柔よく剛を制し、古巣から奪った初ゴール。ノジマの心臓、MF田中陽子が見せる新たな魅力
【「ヤングなでしこ」たちの競演】
7月1日に相模原ギオンスタジアムで行われた、ノジマステラ神奈川相模原(ノジマ)対INAC神戸レオネッサ(INAC)の一戦は、リーグ杯の決勝進出の行方を占う重要な試合だった。
同時に、かつて日本を熱狂させたヤングなでしこ(2012年U-20日本女子代表)世代のファンにとっても、見どころの多い一戦だったにちがいない。
FW田中陽子、MF川島はるな、DF高木ひかり(以上ノジマ)、FW岩渕真奈、MF仲田歩夢、FW京川舞、GK武仲麗依(以上INAC)。この試合のピッチに立った7人は、1992年以降生まれの同世代。
日本で開催された2012年のU-20女子W杯(3位)で、スポットライトを浴びた選手も多い。そして現在は、国内リーグを盛り上げる各チームの主力選手たちでもある。
試合は、ノジマが前半に田中陽子のゴールで先制したものの、試合終了間際にINACがFW島袋奈美恵の劇的ゴールで追いつき、1-1のドローに終わった。
ノジマはこれで、自力で決勝に進出する術がなくなった。
だが、1部に昇格した昨年以降、一度も勝てていなかったINACから初めて勝ち点を奪ったという点では、前に進んだ。2ヶ月前のリーグ戦で0-4と大敗した苦い記憶も、この試合で互角に渡り合ったことで払拭できるだろう。
「INACをサッカー的にリスペクトしているし、目指すところもある。INACと戦って得るものが、我々の成長に大きく影響しています。今日のゲームも、『自分たちの持っているものを全て出そう』と送り出しました」
ノジマの菅野将晃監督は、残り数分で勝利を逃した悔しさをにじませつつ、チームが確かな地力をつけた実感を口にした。
INACはこの試合で、従来の4-1-4-1(4-3-3)ではなく、4-4-2を採用。サイドバックのDF高瀬愛実を1年ぶりにFWとして起用した。
鈴木俊監督は、
「中央を崩さないと(強みである)サイドも生きてこないので、両方の崩しをテーマにしています」
と、今後の戦いを見据えて新たな形にチャレンジしていることを明かしたが、この試合では、うまく機能しなかった。ノジマの連動した守備に対して効果的な縦パスが入らず、岩渕と高瀬という破壊力のある2トップを生かしきれなかった。
逆に、ノジマの狙いははっきりしていた。守備の時間が長くなることを受け入れ、効果的なショートカウンターでゲームを引き締めたのだ。
【躍動した背番号「8」】
ノジマの前線で、一際存在感を示していたのが田中(陽)だ。INACは、'14年まで3シーズン所属した古巣でもある。この試合では、早い段階で優位に立つポイントを見抜いていた。
「攻撃になった瞬間に(INACは)前がかりになるので、トップ下の自分のポジションが空きやすかった。相手がボールを奪いにくると逆を取りやすいので、一瞬のスピードで外したり、止まっているふりをして裏に出て、フリーになることを意識しました」(田中陽)
ノジマが前半33分に完璧なショートカウンターから決めた鮮やかな先制点は、彼女の駆け引きの巧さを象徴する場面だった。
高木からの縦パスを受けると、田中(陽)は前方のFW南野亜里沙にシンプルにボールを預けた。そして、一度スピードを落としてから、南野に気を取られた相手ボランチの死角を利用して急激にスピードを上げ、ゴール前に抜け出し、最後は飛び出したGKをヘディングでかわして決めた。
田中(陽)の相手の逆を取るドリブルや、精度の高いキックは10代の頃から光っていたが、周囲との連係の中でその力を発揮するために、苦労を重ねてきた印象が強い。
しかし、ノジマで4年目を迎えた今は周囲との連係も高まっており、迷いなくプレーできているように見える。
加えて、試合の流れを引き寄せる気の利いたポジショニングや、ゴールの起点になるプレーなど、オフザボールも含めて、MFとしての引き出しを増やしている。
