岸田内閣改造、8月に前倒しになった6つの理由
岸田首相(自民党総裁)は、10日に内閣改造と自民党役員人事を行う意向を固めました。当初は参院選直後に行われるものとされ、参院選中には「秋のいつもの時期」に内閣改造と自民党役員人事が行われる見通しに変わったところでしたが、急遽来週にも行われることになったのは、多くの理由があります。
旧統一教会問題による内閣支持率低下
安倍晋三元首相銃撃事件に関連した旧統一教会の問題は、事件から約1ヶ月経とうとしている現在でも全く幕引きをする気配はなく、むしろ尾を引いている状況です。共同通信社の世論調査では内閣支持率が12・2ポイントも下がるなどさらなる実態解明の声も大きく、参院選勝利後の一般的な支持率推移の傾向とは乖離している状況です。
仮に9月まで内閣改造を行わない場合、この現状をさらに1ヶ月以上黙認することになりますが、臨時国会が閉会している以上、野党からの国会での追及は(閉会中審査などの例外を除き)無いにしても、旧統一教会の問題は報道機関をはじめ週刊誌などが実態解明報道を引き続き行う見込みであり、更なる内閣支持率低下は間違いないでしょう。
党が自ら率先して各議員への説明を行うよう指示をするなり、実態解明にかかる調査を行うなど主導的に行えば事情は異なるかもしれませんが、現時点では茂木幹事長にはその考えはないとのことです。一方、報道各社が全国会議員を対象に旧統一教会と各議員との関係性についてアンケートを採るなど、党主導ではなくとも実態解明の動きは止められず、更なる悪材料が判明した場合にも、支持率の急降下が想定されます。
そのためにも、政権浮揚効果があるとされる内閣改造をこのタイミングで行うと同時に、旧統一教会との関係について「より傷口が浅い」議員を重用し、「より傷口が深い」議員を外す作業が必要との判断があるでしょう。
派閥力学(パワーバランス)の変化を反映
安倍晋三元首相銃撃事件により、安倍派の影響力が大きく変わりつつあります。清和政策研究会は、派閥の長として、塩谷・下村両氏による双頭体制を目指しましたが、両氏に権限が集中することを嫌う一部会員などの声を受けて、結果的に合議制とすることとなりました。また、清和政策研究会の「大ボス」であり「元ボス」の森元首相が下村氏を「排除」するという発言(「正論」9月号)もあり、安倍派は派閥内のリーダー争いが始まっています。現在のポストなどからみると、すでに官房長官の留任が決まっているとみられる松野官房長官、安倍氏の側近として知られていた萩生田経済産業大臣、高木国会対策委員長あたりが次世代候補になるでしょう。
この「安倍派」内の内紛がある状態で内閣改造を行えば、派閥ベースでの論功行賞の意味合いが強い内閣改造において、(最大派閥である)安倍派の勢いを削ぐことができ、岸田首相からすれば自らの派閥をはじめ他派閥も含めたバランスの取れた人事を行うことができるとの見方でしょう。前掲の旧統一教会の問題が「安倍派」に集中しているとの一部報道の見立てが事実であれば、これも安倍派の勢いを削ぐことができる理由となります。
さらに、直近の参議院議員選挙では、自民党から新人議員20名が誕生しました。このうち既に派閥入会が決まっているのは半数未満であり、これから派閥を考える新人議員もいます。派閥力学(パワーバランス)の変化を反映した内閣改造・党役員人事を行うことで、新人議員や無派閥議員に対する岸田首相の論功行賞の考え方を間接的に伝える効果もあります。
「国葬」実施まで引きずる「国葬」問題
9月まで内閣改造・党役員人事を待てない理由には、「国葬」問題もあります。大勲位叙勲からはじまった「国葬」問題は、国会における追悼演説の見送りも含め院内外で引き続き引きずることが想定されます。過去の例を取っても、費用や業務委託先に関する報道、葬儀の華美さなどがワイドショーなどのメディアで報道されるようなことが想定され、その結果更なる支持率の低下をよぶことは想像に難くありません。
