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がんになっても笑って過ごせる社会に

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
がん体験を語った山崎多賀子さん、園田マイコさん、久光重貴さん なかのかおり撮影

がんになっても笑って過ごせる社会にー。4日、Yahoo!本社で「ラベンダーリングデー2018」が開かれた。がん体験者のトークやメイクアップしての撮影会、子ども向けのワークショップなどがあり、私も5歳の娘と参加して取材した。

生き生き暮らしているリアル

ラベンダーリングは、がんの種類を超え「がんになっても生き生き暮らせる社会を」というメッセージを伝えるため、広告代理店のがん体験者らが発起人になって始めた。以前とは告知の考え方も変わっており、がんと付き合いながら働いている人も多く、「普通に暮らしているリアルさ」を伝えたいという。

昨夏にはがんの体験者を撮影し、ポスターにしたり、ウェブに出したりした。リングには、資生堂、クレディセゾン、Yahoo!のほか、NPOの「キャンサーネットジャパン」、「旭くん光のプロジェクト」が協力している。

世界対がんデーに合わせた2月4日、初めてのラベンダーリングデーを開いた。体験者や専門家のトーク、子ども向けのワークショップがあって、私も5歳の娘と参加した。キッズワークショップは、がん体験者の家族だけでなく、様々な子どもたちが一緒に絵を描いたり、香り玉やリップグロスを作ったりした。医師から小児がんに関する話もあり、子どもたちにわかるように伝えた。

思い思いに描く子どもたち なかのかおり撮影
思い思いに描く子どもたち なかのかおり撮影

「がんになってもいきいきと暮らす秘訣」と題したトークでは、美容ジャーナリスト・山崎多賀子さん、モデル・園田マイコさん、湘南ベルマーレフットサルクラブ・久光重貴さんが登壇。それぞれのがん体験を語った。

先輩に勇気づけられ

園田さんは「乳がんという言葉を聞いて頭の中が真っ白になった。先生の口が動くのは見えたけれど、声は聞こえない。それから全摘という言葉が聞こえて、不安・恐怖が押し寄せてきた。私、死ぬのかなって。シングルマザーで息子は中2だったので、お金はどうしよう。母の介護もだれがするんだろう。どれぐらい生きられるんだろうと思いました」とがんがわかった時を振り返った。

乳がん闘病中の山崎さんに会っていた園田さんは、「多賀子さんは、パーティーにスキンヘッドにワンピースで来ていて、めちゃかっこよかった。知人に連絡を取ってもらい、会いました。いつ死ぬかどん底だったけれど、パワフルな多賀子さんに会ったら大丈夫かもって、心の支えになりました」。

やりたいことをやる

山崎さんは「私自身、病気をオープンにしていたので、早い段階で経験者に会うことができました。病気になると知識もなく、何を聞いていいかもわからない。何でも聞いてくれる人がいるのは大きい。医療者でも経験者でもいい。メールじゃなくて、会うと落ち着く。将来がわかるから」と説明。

さらに「人生って思っているよりも短い。やりたいことをやらないと後悔すると思った。自分にできるのは、美容ジャーナリストとして情報発信や美容のことをやろうと。みんなを救うというような高いレベルでなく、できる範囲でやる。いつかは来ないからすぐやる。落ち込むこともあるけど、マイナスの時間は短いほうがいいと思いました。夫にも『人は致死率100%だから』って言われて」と語った山崎さん。

サポーターに背中押され

久光さんは、31歳の時にがんが見つかった。36歳の現在も、抗がん剤の治療をしながらフットサルの試合に出場。がん体験者のイベントなどで、若い世代にも勇気を与えている。「告知を受けて治療に入るまで2カ月間、死ぬことばかり考えてしんどかった。公表したら、たくさんのサポーターが応援してくれて、背中を押された。必ずピッチに戻らないと、と思いました」

園田さんや久光さんもモデルとなったポスター なかのかおり撮影
園田さんや久光さんもモデルとなったポスター なかのかおり撮影

息子と向き合い支えられた

園田さんは子育て中の闘病だった。「息子に支えられました。告知された日、どうしようと思ったんですよ。息子に伝えたほうがいいのか、黙っていたほうがいいのか。元夫とは、いい関係だったので、経過を伝えていた。息子に連絡をしたみたいで、家に帰ったら『パパに聞いたから、サポートしていくから大丈夫』と抱きしめてくれて。反抗期だったし、ちゃんと向き合ったことがなかった。私と同じぐらい背が伸びて、心も成長していてると知ったら、この子のために絶対に死ねないと」

美容ジャーナリストの経験を生かし、山崎さんは患者の顔色がきれいに見える工夫を発信してきた。がん体験者のファッションショーでメイクを施したり、勉強会を開いたり、先輩として力を尽くしている。がんによってもたらされたギフトについて、「取材して情報発信をすることがリハビリになり、思いがけない励ましの言葉もいただきました。美容ジャーナリストではあったけれど、人の顔を触ったことがなかったのが、患者さんにアドバイスすることになるなんて。以前は考えられなかった、心熱くなる体験をしています」。

先生と子どもたちが壁一面に描いた絵 なかのかおり撮影
先生と子どもたちが壁一面に描いた絵 なかのかおり撮影

他人事でなく共存する社会に

テーマでもある、生き生きと暮らす秘訣について久光さんはこう語った。「僕にとってキャンサーギフトは、この瞬間かな。ただの選手ならここに立つことはなかった。みなさんとこの時間を共有できている。名前を覚えていただいて、感謝の気持ちになれる。がんになったら、先に死ぬという決まりもない。健康でも命がどうなるかはわからないので、この瞬間を大事にしようと伝えたいです」

園田さんは、「病気になったから、いろいろな人とつながりができた。朝、起きると母の遺影に手を合わせて、みんなが元気で幸せでありますようにと祈ります。夜は今日もありがとうと言って寝る。この病気を体験したから命の尊さに気づくきっかけになった。いつかは命がなくなるから、毎日、幸せと思って生きていきたいし、いい人生だったと思って死にたい。元夫の父が亡くなるとき、義母に手で3と9、サンキューと示したと聞いて。大満足で亡くなったんですね。私もそうやって死にたいと思いました」と話した。

山崎さんは、「がんに対する偏見がどうしてもある。私も病気になる前に偏見があった。そう思っちゃうのはしょうがない、でもそうじゃないようにしないと。がんを体験しながら、仕事をして生きがいを追い続ける人はいる。みんなが自分らしく生きられるように変えていきたい。がんが他人事と思わず、みんなで共存するようになってほしいと願っています」と締めくくった。

どの人も、笑顔が素敵なポスターに仕上がっていた なかのかおり撮影
どの人も、笑顔が素敵なポスターに仕上がっていた なかのかおり撮影

この後、夜まで様々なトークが続いた。がん体験者にプロがヘアメイクして、フォトグラファー・金澤正人さんが撮影する企画もあり、かっこよく仕上がったポスターが会場に飾られていた。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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