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安保法制:無関心を乗り越え、紛争の続く世界に日本が何を貢献できるのか、市民の議論・行動を蓄積すべき時

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
8月30日・国会正門前で

● 世界の現場で活動する私たちの危機感

安全保障法案・戦争法案が可決成立されたと報じられている。

参議員委員会採決をみれば、果たして議決は存在するのか著しく疑問であるうえ、明らかな憲法違反との声があるにも関わらず、政権・与党が暴走し、確信犯的に違憲行為を強行した今回の安全保障法は、立憲主義に深い汚点を残した。

しかし、事は日本一国で済む問題ではない。

他国の武力紛争に日本が参加し、殺戮の当事者になる、という重大なリスクをはらんでいる。そして、日本の国際貢献の在り方やその信頼が180度転換するという点で極めて重大な事態である。

私たち国境を越えて世界の現場で活動する日本のNGOは、こうした事態に深い危機感を抱いて、NGO非戦ネットというネットワーク組織を起ち上げて活動している。

私たちの危機感、安全保障法案に反対する趣旨はこちらの声明に尽くされているので是非読んでほしい。

また、世界36カ国、300以上のNGOも日本の安全保障法制に反対する声明を出した。この中には、戦禍のアフガニスタンのNGOの主要なネットワークなども含まれている。

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彼らの懸念は特に、以下のようなところにある。

アジア太平洋地域において、日本の戦争行為によって、再び人々が殺し殺される関係に立つこと、アジア太平洋地域が再び悲惨な戦争の惨禍にみまわれることに、私たちは強く反対します。また、日本の戦争行為が中東、アフリカなど戦禍に苦しむ地域に及び、日本が殺戮の加担者になることにも私たちは強く反対します。

この声を果たして政府はどう考えているのか。

さて、このNGO非戦ネットの立ち上げを受けて、先日、あるところでインタビューを受けたので、

私の問題意識を「無関心を抜け出し市民が平和構築にもっと関与を」というタイトルのもと、まとめてお話しした。

今進行していることに対する私たちの危機感を知っていただくと共に、安倍首相流「積極的平和主義」に対置するオールタナティブの議論の参考になればと思い、紹介します。

今、私たちは、奪われた「平和主義」「立憲主義」を自ら取り戻す、民主主義の力で取り戻す、そういうフェーズの時期を迎え、チャレンジに直面している。 当面は、国内での選挙、違憲訴訟などが重要な課題となるだろう。

しかし、それと同時に、日本が加害者の側にまわるかもしれない今、世界の紛争に無関心であってはならないと思う。

現在国際的に起きていることと日本の人々が向き合い、安全保障をめぐるオールタナティブの議論を進化させることを期待したい。

● 安保法制で変わる、国際社会の中の日本

安保法制の見直しで、海外での武力行使に道が開けるようになると、どうなるでしょうか。日本は殺りくや空爆をする当事者の側になり、日本の「中立的な国」というイメージは失われるでしょう。

その影響は私たちのような国際NGOにも及びます。たとえ政府とNGOは、異なる組織といっても、私たちの活動拠点が日本にある以上、日本政府のパフォーマンスを横に置いて、NGOの活動だけを評価してもらうのは難しくなります。

紛争地域で支援活動を展開する場合であれば、日本はアメリカに味方する国として、中立的な国ではないというイメージがより鮮明になるでしょう。

イラクに自衛隊が派遣されたとき、日本人人質事件が発生しました。

自衛隊の海外派遣が広がれば、日本の民間人がスパイ視される事例の増加が懸念されます。

最近では、日本政府が紛争地域への立ち入りを認めていないので、そうなると、日本の団体に協力している現地スタッフに、スパイ疑惑の目が向けられ、危険性が高まることになるでしょう。

その結果、現地協力者が得られにくくなり、民間ベースの平和構築活動が難しくなることを心配しています。

●財産を食いつぶす安倍政権

概して、外国からいいイメージを持たれている日本とはいえ、人権の分野では、グローバルスタンダードから立ち遅れています。死刑制度が存続し、刑事裁判や女性の権利に関しても大きな問題が指摘されているからです。

また、従軍慰安婦問題をはじめとした戦後補償の問題に、日本がきちんと向き合っていないことに対する国際社会の懸念は、とても深いものがあります。これも人権問題であり、過去の人権侵害を解決するプロセスを日本が踏んでいないことに起因しています。

特に安倍政権になってから、これらの問題に対する国際社会の憂慮が深まっています。国連高等弁務官が日本政府に意見を述べても、それを意に介さないばかりか、国連を敵視するような対応すら見られるからです。

