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新型コロナのデマは事実より広く早く拡散、そのわけは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
By Tony Peters (CC BY 2.0)

新型コロナウイルスのデマは、事実やデマの否定よりも広く素早く、ソーシャルメディアで拡散した――。

新型コロナの感染が指数関数的に広がったことは知られている。新型コロナにまつわるデマなどの誤情報もまた、ウイルス並みの拡散力を持っていたようだ。

米NPO「アバーズ」の調査では、新型コロナのデマを拡散するサイトは、世界保健機関(WHO)や米疾病予防管理センター(CDC)などの公式サイトに比べ、4倍ものページビューを獲得していたという。

さらに、デマの否定の拡散量がデマの拡散量に追いつくのに1週間かかった――米ノーステキサス大学などの研究チームによるそんな調査結果も明らかにされた。

なぜ新型コロナのデマが、事実よりも広く素早く拡散するのか?

ソーシャルメディアの対応とアルゴリズムの特性、拡散の初速の勢い、そして新奇さにひかれるユーザー…。

グローバル化の課題を突き付けた新型コロナは、メディア空間の問題点も浮き彫りにしているようだ。

●フェイスブックがデマに追いついていない

健康の誤情報が拡散するネットワークは、その規模において、公式な健康情報サイトをしのいでいるようだ。フェイスブックは、健康の誤情報を管理し、表示順位を下げ、公式サイトの順位を上げるよう、積極的な取り組みを行っていると表明した。だが、この結果を見ると、フェイスブックによるコンテンツ管理戦略は、自らのアルゴリズムによる健康の誤情報コンテンツの増幅と拡散のペースに、追いついていないということがわかる。

米国に拠点を持つ国際NPO「アバーズ」は、8月19日に発表した報告書「フェイスブックのアルゴリズム:公衆衛生に対する重大な脅威」の中で、新型コロナにまつわる誤情報の拡散と、その舞台となっているフェイスブックのかかわりについて、こう述べている。

報告書で取り上げているのは、健康に関する誤情報を世界規模で拡散させている82のサイトと関連する42のフェイスブックページだ。

これらが2019年にフェイスブック上で獲得したページビューは38億。さらに新型コロナが大流行となった2020年4月だけで、ページビューは4億6,600万にのぼった、と推計している。

さらにこの4月のデータをもとに、誤情報拡散の上位10サイトと、WHO、米CDCなどの公式10サイトを比較すると、フェイスブック上での推定ページビューは誤情報サイトの方が4倍にも上った、と指摘する。

また、報告書で検証した誤情報のうち、フェイスブックの「警告ラベル」が表示されていたのは16%に過ぎなかった、としている。

フェイスブックによる誤情報の検知と対処のスピードと、フェイスブックのアルゴリズムによる誤情報拡散のスピード。その両者を比べると、アルゴリズムの拡散が上回っている――それが報告書の指摘だ。

報告書によれば、なかでも最も拡散したのは、マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏をめぐる陰謀論「ゲイツの世界支配ワクチン計画:ワクチン強制接種で製薬業界とウィンウィン」で、フェイスブック上で370万ビュー、29の誤情報サイトでの転載で470万ビューの、計840万ビューを獲得した、という。

デマが表示されたすべてのユーザーに否定の内容の表示をする。さらに、デマ拡散を抑制するようアルゴリズムを変更する――。

この2つの手立てが必要だと、報告書は提言している。

●デマ否定の拡散は1週間遅れた

デマ拡散の舞台はフェイスブックだけではない。

ノーステキサス大学助教のジョセフ・マクグリン氏らの研究チームが、代表的な2つの新型コロナに関するデマと、その否定のツイッター上での広がりを比較した論文が9月4日、ハーバード大学ケネディスクール(行政大学院)の「ミスインフォメーション・レビュー」に掲載された。

マクグリン氏らの研究のポイントは、デマツイートの拡散とその否定ツイートの拡散の時間差だ。

対象としたのは「(温水、塩水、酢、マウスウォッシュ、漂白剤などの)液体でうがいをすると新型コロナウイルスが死滅する」というデマと、「(10秒間など)一定時間、息を止めることで新型コロナ感染が自己診断できる」というデマ。

この2つのデマに関する3月3日から20日間ほどの期間で1,493のツイートを収集。デマそのもの(577ツイート)と、その否定ツイート(645ツイート)に分類し、拡散を時間軸で比較した。

その結果、1日ごとのツイート数で見ると、当初はデマツイートが急速に拡散するものの、1週間たつと、否定ツイートの数がデマを逆転。以後は否定ツイートがデマを上回り、デマ拡散も沈静化していった。

テキサス州の地元紙「フォートワース・スター・テレグラム」のインタビューに、マクグリン氏は「否定されなければ、デマは一方的なメッセージとして広まる」と指摘し、こう話している。

誤情報は攻め、その否定は守りだ。そこに遅れが出るのは仕方がないが、(WHOやCDC、各地の保健当局などの)組織は、先回りをした準備をしておくことが重要だ。

●「テレビでデマだと知った」

総務省は6月19日、新型コロナにまつわる誤情報の実態をまとめた「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」を公表している。

