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緊迫する朝鮮半島情勢を弾道ミサイルとミサイル防衛の観点から見ると

小泉悠安全保障アナリスト

緊迫する朝鮮半島情勢

朝鮮半島情勢が緊迫の一途を辿っている。

2012年に成立した北朝鮮の金正恩体制は、2012年に弾道ミサイル技術を転用した衛星打ち上げを成功させたのに続き、同政権下初の核実験(2013年2月)を強行した。

さらに3月に米韓の定例大規模合同演習「フォール・イーグル」と「キー・リゾルブ」が始まると北朝鮮の態度は韓国との休戦協定の破棄まで宣言するに至った。これにより、法的には、朝鮮半島は60年ぶりに戦争状態に戻ったことになる。

こうした中で注目されているのが、北朝鮮が4回目の核実験と弾道ミサイル発射の可能性だ。

本稿ではこのうち、弾道ミサイルの発射がもたらしうる影響について考えてみたい。

移動式ミサイルのやっかいさ

弾道ミサイルに関連する北朝鮮の動きとして最初に注目されたのは、「ムスダン」IRBM(中距離弾道ミサイル)だった。

ムスダンはソ連のマケーエフ設計局が開発したR-27SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の技術を非合法に入手して開発したミサイルであり、射程は2500-4000km程度と見られている。

これまで北朝鮮が危機を演出するために発射してきた「テポドン」(北朝鮮名:「銀河」)が固定式発射台から発射されるタイプであったのに対し、ムスダンはより短射程の「ノドン」(同:「木星」)やソ連製の「スカッド」(同:「火星」)と同様、移動式発射台(TEL)から発射可能である。

このため、一日に数回しか上空を通過しない偵察衛星のみではその位置を完全に追跡することは極めて難しく、不意を突いて奇襲的に発射される恐れがある。

実際、1991年の湾岸戦争で多国籍軍は膨大な航空戦力を投入してイラク軍の「スカッド」TELを破壊しようとしたが、その試みは大部分が失敗に終わった。

また、同じ1991年に結ばれた米ソの戦略兵器削減条約(START)でも、ソ連の移動式ICBMを警戒する米国の意向が反映され、移動式ICBMの行動には演習であっても厳しい制限が設けられたほか、基地の出入り口の位置や数まで条約で厳密に規定された。さらに移動式ICBMを生産するヴォトキンスク機械工場には米国監視団が常駐するという徹底ぶりであった。

要するに、移動式ミサイルというのはそれほどやっかいな代物なのだ。

今回、北朝鮮は「ムスダン」を搭載したTEL2両を同国東岸の東韓湾付近に進出させていることが分かっているが、いつまでもこの位置に留まっている保障は無い。また、韓国国防省によると、北朝鮮は「ムスダン」のTELを頻繁に格納庫から出し入れしたり、ミサイルを上空に向けたりして日米韓の監視を攪乱しようとしているらしい。

さらに、別の韓国国防省発表では北朝鮮は今回、前述の「ノドン」や「スカッド」も同時発射しようとしている兆候が見られるという。北朝鮮は2006年夏にも7基の弾道ミサイルを同時発射したことがあり、その前例を踏襲する可能性もたしかに捨てきれない。

北朝鮮の狙いは何なのか

では、弾道ミサイル発射を通じて北朝鮮が狙っているものは何なのだろうか。

本稿を書くに当たり、北朝鮮は本気で戦争を始めるのか?日本が標的となるのか?について解説するよう依頼を受けたが、その蓋然性は低いと筆者は判断している。

第一に、北朝鮮は通常戦力でも核戦力でも米国及びその同盟国に大きく劣っており、そのことは金正恩氏も軍部もよく理解している筈である。

第二に、それでも劣勢を承知で戦争を始めるならば、だらだらと危機を長引かせて日米韓に準備態勢を整える時間を与えることは考えにくい。前述のようにTEL移動式弾道ミサイルの隠密性を最大限に駆使して奇襲的な先制攻撃を行い、混乱状況下で可能な限り戦果を拡張した上、その既成事実を交渉材料としてなんとか停戦に持ち込もうとするだろう。

要するに、現状は北朝鮮が戦争の準備を進めつつあるというよりも、危機を演出することで揺さぶりを掛けるという金正日政権時代以来の「瀬戸際外交」の延長であるように見える。

偶発戦争の危険は残る

ただし、金正恩政権下において「瀬戸際」がこれまでよりも踏み込んだものになったことは確かである。北朝鮮国内での権力基盤が薄弱な上に年齢も若い金正恩氏が労働や軍幹部に対して自身の権勢を誇示するため、父を越える「瀬戸際外交」をやってのける必要があるのだろう。

私事ながら、巷間の情報が正しければ筆者は正恩氏と同年齢である。今の筆者が権謀術数渦巻く彼の国を統治しろと言われたら相当に心細い思いをするだろうが、正恩氏はまさにそのような立場に置かれている。労働党や人民軍の偉いおじさん達を相手に30歳の若造が国家指導者として振る舞うには、尋常で無い度胸があるところ見せつけねばならない筈だ。

