートをしていました。ドイツでは、新しくサポートしてくれる仲間を探していかなければいけません。強引なプレースタイルがドイツで通用するのであればなおさら、ケガもあるでしょうし、そういったところも含めてまずは元気にプレーできること、メンタルでやられないように、日本から応援しています」(本田監督)

【憧れ】

この会見で個人的に最も印象に残ったのは、横山が目標とする選手について、記者から質問された時のことだ。

「自分の尊敬する選手は宮間(あや)選手です」(横山)

筆者は2010年、U-17女子ワールドカップの後に、横山に憧れの選手を聞いたことがある。当時まだ17歳だった彼女は、「ロベルト・バッジョです」と、目を輝かせていたのが思い出される。身近ななでしこジャパンの選手やJリーガーでなく、「イタリアの至宝」と言われたファンタジスタの名前を挙げたことに、根っからのサッカー少女なんだな、と感じたのを覚えている。

以来、横山の口から「宮間あや」という名前を聞いたことは、メディアを通じても、試合後のミックスゾーンでも一度もなかった。

身近な目標や憧れの選手をたやすく口にしない彼女のキャラクターは分かっていたし、国内で唯一無二の存在になるべくあえてそうしているのだと、勝手に思い込んでいた。

だが、横山は湯郷で2年間チームメートとしてプレーし、代表のキャプテンでもあったその人の背中を見続けてきたのだ。

記者の質問に迷いなく答えた横山の口調は、揺るぎなかった。

【ブームから文化に】

2015年7月4日、カナダで行われた女子ワールドカップ決勝のアメリカ戦の前日会見の場で、宮間は、「なでしこジャパンのキャプテンとして背負っているものは何ですか?」と聞かれ、次のように答えた。

「前回(2011年にワールドカップで)優勝してから、女子サッカーにすごく関心や興味を持ってもらえるようになりましたが、今回のワールドカップ前は、また、国内のサッカーリーグや女子サッカーに対する関心が徐々に薄れてしまっていたと思います。その中で、この大会で結果を出すことが、これから先の女子サッカーを背負っていく選手たち、またサッカーを始めようと思う少女たちに対して残せることだと思っていました。そこに立ってからこそ、ブームではなくて文化にしていけるようなスタートが切れるのではないかと思っています」(宮間)

この時の言葉は、なでしこジャパンがワールドカップで準優勝して世間の関心を再度、惹きつけたこともあり、「女子サッカーをブームから文化に」という、切り取られた言葉で一人歩きした。しかし、宮間自身は、メディアに対して耳触りの良い言葉を言いたかったのではない。それは会見時の目を見れば明らかだったし、宮間は常々、女子サッカーの未来を考えている人だった。

そんな宮間を彷彿させる言葉が横山から飛び出したのは、今年の4月9日に熊本で行われたなでしこジャパンとコスタリカ女子代表戦の前日練習の時だった。

「自分たちがプレーしている姿を見て、女の子たちが『なでしこジャパンに入りたい』と思ってくれるように、泥臭く、ひたむきにやるしかないです」(横山)

今年で24歳になる横山は、若手の台頭が進む現代表チームにおいてはすでに中堅の域に入る。今年に入って横山の発言からは、自分たちの世代がなでしこジャパンを引っ張っていかなければならないという、強い自覚と自負が感じられるようになった。

宮間の名前を口にした後、横山は偉大な元キャプテンに敬意を表すかのように、続けた。

「もう一度なでしこジャパンで、新たな世代で世界一を獲りたいと思っています」(横山)

国内で横山のプレーを見られる機会は、残り7試合。長野パルセイロ・レディースでの出場は、6/24のなでしこリーグカップ・アルビレックス新潟レディース戦(長野Uスタジアム)がラストになる。

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スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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