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ソロス氏、日銀金融緩和に噛み付く―「円安、雪崩のように進む」

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

日銀の黒田東彦新総裁は4月4日の就任後初の金融政策決定会合で、インフレ率2%の達成を目指すため、長期国債やETF(上場投資信託)、J-REIT(不動産投資信託)の買い入れを大幅に増やし、銀行システムへの資金供給規模(マネタリーベース)を今後2年間で現在の2倍の270兆円に拡大するという大胆な質的・量的金融政策を発表した。しかし、発表後、市場ではドル・円相場が1ドル99円台に突入して急激な円安が進む一方で、国債市場の混乱など波紋が広がっている。今回の黒田日銀総裁が自ら “異次元”と称する金融政策に対する海外の反応を探ってみた。

著名な投資家、ジョージ・ソロス氏=ソロス氏のサイトより
著名な投資家、ジョージ・ソロス氏=ソロス氏のサイトより

日銀決定に異を唱えるのは、ヘッジファンドのソロス・ファンド・マネジメント(運用資産額240億ドル=約2.4兆円)を率いる著名な投資家、ジョージ・ソロス氏だ。同氏は4月4日、香港で行われた米経済専門チャンネルCNBCのインタビューで、「日本はこれまで25年間に蓄積した巨額な財政赤字を抱えたままで、また、日本経済が回復軌道に乗ってもいない状況のときに、こうした日銀の決定は極めて危険な行為だ」と懸念を示している。

何が危険なのかといえば、ソロス氏は、「いったん日本がこうした大胆な(デフレ脱却)政策を始めれば、円安に歯止めがかからなくなり、日本の投資家は自分のお金を海外に移すことを望むようになる。その次に起こることは、円安が雪崩状態で進むことになる」と指摘する。また、ソロス氏は、「日銀の量的金融緩和の規模は米国と同程度だが、日本の経済規模が米国の3分の1にすぎないため、その効果は米国で起こるよりも3倍も強力なものとなる」と警告する。

2月のG7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)では、日本の円安進行に対するアジア各国の懸念を背景に、「各国の財政・金融政策は、国内目標を達成することに向けられ、為替レートを目標にしないことを再確認する」という、円安誘導をけん制する共同声明が採択されたはずだが、日本は猛烈な勢いで進む円安に対し、世界から約束違反という非を浴びるのは時間の問題だ。多くの為替ストラテジストは今年末までにドル・円相場は1ドル=100~110円に達すると予想する。

世界最大の債券ファンド投資会社ピムコのグローバル戦略アドバイザーのリチャード・クラリダ氏と日本の運用統括責任者、正直知哉氏も、日銀決定の前から、3月のリポート(共著)で、「(2月の)G7会合で、財政・金融政策を国内目標の達成のために使うという日本のリフレ政策(景気刺激策)が容認されたが、これ(G7の共同声明)は日銀にとって外交的な拘束となる可能性があり、日銀は仕事がやりにくくなる。インフレ目標を達成するために用いられる金融財政政策によって、ある程度、円安が進むと予想しているが、もし、そうなれば、黒田総裁と安倍首相は毅然とした態度をとらざるを得なくなる」と、先行きの懸念を示している。

ジャパンマネー、海外流出が加速

日銀の質的・量的金融緩和で発生する巨額の流動性がアジアやブラジルなど新興国市場、そして欧州ユーロ圏にも還流するというエコノミストの予想も現実のものとなってきた。

ポーランドの週刊紙ワルシャワ・ボイス(電子版)が4月8日に伝えところによると、同国のボイチェフ・コバルチク財務次官は4月5日の会見で、日銀の質的・量的金融緩和策について、「日銀の決定で、日本の長期国債の利回りが著しく低下したため、アジアの投資家からの資金がポーランドの国債市場に流入している」とし、ポーランドが日銀の決定の恩恵を受けていると指摘している。