したがって、前述のように北朝鮮自身には戦争を起こす意図はないものと筆者は考えるが、それが偶発的な戦争に至らないという保障もまた、存在しない。臨戦態勢の軍事力がすぐ隣り合って存在していること自体が戦争の危険性を孕むことは、第一次世界大戦や日中戦争の開戦経緯を見れば明らかであろう。

また、金正恩氏が置かれた状況を考えれば、ここまで危機のハードルをつり上げておきながら結局ミサイルの一発も撃たずに拳を振り下ろすということも考えにくい。外国領に意図的に落下させる意図は無いにせよ、偶発的にそのような事態が発生すれば、危機がコントロール不能な領域に達することも考えられる(実際、2006年の危機では1発の弾道ミサイルがロシアの排他的経済水域内に落下して極東ロシアにおける抗議運動に発展した)。

ミサイルが発射された場合の備えは?

もし、北朝鮮がムスダンを含むミサイルを実際に発射した場合には、日米韓がそれぞれの迎撃作戦を実施することになる。

ムスダンは射程から見て明らかにグアムの米軍基地を狙ったものと考えられるが、日本全土を射程に収めるノドンが飛来した場合や、ムスダンの発射が失敗して弾頭や部品が日本に向けて落下してきた場合を考えてみよう。

イージス艦から発射されるSM-3
イージス艦から発射されるSM-3

米国の弾道ミサイル早期警戒衛星がミサイル発射時の熱を探知すると、その情報は直ちに三沢基地(青森県)のJTAGS(統合戦術地上ステーション)に送信され、そこからIBS(統合同軸報送信サービス)によって洋上似展開した日米のイージス艦に伝達される。情報を受けたイージス艦は搭載するSPY-1レーダーによって水平線上に姿を現したミサイルを精密追尾し、脅威度判定(自国に落下してくるかどうか)を行った後、大気圏外に出たところを搭載するSM-3ミサイルによって迎撃する。弾道ミサイルの上昇高度は射程によって変化するが、現行のSM-3ブロック1Aはこれまで高度500kmでの迎撃を行った実績があり、ムスダンならば最大射程で発射されても(イージス艦の配置が適切であれば)まず対処可能な性能を有する。

SM-3で撃ち漏らした目標は、航空自衛隊及び米軍が地上に配備するパトリオットPAC-3によって対処する。PAC-3はPAC-2に比べて射程がはるかに短い代わりに弾道ミサイル対処能力を向上させたタイプで、自衛隊や米軍ではPAC-2とPAC-3をミックスした混成部隊を編成し、航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイルなどの幅広い経空脅威に対処可能なようユニット化している。

また、ムスダンの標的となっていると見られるグアムには、より高高度での迎撃が可能なTHAAD(戦域高高度迎撃ミサイル)を2015年までに配備する予定であったが、ヘーゲル国防長官によれば、北朝鮮問題を鑑みてこれを大幅に前倒しし、「数週間以内」に配備するという。米国は北朝鮮の弾道ミサイル脅威を前にしてミサイル防衛計画の再編を進めている最中であり(以下の拙稿を参照。http://bylines.news.yahoo.co.jp/koizumiyu/20130327-00024099/)、今回の決定もその一環を成すものと言える。

さらに、北朝鮮のミサイルが排他的経済水域内に落下したことのあるロシアも、今回のミサイル危機には神経を尖らせている。ロシアは最近、ウラジオストクを防衛するために最新鋭のS-400防空システムを極東に配備したばかりであり、もしムスダンなどの弾道ミサイルがロシア側に飛来することがあれば撃墜するとしている。場合によっては北朝鮮の立場に理解を示すこともあるロシアだが、北朝鮮の弾道ミサイル開発と核実験に関しては終始厳しい立場を崩しておらず、今回も変化は無いようだ。

北朝鮮の核武装も視野に拒否的抑止力の維持を

いずれにせよ、朝鮮半島で武力紛争が始まることは、北朝鮮自身も含めた域内諸国のすべてが避けたいと考えている筈である。かといって、北朝鮮が軍事的冒険に走ることを看過すれば、北朝鮮は今後とも「瀬戸際」の範囲をじりじりと押し広げ、軍事的恫喝をこれまで以上に強めかねない。特に北朝鮮が今後、核弾頭を弾道ミサイルに搭載可能な程度まで小型化することに成功した場合、事実上の「核保有国」としてこれまで以上に踏み込んだ軍事的冒険主義に出てくる恐れもある。

こうした事態を避ける上で鍵となるのは、弾道ミサイル防衛能力の強化による拒否的抑止(相手の行動を無効化できる能力を持つことでその行動をあきらめさせる)の維持である。今後、北朝鮮が実際に核武装し、さらにその能力を増強してきた場合にも飽和しないだけの弾道ミサイル防衛能力を適切に整備してゆけば、核の恫喝の有効性を大きく減じることができる。

もちろん北朝鮮との対話は必要であるにせよ、対話のテーブルで大きくモノを言うのは物理的バックグラウンドであり、それなしにはそもそも対話さえ成り立たない可能性も高いのである。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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