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ピンチをチャンスに変えて進化するオンライン演劇、 劇団ノーミーツ『むこうのくに』

中本千晶演劇ジャーナリスト
マナブ(竹田光稀)はスズと名乗る少女(尾崎由香)と出会う ※記事内画像は筆者撮影

 コロナ禍であらゆる舞台が中止を余儀なくされたここ5カ月の間、密かにハマっていたものがある。いわゆる「オンライン演劇」「リモート演劇」と言われるジャンルだ。

 

 劇場での公演をオンライン配信する試みは最近増えてきたが、これとはまったく違う。お芝居はZoom上での対話によって進んでいく。いわばZoomによって作られるバーチャルな場が「舞台」である。観客と俳優との出会いも一期一会、アーカイブが残されることもあるが、リアルタイムで「観劇」するのが基本である。

 作品の制作や稽古もオンライン上で行う。俳優もスタッフも、一度も顔を合わせることなく本番を迎えることができる。コロナ禍の制約の中で新たに生まれた演劇の形態である。

 

 この分野の先頭を切って走るのが、フルリモート劇団「劇団ノーミーツ」だ。7月26日、第2回長編公演『むこうのくに』の千秋楽を観劇した。なんと1400人が視聴。劇場でいうなら日生劇場(1330席)や昨年新しくできた東京建物ブリリアホール(1300席)を超える観客が集まったことになる。

 初日に観劇した人が2公演で約1000人、3日間6公演での観客総数が約5000人だったというから、初日の評判がTwitterなどでまたたく間に広まったことがうかがえる。一期一会の演劇である以上、役者の演技は毎回違うし、回を重ねるごとに芝居が深まることもある。したがってリピーターもいるようだ。客席数という上限がないのは、オンライン演劇ならではの強みである。

 

上演にあたっての注意事項を伝えるDJメガネ(メガネ)。「携帯の電源はON」「飲食OK」「スクリーンショット歓迎」
上演にあたっての注意事項を伝えるDJメガネ(メガネ)。「携帯の電源はON」「飲食OK」「スクリーンショット歓迎」

 大好評を受けて8月1、2日の追加公演も決まったとのこと。したがって内容の詳細に触れるのは控えるけれど、今より少し先の未来、仮想空間上にできた「むこうのくに」の物語である。この空間に没入して生きる人、生きざるを得ない人、逆にそれを良しとしない人、さまざまな人の思いが錯綜する。

 5月に上演された第1回公演『門外不出モラトリアム』は、オンライン授業しか受けられないままに卒業を迎えることになった大学生たちの物語だった。その頃はオンライン授業も半年ぐらいのものだろうと思っていたが、今や、大学の現実が逆にこの作品の方に近づきつつある気がして怖さを感じている。それと同じで、荒唐無稽なようでいて、じつは今の私たちの世界の合わせ鏡のような話なのかも知れないと思う。

 

「むこうのくに」に生きる人々。リィン・カーネーション(安藤聡海・中央)、バトラー(鍛治本大樹・右)、ピコ(河内美里・左)
「むこうのくに」に生きる人々。リィン・カーネーション(安藤聡海・中央)、バトラー(鍛治本大樹・右)、ピコ(河内美里・左)

 

 キャストも400人を超える応募者からオーディション(これもZoomで実施)で選んだというだけあって、すべての役のハマりっぷりが半端ない。キャラクターに近いかどうかを重視して配役を決める2.5次元舞台にも近い感覚で、まるで三次元の俳優を二次元の作品世界にはめ込んでいったような不思議な感じを受けた。

 

 公式サイトの出演者紹介を見ると、各俳優が出演にあたっての意気込みだけを語っている。普通は略歴やこれまでの出演作などが並べられることが多いので、一瞬「あれ?」と違和感を覚えたが、そう感じる私の方が既存の常識に囚われているのだということに気付く。こうした部分も「新しいものを創り出したい」というこだわりの表れなのかも知れない。

 

 しかし、出演者のプロフィールを調べてみると、舞台(小劇場もミュージカルも2.5次元も)、映像、声優、YouTubeなど実に多彩なジャンルで活躍してきた人が集まっている。個人的に印象に残ったのは秘書役を演じた水石亜飛夢さんの振れ幅のあるお芝居。それから、刑事役の渡辺芳博さん。デジタルな中でアナログ味を出せる役者は貴重だなと思う。

 観客の側も従来型の「演劇好き」ではない多様な層が集まってきている印象があるので、それぞれの俳優に対する新たなファンも増えるだろう。オンライン演劇からブレイクする俳優が出てくるかもしれない。演じ手にとっても新しい可能性を広げるものになりそうだ。

 

仲間との出会いがマナブを変えていく。左上からタイチ(出口晴臣)、ソウスケ(そら)、マミ(大山実音)、マナブ、ゲン(オツハタ)、スズ
仲間との出会いがマナブを変えていく。左上からタイチ(出口晴臣)、ソウスケ(そら)、マミ(大山実音)、マナブ、ゲン(オツハタ)、スズ

 

 技術的な進化は凄まじく、もはやZoomの基本機能を使って素朴に作っていた時代がはるか昔のように感じる。見た目もぐっと華やかになったし、舞台でいうところの場面転換を感じさせるデザインも工夫されていた。

 チャット欄や投票機能などを活用してインタラクティブな演出ができるのもオンライン演劇ならではだ。また、チャット欄は「観客同士がおしゃべりしながら見る」という、リアル劇場では不可能なことが実現してしまう面白さもある。

 もちろん、芝居の見せ場にもっと観客を引き込むような見せ方ができるとさらに良いのに…などと、一観客としての贅沢な希望はとどまるところを知らない。が、逆にいうと今後まだまだ進化の余地があるとも言えるのだろう。

 

議員(青山郁代・左上 ※淺場万矢とダブルキャスト)と秘書(水石亜飛夢・左下) vs 刑事(渡辺芳博・右上)と部下コトリ(イトウハルヒ・右下)
議員(青山郁代・左上 ※淺場万矢とダブルキャスト)と秘書(水石亜飛夢・左下) vs 刑事(渡辺芳博・右上)と部下コトリ(イトウハルヒ・右下)

 

 オンライン演劇は今のところ、「非日常」ならではの手段で「非日常」な世界を描く試みとなっている。これをコロナ禍という「非日常」期間限定のものだと見る向きもあるかも知れない。

 しかし、ほんとうにそうだろうか。果たして「非日常」と「日常」の境目はいったいどこにあるのだろう? それは意外と曖昧なもので、「非日常」だと思っている日々も、いつの間にか「日常」に転化しているかもしれない。そうなったとき、人はそれを「新しい生活様式」などと呼び始めるのだ。

 その中では当然「新しい演劇様式」も模索されなければならないだろう。その一つの可能性として、劇団ノーミーツが牽引するオンライン演劇のこれからを楽しみにしている。

 

オンライン演劇でのカーテンコールはこうなる。画面の向こうの観客と「バーチャルハイタッチ」
オンライン演劇でのカーテンコールはこうなる。画面の向こうの観客と「バーチャルハイタッチ」
演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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