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マクドナルド誕生を描く映画が作られることに、マクドナルドはどう反応したのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョン・リー・ハンコック監督(左)と主演のマイケル・キートン

 どの国に行っても目にしないではすまないマクドナルドは、文字どおり、“世界の言葉”。今や全世界の食糧の1%を提供するまでになったが、その始まりは、L.A.の東にあるサンバーナーディーノの、一軒のハンバーガー屋だった。

  カウンターで注文したら、紙に包まれたバーガーがすぐ出てくるというのは、今でこそ常識だが、それらはすべて、この店のオーナー、マクドナルド兄弟が考案したもの。これに目をつけたのが、儲かりそうなものに次々手を出しては失敗してきたセールスマンのレイ・クロック。本来のファウンダー(創業者)たちを裏切ってまでクロックが自分の野心を追いかけ、“企業”マクドナルドのファウンダーとなっていく過程を描くのが、映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」だ。

 会社としてはあまり語られたくないであろう部分が明かされるこの映画の企画に、マクドナルドは猛反対したのかと思ったら、意外にもそうではなかったらしい。ただし、今作の製作には、尋常ではない数の弁護士が関わったそうだ。そのあたりの事情を、ジョン・リー・ハンコック監督に聞いた。

レイ・クロックを演じるマイケル・キートン
レイ・クロックを演じるマイケル・キートン

この映画の企画を知った時、マクドナルドは何と言ってきたのでしょうか?

 今作を監督しないかと声をかけられた時、僕が最初に聞いたのは、それだったよ。「こんな映画は実現不可能なんじゃないですか?」とプロデューサーに聞いたんだ。そして、可能だと言われた。これは歴史を語るものなので、事実を正確に描くのであれば、問題はないのだそうだ。おかげで美術監督や衣装デザイナーは、大変だったけどね。すべてを歴史に忠実にデザインしないといけないんだから。

 弁護士代も、ずいぶん使った。撮影現場には、クルーと同じくらい弁護士がいたんじゃないか?(笑)。ミルクシェイクを作るパウダーはどんな色だったのか、それは“ミルクパウダー”と呼ばれていたのか、そういう細かいことを逐一確認する。間違いや、引っかかる可能性があることを指摘してきたのはいつも僕らが雇った弁護士で、マクドナルドは何も言ってきていない。撮影開始の2週間ほど前に、脚本をマクドナルドに送ったんだが、返事は「レイ・クロックは、才能豊かで興味深い人物。彼についての映画ができることは、驚きではありません」というものだった。

マクドナルドは完成作を見てどう思ったのでしょうか?

 わからないな。 でも、マクドナルドに関わったことがある複数の人たちから、これはとてもフェアな描き方をしていると言われたよ。観客もまた、それぞれに違った受けとめ方をするんじゃないかな。レイ・クロックは悪魔だ、マクドナルド兄弟は利用された、と怒る人もいれば、自分だってレイ・クロックと同じことをやっただろうと思う人もいると思う。

マクドナルド兄弟を演じたジョン・キャロル・リンチ(左)とニック・オファーマン
マクドナルド兄弟を演じたジョン・キャロル・リンチ(左)とニック・オファーマン

あなたは今作をどんな映画にしようとしましたか?

「こういう映画にはしたくない」というパターンが、ふたつあったね。ひとつは、無名だった男が全世界の1%を食わせるまでになったという成功物語。もうひとつは、レイ・クロックという悪魔のせいで世の中がひどくなったと訴えるもの。そのどちらも、僕にとってそんなにおもしろくない 。

 脚本は、そのふたつのバランスがうまく取れていた。クロックは、少しずつそちらに向かっていくんだ。食事中、誰かがクロックに「マクドナルドを創業したのはいつですか?」と聞いて、彼が一瞬、躊躇するシーンがある。そして彼は「1954年です」と言う。「創業したのは僕じゃなくて、サンバーナーディーノにいる兄弟なんですよ。彼らは一軒しか持っていなくて、僕がそれを拡大したんです」と言うこともできたのに。そこで一度嘘をついてしまったら、次にまた嘘をつくのが楽になる。

今やマクドナルドが世界の食の1%を提供しているというのは、驚きでした。

 衝撃だよね。たとえば、マクドナルドが、一風変わったグルメなメニューを作ろうと思っても、それはできないんだよ。まあ、ありえないけど、たとえば彼らがアスパラガスバーガーを作ろうと思ったとする。でも、それが大ヒットになったとしても、需要に応えられるだけのアスパラガスを確保できないんだ。そう考えると、さらにすごいよね。

マクドナルド兄弟の店を初めて訪れ、その斬新さに衝撃を受けるクロック
マクドナルド兄弟の店を初めて訪れ、その斬新さに衝撃を受けるクロック

レイ・クロックを、マイケル・キートンが名演しています。今作は「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で彼がオスカーにノミネートされた後に撮影開始していますが、その後も彼のキャリアは絶好調ですね。

 この役を彼にやってもらうことができて、僕はうれしかったよ。僕がマイケルにやってほしいと言っても、6年前だったら(出資者たちから)だめと言われたかもしれない。俳優に限らず、この業界ではみんな、良い時もあれば悪い時もある。電話が鳴り続ける時もあれば、まったく鳴らない時期もある。大人気だったスターが、あっというまに忘れられたりとかね。その人の演技力がどうというより、出た作品がヒットしなかったせいで、「あの俳優には集客力がない」「あの俳優では海外のバイヤーが興味をもたない」と言われてしまったりするんだ。マイケルは、ずっと演技を続けてはきている。(少しの間、忘れられていたのは) この程度の映画に出るくらいだったらモンタナで釣りをしていたほうがいいと、受けなかったせいもあるだろう。そうしたら、ある時、彼に賭けようという人が出てきて、その映画が高い評価を得たんだ。

 ある種の映画では、主演俳優のエネルギーが、共演者、クルー、映画そのものに大きな影響を与える。「バードマン〜」は、出演者全員がすばらしかったが、映画を引っ張っているのは、マイケルの絶望感だ。今作も、彼がミルクシェイクのためのミキサーを売りつつ、絶望的になっているところから始まる。僕らは意図的に、マイケルに手がかりを与えたんだよ。そして、マイケルは、この映画も同じように引っ張っていってくれたのさ。

「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」は、29日(土)全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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