国葬の日程はすでに閣議決定され、かつ外国に通報している以上、変更することは不可能でしょう。また、国葬前に臨時国会を開ければ、この問題が国葬の直前に再燃することも考えられ、そうなると9月末の内閣改造は(国葬後に)急を要する可能性があります。さらに、国葬に際しては安倍派議員が結束する材料となることも考えられ、そこまで時間を空ければ前掲の派閥力学が再度変化する可能性もあることから、前倒しになったとみることもできるでしょう。
東京五輪をめぐる受託収賄容疑報道
ワイドショーでは、東京五輪をめぐる受託収賄容疑報道も大きく報じられています。この問題については、東京地検特捜部が家宅捜索をするなど捜査が進んでおり、仮に組織委員会役員であった高橋治之元理事などが立件されるようなことがあれば、これも世論としては「典型的な汚職事案」「政治とカネの問題」と見做され、内閣支持率の低下要因となるでしょう。
この東京五輪をめぐる受託収賄容疑についても、どこまで「横展開」があるかわからない状況です。現時点では(みなし公務員とはいえ)民間人であった高橋治之元理事を中心とする問題ですが、スポンサー決定の過程において政治家の関与があったりするとなると、透明性が求められる東京五輪の関係に関する疑惑として、「政治とカネの問題」との考えがより強まり、支持率低下の要因となることは間違いありません。
「民間人閣僚」の速やかな解消
7月25日を以て、6年前に当選した参議院議員の任期が満了した関係で、二之湯智国家公安委員長と金子原二郎農林水産大臣は、国会議員ではないいわゆる「民間人閣僚」となりました。民間人閣僚自体は違法なものではなく、国務大臣の半数は国会議員から選ばなければならないという憲法上の規定は、半数は民間人でもよいことを示しています。
ただ、国会議員が落選や引退(今回の二之湯智国家公安委員長、金子原二郎農林水産大臣はいずれも引退)によって民間人閣僚となるケースは、戦後数例しかなく、いずれも数日〜数十日で解消しています。さらに、二之湯智国家公安委員長は安倍晋三元首相銃撃事件が警察による警護が不十分だったという責任論にも繋がることになり、かつこの「責任」が未だ取られていないことに苦言を呈する声も多く上がっていることから、警察行政の(政府側トップである)国家公安委員長を更迭するという意味合いからも、民間人閣僚の解消を早める事につながります。
統一地方選挙に向けての役職決めの必要
最後に、統一地方選挙に向けての役職決めの必要です。来年4月に行われる統一地方選挙は、日本全国で都道府県議会議員選挙、市区町村議会議員選挙などが行われます。その多くの地域で、公職選挙法の規定により、今年10月末には、「2連ポスター」(政治家2人が同等サイズで扱われている講演会告知としてのポスター)に切り替える必要があります。一般的には、主要政党の候補予定者の場合には、地元衆議院議員との2連ポスターをつくることが多いのですが、9月末の人事ではポスター制作などにかかる時間が短く、役職な表記で十分な対応ができないことが考えられます。
特に来年4月の統一地方選挙に向けては新人も含めた公認作業がちょうど進んでいることや、例年と比較し新人候補の公認発表が早い地域も多いことから、実務的な問題からも(副大臣・政務官ポスト待ちの)国会議員への論功行賞を早め、選挙準備をしやすくするという思惑もありそうです。
以上、岸田内閣改造が8月に前倒しになった6つの理由について解説してきました。8日には大枠としての人事が決まり、9日の長崎原爆忌における長崎訪問を経て、10日には内閣改造・党役員人事が断行される見込みです。新たな閣僚や党役員の面々はもとより、そこからみえる党内力学の変化についても注目していきたいと思います。