5月に2,000人を対象に実施した調査では、72%がデマなどの誤情報を見聞きした、と回答。28.8%が見聞きした内容が「正しい情報だと思った・情報を信じた」。そのうち35.5%が「共有・拡散した」と回答している

デマなどを見聞きしたメディアとして最も多かったのは「ツイッター」(57%)、「フェイスブック」(30.9%)、「民間放送」(30.7%)。

最も広く知られていたのは「新型コロナウイルスは、中国の研究所で作成された生物兵器である」(38.9%)だった。

ではデマなどへの否定はどのように広がったのか。

「あとからファクトチェック結果を見て知った」は3.2%。最も多かったのは「あとからテレビ放送局の報道で知った」(33.2%)。これに「あとからニュースサイトやニュースアプリの情報で知った」(18.5%)、「あとからSNSの情報で知った」(11%)が続く。

デマなどへの否定情報を見聞きした具体的なメディアとしては「民間放送」(48.5%)、「ツイッター」(45.4%)、「NHK」(34.8%)、「ヤフーニュース」(32.8%)の順となっている。

デマなどに対して系統立ったファクトチェックを行うのは、ノウハウを持ったメディアや個人だ。だが、その情報の伝播は限定的なようだ。

それらのデマ否定が、ソーシャルメディアやニュースサイトなど、ネットでの伝播を経て、テレビが取り扱うことで、大きく広がる、という流れがうかがえる。

そこにも、やはりある程度の時間差が生じることになる。

●「うそニュースには新奇性がある」

「うそ」がリツイートされる確率は「事実」よりも70%高く、6倍速く拡散する――。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの研究チームは、2018年3月にサイエンスに発表した論文で、ツイッター創業の2006年から2017年までの11年間のツイートを分析した上で、そんな指摘をしている。

※参照:なぜフェイクニュースはリアルニュースよりも早く広まるのか(03/11/2018 新聞紙学的

なぜ「うそ」は早く広がるのか。「うそニュースにはより多くの新奇性があり、新奇性のある情報はよりリツイートされる傾向にある」。研究チームはそう述べている。

●死者も出るデマ

だが、新型コロナに関するデマは、社会に混乱をもたらすだけではない。死者を出すこともある。

バングラデシュ国際下痢疾患研究センター(icddr, b)などの研究チームは8月10日、学術誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・トロピカル・メディシン・アンド・ハイジーン」に発表した論文で、4月初めまでに拡散した新型コロナ関連のデマや陰謀論など、87カ国、25の言語による2,311件を分析している。

さらに、アルジャジーラなどの報道を引きながら、新型コロナウイルスへの殺菌効果があるとのデマをもとに、人体に有害なメチルアルコールを飲んで、イランでは約800人が死亡、トルコでも30人が死亡した、と述べている。

ただ、この数字に関しては、デマが原因とするにはエビデンスが不十分、とのファクトチェック団体「フルファクト」による指摘も出ている。

一方、米国では3月、アリゾナ州の男性が、ニシキゴイの水槽の洗浄剤に、トランプ大統領も言及していた抗マラリア薬「クロロキン」と同じ成分が表示されていたことから服用し、死亡した事件があった。

●「デマ否定」の逆効果

デマの否定も一筋縄ではいかない。

米ダートマス大学の研究チームは1月、ジカ熱(ジカウイルス感染症)の流行をめぐり、デマと「デマ否定」の逆効果について、ブラジルでの調査による研究結果を、学術誌「サイエンス・アドバンシス」に発表している

それによると、「遺伝子組み換えの蚊が感染を広げた」といったデマについて、WHOの情報をもとに否定したところ、そのデマを信じる割合に変化がなかっただけでなく、より一般的な事実についても、懐疑的になる傾向があったという。

「デマ否定」によって、さらに事実を遠ざける結果になった、という結果だ。

※参照:新型コロナ:「デマ否定」がデマを拡散させる――そこでメディアがやるべきことは(04/06/2020 新聞紙学的

研究チームは、やはり蚊が媒介する黄熱病に関するデマについても、事実をもとに否定する実験をしたところ、こちらはジカ熱の場合とは違い、否定の効果があった、という。

長い歴史のある黄熱病と、ブラジルでの流行時には一般にはほとんど知られていなかったジカ熱。

受け手側の前提知識の多寡により、「デマ否定」の受容の度合いも変わってくるのかもしれない。

●事実の伝え方

だが拡散力が大きく、その被害も深刻なデマは、迅速に否定し、抑え込む必要がある。

デマ否定の伝播までの時間差が、デマ拡散の余地を生む。

一方で、事実の伝え方にも工夫が必要だ。

ファクトチェックなどの事実の拡散力を、メディアやプラットフォームの連携によって底上げできれば、その時間差を埋めることも可能だろう。

新型コロナの感染拡大と足並みをそろえて、情報氾濫「インフォデミック」もまた、終息の気配は見えない。

(※2020年9月19日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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