ローカル鉄道讃歌 3 廃線の危機? 指宿枕崎線の楽しい現状
マスコミの話をいろいろ総合すると九州の南端を走る鹿児島県の指宿枕崎(いぶすきまくらざき)線は廃線の危機にあるらしい。
JR九州が株式を上場して利益中心になってきているから列車はどんどん減便されて、そのうち廃線になってしまうのではないか。
とかくこういうニュースは伝わるのが早いもので、伝わるのが早いということはマスコミにとっては格好の題材になる。そうなると、あっという間に全国区のニュースになって、関東地方在住の筆者の耳にも入るようになる。いすみ鉄道でどんなに頑張っても、良いニュースというのは伝わる速度が遅く、筆者が2009年にいすみ鉄道の代表取締役に就任してから、地域住民と力を合わせて再生に取り組んでも4~5年の間はなかなか伝わらない。9年間も社長として奮闘しましたが、おかげさまでいすみ鉄道が全国区になってきたのはここ数年のことですから、指宿枕崎線の話もJR九州が「利用者が少ないから減便します。やがて廃止です。」などというニュースは筆者としてはにわかに信じがたいので、では、本当の沿線の姿は一体どうなっているのだろうかと気になりましたので、自分の目で見てみようと取材にお邪魔してみました。
そして、実際に自分の目で確かめて見ると、廃線の危機は一体どこへ? 指宿枕崎線は元気に走っていることがわかりました。
筆者が現地にお邪魔したのは9月の中旬。まだ猛暑が残る指宿枕崎線でしたが、小さな無人駅「水成川(みずなりかわ)」駅に降り立った筆者を迎えてくれたのは元気に地域活性化に取り組む若者たちでした。
写真の葛岡さん、加藤さん、西村さんは地元のNPO法人頴娃(えい)おこそ会のメンバーで、指宿枕崎線を上手に使って沿線地域を活性化させようと活動している地域住民の代表。古川さんと大園さんは鹿児島県企画部交通政策課の職員で、地域で頑張っている人たちをしっかり支えています。
指宿枕崎線は九州新幹線に接続する鹿児島中央駅から温泉で有名な指宿市を通り、薩摩半島をぐるっと大きく回る形で枕崎市を結ぶ全長87キロの長大なローカル線。鹿児島中央からほぼ中間の指宿までは列車本数も多く、観光特急「指宿のたまて箱」なども走り地元住民や観光客でにぎわっていますが、指宿から先、終点の枕崎までの区間は途中の西大山駅(JR最南端の駅)を過ぎると空気を運んでいる状況です。それもそのはずで、線路は薩摩半島をぐるっと回っていますが、その後にできた道路は鹿児島市内へ直行していますからどうしても利用客が伸び悩んでいるのです。
指宿枕崎線のうち、特に後半の指宿から枕崎までのこうした現状に危機感を抱いたのは住民の方々で、このままではいずれ廃線になってしまうだろうということで、何とか自分たちの力で鉄道の衰退を食い止めることはできないか、そうすれば地域の衰退も防ぐことができるのではないかと立ち上がったのがNPO法人頴娃おこそ会であり、指宿市観光協会の中村勝信会長さん、南九州市頴娃観光協会の永谷純治会長さんをはじめとする地域の代表の方々です。
このように指宿枕崎線は廃線の危機にあるのではなくて、廃線に危機感を持った地域住民たちが何とか手を打てないかと鉄道を使った活性化を模索している路線というのが実際に取材にお邪魔してわかったことですが、筆者が驚いたのはこういう地域住民の集会に、JR九州の鹿児島支社から助役級の社員が参加していることです。
あくまでも一般論ですが、通常、このような地域住民の集会や会合にJRの職員が参加するということはまずありません。地域の会合に参加すると理不尽な要望ばかりを拾い上げることになりかねませんから、特にローカル線沿線の会合などには参加するとしてもお忍びで様子をうかがう程度というのが全国的な常識になっている中で、この日の会合にはJRの職員2人がメンバーとして参加しているのです。
筆者はこれが不思議だったので直接そのJRの職員の方にお話をお伺いいたしましたところ、「確かに指宿枕崎線は経営的にみると大変です。ただ、会社としては数字ばかりではなくて、鉄道がどのように地域とかかわって、地域に貢献できるかというのが会社の経営理念の一つでもありますから、赤字だから廃止にするということではありません。」ときっぱりとお答えになられました。
指宿市観光協会の中村勝信会長さんにもお伺いしたところ、「JRさんはいつも参加されていますよ。地域と一体になってくれています。」とのこと。地域住民と鉄道会社が上手に関係を築きながら、できることを一つ一つやっていこうという形になっていることがよくわかりました。
先ほど筆者を駅で出迎えてくれていた若者たちの中に鹿児島県庁の職員の方がいらっしゃいましたが、この集会の会場には鹿児島県南薩地域振興局の五田嘉博局長さんもいらっしゃいました。局長さん自らが参加されているということで鹿児島県も真剣に地域の鉄道路線について力を入れていることがわかり、筆者は何となく嬉しくなりましたので、JRとの関係についてお伺いしたところ、
「私たちがいろいろやりたいことの意見を出すと、JRの皆さんがプロの目で見てできることとできないことを教えてくれます。地域の皆様方は鉄道の素人ですから時には突拍子もないことを言い出すこともあると思いますが、JRの方々は意図をくみ取って、できることを形にしてくれるんです。とてもありがたいですよ。」とおっしゃられました。
全国を回って取材をしていると、JRに対して否定的な意見を持つ地域が多いのですが、ここ指宿枕崎線沿線は、鉄道会社と地域がしっかりタッグを組んで、ローカル線を上手に使っていることに気づきました。
五田局長さんが続けます。「この秋は指宿枕崎線のこの区間が開通してから55周年です。JRさんと一緒になって、いろいろ面白い列車を走らせますよ。ぜひ、ご期待ください。」と笑顔でおっしゃられました。
そのお話の地域とJRが一緒に企画した列車がいよいよこの週末に運転されるようです。昭和38年の全線開通から55周年イベントが沿線で行われます。
また11月14日には特別列車が運転されます。名付けて「頴娃列車で行こう」。
JR九州の観光列車「A列車で行こう」の車両を使用して、地元の駅名「頴娃(えい)」を冠して「頴娃列車で行こう」とはうまく言ったものですが、これが鉄道会社と地域とがタッグを組んで積極的に鉄道を守っていこうという危機感の表れだと筆者は思いました。
ただし、危機感イコール悲壮感ではありません。地域の皆様方が楽しそうに笑顔で活動していること。これが一番大事なことでしょう。西郷どんを生んだ南九州の土地柄なのかもしれませんが、今回の取材中、関係者の方々が皆さん揃って笑顔だったことがとても印象に残る指宿枕崎線の旅でした。
ご協力いただきました皆様、ありがとうございました。
【参考】
沿線ではこんな面白いところも見つけました。途中下車してぜひご訪問ください。
(※記事中に使用しました写真は注記のあるもの以外は筆者撮影)