【鈴鹿8耐】負け続けた歴史はもう要らない。チームワークでカワサキ、23年ぶりの勝利なるか?
日本には4つの大きなバイクメーカーがある。ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ。過去38回の歴史を数える伝統の耐久レース「鈴鹿8耐」でたった1度しか優勝できていないメーカー。それが「カワサキ」である。
漢、カワサキの8耐挑戦
誰が言い出したか分からないが「漢(おとこ)カワサキ」という言葉がバイク愛好者の間に浸透し、カワサキには今も硬派なイメージを抱く人が多い。
1970年代〜80年代の「鈴鹿8耐」の黎明期には「モリワキ」をはじめ強力なプライベートチームが1000ccの「カワサキZ1」などを改造して参戦。初の世界耐久選手権となった1980年(第3回大会)ではエディ・ローソンらが乗ったZ1が2位表彰台を獲得している。80年代初頭の世界耐久選手権では「カワサキKR1000」がシリーズを席巻。しかし、鈴鹿8耐でカワサキのマシンは勝てなかった。
80年代後半になると「鈴鹿8耐」の盛り上がりから、川崎重工本体がファクトリーチームとして参戦。TT-F1規定(750cc)の「カワサキZXR-7」で90年代前半に耐久レースで強さを見せる。そして、1993年、ファクトリーチーム「伊藤ハムレーシング・カワサキ」(スコット・ラッセル/アーロン・スライト組)が鈴鹿8耐で初優勝。国内バイクメーカーがまさに「戦争」を繰り広げた特別な耐久レース、鈴鹿8耐をついにカワサキは制した。
それ以降、750ccスーパーバイク規定になってからも無敵のホンダワークスを追い回す、戦う姿勢を見せたカワサキのファクトリーチームだったが、2001年を最後に撤退。その後は「ロードレース世界選手権・MotoGP」へと戦いの力点をシフトしていった。
耐久レースの世界で栄光を勝ち取り、ホンダ、ヤマハ、スズキのファクトリーチームに戦いを挑みながらも鈴鹿8耐での勝利は1993年のたった1回だけ。他のメーカーが勝利の美酒に酔いしれる中でも諦めずに挑み続ける姿勢にカワサキファンは惹きつけられていったのかもしれない。
Team GREENとして参戦3年目
2002年以降、長らく「鈴鹿8耐」への本格的な参戦を休止していた「カワサキ」が優勝を狙うトップチームを参戦させたのが2年前の2014年。全日本ロードレースJSB1000で活動するカワサキ販売網のカワサキ・モータース・ジャパンが運営する「Team GREEN」としての鈴鹿8耐復帰だった。
まさにカワサキファン待望の復帰1年目、2014年は一時2位を走行しながらも転倒が影響して12位完走。そして、バイク「ZX-10R」を大幅に進化させて挑んだ2015年はトラブル、接触などのアクシデントが襲い、テストから見せていた速さを活かしきれず、レース結果は9位完走にとどまった。メーカーもチームもライダーも、そしてファンも決して満足できるリザルトは得られなかった。
今年は「Team GREEN」として復帰3年目の挑戦である。今季から「カワサキZX-10R」は新型モデルを投入して戦う。そのライダーとして起用されるのは20年以上カワサキワークスライダーとして活躍するベテランの柳川明(やながわ・あきら)、JSB1000クラスでTeam GREEN加入4年目のシーズンを迎える渡辺一樹(わたなべ・かずき)、そこに鈴鹿8耐で2度の優勝を経験しているBSB(英国スーパーバイク選手権)のレオン・ハスラムという強力な布陣だ。
レオン・ハスラムは今季からBSBでカワサキに移籍。本人からの熱烈なアプローチがあり、他メーカーに先がけてカワサキ「Team GREEN」は体制を発表し、3年目の鈴鹿8耐への準備を始めた。
釈迦堂監督の存在感こそ、漢カワサキの象徴