英紙フィナンシャル・タイムズも4月8日付電子版で、日銀の質的・量的金融緩和策の発表以降、日本国債の利回り低下を嫌ったジャパンマネーがハイリターンを求めてユーロ圏の債券市場に流れ込み、ユーロ圏の中核国や周辺国欧州の国債が買われ、債券価格と反対方向に動く利回りが急低下している、と報じている。

実際、4月8日の欧州の債券市場ではフランスの10年国債利回りが過去最低の1.71%を記録、周辺国のイタリアの10年国債の利回りは0.11%ポイント低下し4.31%、スペイン国債も0.09%低下の4.71%に低下。米証券大手バンクオブアメリカ・メリルリンチのアナリストも「日本国債の利回りは今後数年間、低水準が続く見通しとなったことから、日本の投資家は果敢に海外資産への投資に向かう」と話す。さらに、金融大手シティグループのトレーダーの話として、今後数週間のうちに、ヘッジファンドが日本から現金を海外にシフトするため莫大な規模の円売りを続け世界の市場を混乱に陥らせると、不吉な予想をしている。

米教授、日銀の質的・量的金融政策を援護

ソロス氏の歯止めが効かなくなる円安の恐怖とは対照的に、米カリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイヒェングリーン経済・政治学教授は4月8日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(『WSJ』)のインタビュー記事で、「円安はアジアの隣国にいやな思いをさせるが、日本経済がリセッション(景気失速)から抜けられずにいるのと、再び成長路線に戻るのと、どちらが自国にとって豊かな暮らしが保証されると思うか?」と述べ、日銀の質的・量的金融政策とアベノミクスを援護する。

また、同教授は、「日本の隣国が円安の悪影響で自国の輸出セクターが競争力を失い打撃を受けるとしても輸出業者に資金支援して難局を乗り越えさせる手段を講じることは可能なので、日本になすべきことをさせるべきだ。日本からの資金流入に対しても自国が緊縮財政にすれば国内の需要やインフレ、不動産価格、金利の急騰を抑えることができる」と指摘する。

ハンガリー中銀の企業救済策に学ぶ

WSJのアレックス・フランゴス記者は4月8日付電子版で、「日本で資金調達コストが低下することは朗報だが、余りにも急激に海外に資金が流出すれば、ある日突然、日本国内の企業や消費者が資金の借り入れが困難になるという事態もありうる」という。日銀の質的・量的金融緩和で銀行システムに2年間で270兆円が流れても、肝心の企業にまで資金が流れなければ景気刺激にはならない。

奇しくも日銀が重大決定を行った4月4日に、ハンガリー中央銀行はピンポイントで中小企業の資金繰りを容易にし、また、債務返済負担を軽減することを狙い、同時に景気を刺激するというユニークな金融支援プログラム「成長のための資金調達スキーム(FGS)」の導入を発表した。

FGSでは、中銀は中小企業への融資を行うことを条件にFGSに参加する商業銀行に対し、金利ゼロ%の優遇金利で自国通貨フォリント建ての融資を行う。次に、商業銀行はこの資金を中小企業に対し2%を超えない一定の上乗せ金利で融資する。この貸付制度の上限は2500億フォリント(約1080億円)となっており、国内銀行の企業向け融資全体の4%、また、中小企業向け融資の7%にすぎず、恒久的な制度ではないため、既存の金融資産の価格に悪影響が及ばない。

また、中銀は中小企業が外国通貨建ての借り入れをフォリント通貨建てに切り替えることで中小企業の債務負担を軽減させる。FGSよって中小企業の債務返済コストが低下するだけでなく、中小企業の流動性へのアクセスや収益性を高める利点がある。中小企業の債務返済負担が軽減されれば、銀行の中小企業向け融資の不良債権化も避けられ、銀行にとって保有債権の質にも好影響を与える。その結果、銀行の貸し出し能力が高まり、景気回復に寄与するとしている。FGSは直接、中小企業をターゲットに定めて銀行から資金を供給させるもので、景気回復のカンフル剤として即効性が高い。日銀もこのハンガリー中銀方式を参考にしてもいいのではないだろうか。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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