マンションでの重量床衝撃音(上階音)性能に関する評価基準を修正する必要があります。 その理由とは?
現在の重量床衝撃音(上階音)性能の評価基準はどうなっているのか
マンション上階から響く子どもの足音などの騒音を重量床衝撃音と呼びます。重量床衝撃音の遮断性能は、床構造全体によって決まるため(一番大きな要因は床スラブの厚さ)、建物が出来てしまった後では、仮に性能が不足していても対策はできません。そのため、建物の設計段階で重量床衝撃音遮断性能の予測検討を行い、所定の性能が得られるように設計を進めるというのが一般的です。では、どれくらいの性能を目標として設計しているかといえば、下記の表-1を参照して下さい。
この表は、建築に関する最高の学術団体である日本建築学会が、床衝撃音の適用等級とその意味を示したものであり、集合住宅の場合の重量床衝撃音に関しては、L-50が1級であり、「遮音性能上すぐれている」ため、「建築学会が推奨する好ましい性能水準」となっています。また、L-55の2級では「遮音性能上標準的である」、その説明としては「一般的な性能水準」となっています。これらを合わせると、現在の一般的な性能水準はL-55の2級ですが、できればL-50の1級を目指して建物を造るようにして下さい、ということです。
では、これらの性能の実際の生活実感はどうなのかといえば、これも日本建築学会が次のような表-2を示しています。これによれば、好ましい性能水準であるL-50(この表ではLr,H-50となっていますが同じです)の場合の生活実感では、上階の音は「小さく聞こえる」となっています。また、標準的な性能であるL-55では、「聞こえる」となっており、やむを得ない場合の性能であるL-60では「よく聞こえる」となっています。
L-50(1級)の建物では上階からの音は小さく聞こえる状態ですが、これが「建築学会の推奨する好ましい性能水準」だといっているのです。上階から小さく聞こえる音でも、仮に頻繁に発生した場合にはかなり気になると思われますし、一旦、気になりだせば音の大きさには関係なくうるさく、煩わしく感じてしまいます。このような性能が本当に好ましい性能なのかと感じる人も多いと思われます。
なぜ、このような基準になっているのでしょうか。それは、この適用等級がつくられた時代と関係があります。表-1の適用等級の出典元を、同表の下の部分に示していますが、これは1999年の出版本からの引用であることが分かります。今から25年前の平成11年の本であり、少し古いですが状況は現在とそんなに大きく変わっているわけではありません。しかし、着目するのはそこではなく、この本が[第2版]となっていることです。ということは[第1版]があるはずで、それがどうなっているか示すことにします。
約50年前に作られ建築学会の適用等級
日本建築学会の「建築物の遮音性能基準と設計指針[第1版]」は1979年の12月に出版されました。和暦で言えば昭和54年であり、今から45年前、およそ半世紀前です。この本は、建築物の音響性能に関する明確な基準を日本建築学会として初めて示したものであり、その後の正に設計指針となった画期的な出版物でした。本の表紙全体が赤色だったため、建築技術者は簡略化してこの本を「赤本」と呼び、その呼称は建築音響の研究者の間で今も踏襲されています。では、この第1版の中では、重量床衝撃音の適用等級はどう記述されているのでしょうか。
まず、表-1の上段の表に相当する「床衝撃音レベルに対する適用等級」は、第2版と全く同じ内容であり(表示方法は少し変化しています)、重量床衝撃音についてはL-50が1級、L-55が2級、L-60が3級となっています。では、表-1の下段の表に相当する「適用等級の意味」はどうかといえば、これは下表のようになっています。
1級(L-50)の意味として、「遮音性能上好ましい」となっており、これは第2版と同じですが、その次の欄には少し要注意です。そこには、「通常の使用状態で使用者からの苦情が殆ど出ず遮音性能上の支障が生じない」となっています。これは本当なのでしょうか。第2版も基本的には同じ解釈であり、それが現在まで踏襲されているのですから、この点を点検してみます。
床スラブは時代とともに変化してきた。では基準は?