それは、彼女が自分自身と真摯に向き合ってきた成果だ。
今年2月に大阪で行われたなでしこチャレンジ(※)に招集された際には、
「相手が食いついてきたら楽なのですが、来ない時に、自分から相手を引き出すことができない」
と、課題をはっきりと口にしていたが、今は、その状況に対処する術も示せるようになった。
「周りの選手と連動する中で、前から来ない相手はポジションを変えて引き出したり、相手の目線をずらす動きを意識しています」(田中陽)
精神面でも、以前にはなかった揺るぎない強さが感じられる。
この試合で受けたファウルの数は、おそらく、両チームを合わせて一番多かった。それだけ、相手にとって厄介な存在だったのだろう。
だが、ファウルされても文句ひとつ言わずに切り替え、前を向いた。
試合終盤だったか、相手陣内にドリブルで攻め入ったところで、田中(陽)のボールを奪おうとした相手選手と交錯するようにして倒れた時、その顔は痛みに歪んでいた。しかし、レフェリーの笛はならず、プレーは続行。彼女は痛みを堪えて立ち上がり、手早く呼吸を整えると、自陣での守備に走った。
(※)なでしこチャレンジ
なでしこジャパン入りの可能性がある選手の見極めを目的として、2月に大阪で行われた国内合宿。
【3年間見続けた背中】
そのプレーからは、誰かのミスを責めたり、不満を見せる気配は微塵も感じられず、シンプルに闘志だけが伝わってきた。
その印象を率直に伝え、試合を終えた彼女にノジマでの4年間の変化について聞くと、ある選手の名前を挙げた。
「ノジマはすごくタフなチームです。それを象徴していたのが、(昨年引退した)尾山沙希選手でした。相手に何点入れられても絶対に人を責めないし、前向きなことしか言わないんです。どんな状況でも気持ちを切らすことなく、『やろう』とチームメートに言えるその強さが胸に響いて、自分もそういうところを取り入れたいと思いました。それで、自分もちょっとは変われたかな、と…」
2012年に創設されたノジマの初代キャプテンとして、2部優勝や皇后杯準優勝の原動力になった尾山は、昨年、惜しまれながら28歳で現役を引退した。ポジションは、ノジマのパスサッカーを司る花形のボランチだったが、尾山は泥臭い仕事を進んでこなし、縁の下の力持ちでもあった。田中(陽)は3年間、最も近いポジションでその姿を目に焼き付けたのだろう。
「本当に、凄かったんですよ」
尾山のプレーを思い出すように、彼女は言った。その表情には、10代だった頃にはなかった憂いと、静かな強さがあった。
同じ中盤でも、攻撃的なプレーを好む田中(陽)は、尾山とはかなりプレースタイルが異なる。だが、ノジマの原点とも言える、ひたむきに戦うスピリットは受け継いでいた。
最後に、ロシアW杯に話が及ぶと、彼女は再び目を輝かせた。気になる選手を尋ねると、少し悩んだ後、フランス代表のFWアントワーヌ・グリーズマンを挙げた。
「グリーズマンは足下の巧さがあって、ドリブルもパスもできて、縦にも行ける。守備もいいし、小柄だけれどヘディングもある。少しのスペースで仕事ができるし、相手が彼に引きつけられて、他の選手が上手くプレーできている印象があるので。相手にいたら、すごく嫌な選手ですね」
ノジマがリーグ杯で決勝に進出するための条件は、14日(土)のマイナビベガルタ仙台レディース戦に勝利した上で、他チームの結果次第となる。
さらに、次の山場は、ホームに再びINACを迎える9月9日(日)のリーグ再開初戦。菅野監督は、未だ勝ったことのないINACを超えるポイントとして、
「ポジショニングも含めて強気にくる相手に対して、どれだけ強いディフェンスができるか。リスクを負ってくる中で、そこを刺せるかどうか」と、話した。
成長著しいノジマで確固たる居場所を築き上げ、さらなる伸びしろを感じさせる田中(陽)のプレーが、後半戦でもカギになりそうだ。