8耐ウイナーのレオン・ハスラムの加入は「Team GREEN」にとって大きな戦力だ。3人のライダーの中で唯一の優勝経験者ということもさることながら、ハスラムは柳川、渡辺が全日本JSB1000で仕上げてきたZX-10Rの方向性に自分をアジャストして、チームのバックアップに徹しているという。
プライベートテストに加えて5日間の合同テスト全てに参加したハスラム。レギュラーで戦うBSBのレースがたけなわのこの時期にイギリスと日本を何度も往復して鈴鹿8耐のテストに臨んだ。そのハスラムの積極的な姿勢に強い感銘を受けているのが「Team GREEN」の釈迦堂利郎監督である。
「レオン(ハスラム)はとてもよく頑張ってくれています。ここまでのテストで転倒は1度もなく、トラブルフリーで来ています。彼が乗り始めてもライディングポジションも変えてないんですよ。柳川と一樹に合わせて乗ってくれている。彼は本当に体力もありますし、チームの雰囲気はとても良いです」と釈迦堂監督は笑顔を見せる。
鈴鹿8耐には数多くの名物監督がいるが、釈迦堂監督の存在感はひときわ異彩を放つ。一見コワモテなルックスながら、普段はファンや関係者に優しく礼儀正しく接するジェントルマンで、取材する側にとっても釈迦堂監督の応対は本当にありがたい。ただ、その釈迦堂監督はひとたび走行セッションが始まると厳しい目つきでマシンのタイム、居場所を確認する。その迫力やまさに鬼監督というイメージだ。
その雰囲気から長年レース業界の厳しい環境下で生きてきた人なのだろうと勝手に想像していたが、実は釈迦堂監督は川崎重工の量産車とレース車のエンジン開発に携わってきた技術者で、いわばレースの表舞台には出てこない「裏方」としてカワサキのバイクを支えてきた人物。現在はカワサキ・モータース・ジャパンに出向する、一人のサラリーマンでもある。レーシングチームの指揮官としての役割も「Team GREEN」に加入してからだというから驚きだ。
全日本ロードレース、鈴鹿8耐の「Team GREEN」を率いる監督として、チームのスポークスマンとしてあらゆる業務を担う釈迦堂監督の運動量は凄まじい。厳しい表情で場を引き締め、外部やファンには優しい口調と笑顔で接する。生粋のレース業界人ではない釈迦堂監督だからこそできることなのかもしれない。釈迦堂監督の努力で、3年目を迎えた8耐チームは強い結束でまとまり始めている印象だ。
いよいよ勝負する時が来た!
新型ZX-10Rの投入、レオン・ハスラムの加入。カワサキ「#87 Team GREEN」に対するファンの期待値は膨らむ。ただ、2分6秒台のタイムをテストから出し、2分7秒台もマークしながらの連続周回を見せつけたヤマハのファクトリーチーム「#21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM」がライバルを大きくリードしているのは明らかだ。
最終日のTeam GREENのベストタイムは2分8秒871。タイムを出しに行く際に走行セッションの赤旗中断に阻まれたようだ。昨年の8耐でのヤマハの速さを考えれば、堅実な方向性だけで勝利を掴めるわけがないことも、ファンが満足しないことも当然分かっているはず。しかしながら、好タイムはマークできずもテストを終えたチームの雰囲気は非常に明るかった。
テストを総括し、釈迦堂監督は「2分6秒台は出ると思う」と語る。そして「8耐を戦うマシンがテストを通じて決まりました。トータルで仕上がりが良いです。今年のチームは去年よりも1秒速く走ることが目標。決勝は2分9秒台で周回したい」と語った釈迦堂監督からはテストでの手応えと自信が感じられた。
チームのまとまり具合は今年の8耐パドック随一。ゼロスタートだった2年前とは全くもって雰囲気が違う「Team GREEN」。機は熟した感のあるカワサキが勝利する日、そしてカワサキを愛する「漢」たちが顔をクシャクシャにして嬉し涙を流す夏が23年ぶりに来るかもしれない。