まず、1級の意味が上記のように判断された理由ですが、それは当時の床構造によるものです。既に書いたように重量床衝撃音の性能は主に床スラブの厚みに依存するのですが、昭和50年代の床スラブの厚みは150mm程度が一般的であり、135mmなどもありました。日本住宅公団が設立されたのは昭和30年であり、その時の標準設計と呼ばれた2DKタイプ(51C型)の住戸では、床スラブの厚みが昭和30年代は110mm程度、昭和40年代でも120mm程度であり、今から見ると大変に薄っぺらいものでした。昭和50年代に入ると住戸の床面積も広くなり、現在のマンションのような間取りが一般的となり、床スラブとしては小梁が2本入った、いわゆる目型のスラブが用いられるようになりました。この時の一般的なスラブ厚が150mmだったのです。
スラブ厚150mmの目型スラブの住宅の重量床衝撃音性能はほぼL-55(2級)ですが、まだ豊かではなかったこの時代(昭和50年代)には、L-55(2級)は確かに「遮音性能上の支障が生じることもあるがほぼ満足しうる」ものだったのです。そのため、性能がL-50(1級)になれば苦情も殆ど出なくなるだろうと想像したのです。そして、その1級となる床スラブ厚は200mmであるとしたのですが、当時はまだスラブ厚200mmの床構造というのは、一部を除き殆ど見られませんでした。第1版の本の解説の中でも、「回帰式から、各スラブ厚に対応する(中略)床衝撃音レベルを求めると、(中略)180、200mm厚がL-50となり、(81P)」となっており、まだ一般的に普及していなかったことを示しています。
その後は、時代変化とともに床スラブは徐々に厚くなっていき、1990年代(平成時代)に入って「大型スラブ」と呼ばれる小梁のない床構造が採用されるようになると床スラブ厚は200mm程度となり、現在では、ボイドスラブ(中空スラブ)の利用により、床スラブ厚が250mm~300mmというマンションが一般的になってきています。
このように、現在の重量床衝撃音性能の評価内容は、約半世紀前の今の床構造とは全く違う時代の想像での基準をそのまま踏襲しているといえるものなのですが、それでは、現実は当時の想像通りになったのか、次をご覧下さい。
新しいマンションほど生活音に関するトラブルが多い!
下記に示した資料は、国土交通省が5年に一度実施している「マンション総合調査」の結果(平成30年度版)を抜粋したものです。全国のマンションの管理組合を対象として調査した結果、居住者間の行為、マナーを巡って発生したトラブルのうち、生活音を原因としたトラブルがあったと答えた割合は38%(複数回答)と、生活音以外の項目を抑えて圧倒的な1位でした。これらの多くは上階からの足音、すなわち重量床衝撃音に関するものだと考えられます。その生活音のトラブル発生比率を完成年次別でみると、なんと平成27年以後に建てられた最も新しいマンションが50%と一番多くなっているのです。
平成27年以後に完成したマンションというのは、床スラブ厚が200mm~300mmが標準となっている建物であり、重量床衝撃音の性能で言えば、L-50(1級)を目標として建てられているものです。その新しいマンションで生活音に関するトラブルが最も多いという結果なのです。筆者の騒音問題総合研究所にも上階音に関する多くのトラブル相談が寄せられていますが(注:現在は相談業務は終了)、築年数を確認すると、その殆どが新しいマンションであり、マンション総合調査の結果と良く符合しています。これら新しいマンションで生活音のトラブルが多い理由は幾つか考えられますが、長くなるため、それに関する考察は次稿に譲りたいと思います。
以上のように、日本建築学会が基準として示し、多くのマンション関連企業(デベロッパー、建設会社、設計事務所など)が設計目標としている重量床衝撃音に関する適用等級は、既に現実の状況と齟齬が生じている状態です。もはや、L-55の2級は「遮音性能上標準的である」とは言えませんし、今では「一般的な性能水準」でもありません。また、L-50(1級)の性能だからと言って、「苦情が殆ど出ず遮音性能上の支障が生じない」わけではありません。建築物の床スラブは時代の変化とともに大きく変容を遂げましたが、重量床衝撃音に関する評価基準や考え方は半世紀前と同じというのでは、齟齬が生じて当たり前です。では、どのような変化、変容が必要なのでしょうか、それに関しても合わせて次稿で解説したいと思います。