躊躇せず「打ち勝つ野球」を志向した西武・渡辺久信シニアディレクターの2度の優勝の共通点
失点抑止を追求する他球団を出し抜いた08年の優勝を振り返る
パ・リーグを2008年以来10年ぶりに制覇した埼玉西武ライオンズが、明日よりクライマックスシリーズ(CS)セカンドステージに登場する。
今季の西武の優勝は、他球団とは一線を画するオリジナリティのある編成が成功したものだったと見ている。10年前の優勝時は監督を務め、今季はフロントに入り編成責任者を務めた渡辺久信シニアディレクター(SD)が選んだ、攻撃力にこだわり通した戦略は実に見事だった。そしてこれは10年前の優勝時にも感じたことでもあった。
08年の優勝を振り返ってみたい。図1は、2001年以降のパ・リーグの平均得失点、西武の平均得点と平均失点の推移を年度ごとに記したものだが、パ・リーグの平均得失点は、5点を上回っていた2004年から07年にかけて低下しているのがわかるだろう【図1.(1)部分】。
これはなぜ起きていたのか。小さくない影響を与えていたとみられるのはボールだ。当時は現在のように統一球が導入されておらず、試合を主催するチームにボールの選択権があった。規定の範囲内であれば、各チームは自らにメリットが生まれるボールの選択が可能だったのだ。
ディフェンス力を高めるためにあまり飛ばないボールを使う。攻撃力を高めるためによく飛ぶボールを使う。そうしたことが規定の範囲内で行われていた。2004年から07年の【図1.(1)】の期間は、多くのチームが失点を減らすために投手有利なボールを用いた結果、平均得失点が下がり、得点の入りにくい環境が生まれていったとみられる。
得点の入りにくい環境で有利になるのは、投手陣や守備力のある野手はそろっているが打線はそこまで整ってないようなチームだ。攻撃で相手につけられる差が縮小し、一方で強みのディフェンスで相手につけられる差が拡大するからだ。
【図1.(1)】の時期の西武も、本拠地・西武ドームでの成績を見ていくと試合で投手に有利なボールを用いていた様子がうかがえる。しかしこの判断は、打線に強みを持っていた西武にとって、それを目減りさせてしまうものだった。ディフェンスを強みとしていた日本ハムやソフトバンクが有利になる土俵で勝負してしまっていたのだ。
自分たちが有利になる土俵をつくりだした西武
しかし、08年の西武は転換を果たした。この年から就任した渡辺監督(当時)によるものか、球団によるものかはわからないが、おそらくは選択するボールを規定の範囲内でよく飛ぶものに変え、本拠地を攻撃力が発揮しやすい環境に変えた兆候がデータ上に現れている。そこに打線の奮起も手伝って、得点は564から715に激増。前年ディフェンスを重視して優勝した日本ハムに182得点もの差をつけ、攻撃力で凌駕するスタイルで混戦を制した【図1.(2)部分】。
08年は選手構成でも大きな変化があった。打線を支えてきた和田一浩、アレックス・カブレラが退団し野手側はチームの骨格を変更せざるを得ない状況にあったのだ。球団史に残る助っ人外国人など、チームの根幹を担った打者が抜けるとなれば、通常は破綻を恐れ、投打のバランスをとって戦うことを考えそうなものだが、西武はその道を歩まなかった。
中村剛也と栗山巧のレギュラー化、クレイグ・ブラゼル、ヒラム・ボカチカの外国人補強を行い、そこに独り立ちしつつあった中島裕之(宏之)、片岡易之(治大)らを加え2ケタ本塁打8名、20本塁打以上も5名という圧倒的な打線をつくりあげた。戦略、そして若手と外国人選手の奮起が噛み合うことで生み出された得点力によって結実した優勝だった。
昨年トップだった得点力をさらに伸ばす 突き抜けた得点力でつかんだ今季の優勝
攻撃力、つまり得点力にこだわったという点で、今季の優勝は08年を想起させる。こだわりは今季のほうが明瞭かもしれない。西武の得点力は昨年の段階でトップだったが、さらにそれを伸ばす大胆な方針を取っていたからだ。
さらなる得点力アップの切り札となったのは山川穂高と森友哉だった。08年と同じようにベテランから若手選手への打席配分を増やす形だったが、攻撃力が限定される捕手に森を起用したのが肝だった。山川は357打席を増やし本塁打のタイトルを手中にし、森は407打席を増やし、期待された打撃だけでなく懸念された捕手の守備も無難にこなした。捕手に関しては森に一本化せず、炭谷銀仁朗と岡田雅利という実績がある選手と併用し、森に負荷をかけすぎなかった起用もスマートだった。
打てる捕手と本塁打王を加えた打線は、昨年比で平均得点をさらに0.6点押し上げた【図1.(3)】。今季のBクラス球団の平均得点とは2点近い差がついていたことになり、楽天やロッテが圧倒されるのも無理はなかった。
08年は前年の打線の軸が抜けたのに対し、今季はローテーション投手の野上亮磨、ブルペンの中心選手だった牧田和久、セットアップのブライアン・シュリッターがチームを去っており投手力が大きく目減りしていた。ここは2つの優勝の間で異なる点のひとつだ。ただ、大幅な戦力ダウンが生じながらも、破綻を恐れて無難に投打のバランスをとって戦う戦略を選ばなかったという意味では共通しているように思う。
とはいえ、渡辺SDら西武フロントは投手陣についても、妥当な対応を行っている。開幕前に阪神からトレードで榎田大樹を獲得したほか、ニール・ワグナー、ファビオ・カスティーヨの2人の外国人投手を開幕前に、デュアンテ・ヒース、カイル・マーティンの2人をシーズン途中に獲得した。こうした選手たちが働きを見せたことも、投手陣の弱体化を限定的にとどめ、致命的な失点増を喫するレベルに至らせなかったのはひとつのポイントだろう。
突き抜けた得点力が弱点だった投手の運用を助けていた面もあった。今季の西武先発陣は過去5年で最も投球イニングが長かったが、これは通常なら救援陣にスイッチするような失点を許しても、大量援護に守られて続投させられたケースがあったからだ。そして先発イニングが伸びれば、ブルペンの運用に余裕が生まれる。高い得点力は、救援陣という最大の弱みを緩和する効果ももたらしていた。
「守り」に縛られず、得失点差の最大化を目指す西武の柔軟性
今季のパ・リーグは西武を得点力で追随する球団がなく、球団間で大きな差がついた。一方で失点については飛び抜けて少なく抑えた球団が出なかった点も西武に味方した。優勝争いの本命だったソフトバンクに故障者が続出し、序盤につまずいた幸運もあった。しかし、西武フロントがより多くの得点を奪う戦略を採らなければ、訪れたチャンスを生かせなかった可能性も十分ある。
野球で勝利を得るには、他球団よりも多くの得点を奪う、もしくは他球団よりも多くの失点を抑止するいずれかしかない。それが叶うのであれば、どんな手法であってもいいのだが、日本の野球のあり方は失点を抑止することに傾倒している面がある。しかし渡辺SDが成し遂げた2度のリーグ優勝はそれに縛られない柔軟さがあり、非常に興味深く映った。
今季はセ・リーグを制した広島も得点力をベースにペナントをもぎ取っている。自チームの得点は他チームの失点になるため、得点と失点に大きな意味の差がないのは当たり前な話なのだが、それでもそんな野球の構造上の原則を、改めて意識させられるシーズンとなった。