2000年代に入ってからの対テロ戦争で日本は、インド洋で兵たんを支援したり、イラクに自衛隊を派遣したりして、中立的な立場という信頼感を徐々に失いつつあります。

このように、歴史認識をはじめとした人権問題や、対テロ戦争への協力という両面から、日本はそれまで築き上げてきた国際社会からの信頼という財産をどんどん食いつぶしている段階にいます。

●憲法9条のポテンシャル

9・11同時多発テロ以降の世界情勢で明らかになったことは、武力で平和を構築できないということです。アフガニスタンやイラクの泥沼化した現状を生み出してしまった国々は今、武力行使の大きな代償を払うはめになり、多くの国が反省を強いられています。

ところが日本は武力行使に参加していなかったからなのか、今頃になってそれに参加したいと言っています。これは非常に稚拙で幼稚な考え方だと思います。日本が持っている独自のポジションを活かそうとしないのは、とても残念なことです。

世界地図を見てください。世界にさまざまな対立構造がある中で、海外での武力行使を禁じた憲法9条を持つ日本の存在は、非常に貴重だと言えます。その日本が力の強いアメリカ側に加担してしまえば、世界を平和にするための有効な資源が一つ失われるようなものです。「普通の国」が一つ増えても、その価値は高まらないのです。

「日本ブランド」は、憲法9条の枠内で可能な貢献を考え抜いてきたからこそ、生まれました。日本は平和外交の強化によって世界に貢献すべきです。憲法9条はそうしたポテンシャルを持っているのです。

●日本人の無関心

日本が世界にどのように貢献すべきか、市民の側ももっと考えなければなりません。そうした議論の蓄積がないと、軍事分野での貢献しかないという短絡的な思考に陥ってしまうからです。

日本人は一般的に外交に対する関心が低く、世界平和に貢献するという視点が欠落してきたのは事実です。例えば、イラクに自衛隊が派遣されている間は関心が集中しますが、撤退した後は興味を持たなくなる。安保法制への批判が高まる一方、シリアの現状に対して関心を示す市民は多くはありません。

こうした無関心の背景には、国際情勢に関する情報の少なさがあると思います。日本は情報鎖国なのです。

地道な努力の積み重ねに比べて、より衝撃的な映像や事件が求められる傾向にも問題を感じます。

平和構築に必要なのは、民間の相互交流促進などの粘り強い長期的な支援です。むしろ短期的な成果を追い求めるという意味では、武力を行使し、政治体制を転換させた方が劇的なのかもしれません。しかしそれでは平和は構築できないのです。

●政府とNGOの関係

市民の皆さんには、身近な行動が平和の構築につながることを知ってほしいです。

NGOを支援したり、報告会を聞きにいったりするのもその一つです。

外務省の政策にかかわることは難しいですが、NGOの活動なら身近にかかわることができます。

NGOの活動は、市民社会の寄付やボランティア活動によって支えられることが大切です。NGOの活動が国からの税金だけで運営されるようならば、国とNGOの活動に違いがなくなってしまうからです。NGOが助成金を得るために、政府批判を控えたり、政府の顔色をうかがうようになったりしては、公平な活動はできません。

そうなってしまえば、NGOは、戦争の「スクラップ&ビルド」という構造に組み込まれてしまい、大国が武力行使で地域を破壊した後の、ビジネスにならない復興支援を担うだけの存在になってしまいます。これでは、戦争自体を止める仕組みをつくれないのです。

●市民が支える力強い運動に

戦争の根本的な要因を根絶するためには、政府から独立したNGOが積極的に活動できる環境が必要です。そのために、市民社会の協力が求められるのです。

残念ながら、欧米の市民社会が社会運動に大きな役割を果たしているのに比べて、日本のNGOが市民社会に強く支えられているという実感はあまりありません。「一国平和主義」との批判も問題だと認識しています。

しかし、今回の一連の動きを機に、より多くの人がNGOなどの社会運動に参加し、長期的な平和構築にかかわってほしいと思います。

寄付をしたり、関連記事をSNSでシェアしたり、一つひとつの行為が平和の構築につながっていきます。

こうした身近な活動の積み重ねが、軍事分野による貢献しかないという短絡的な考え方にとらわれない、市民社会に支えられた力強い社会運動につながっていくのです。

(以上、情報労連REPORT2015年8・9月号掲載インタビューから許可を得て転載)

以上が転載である。

この間の議論で、安保法案には対案がないと言われてきた。

私は、憲法違反に対し「対案」というのは、そもそも間違っていると思う。

しかし、いまの国際的な安全保障環境に関して、日本の市民は「日本人が巻き込まれない」という狭い視野だけでいてよいのだろうか。

国際社会の武力紛争に対して、悪いことを少なくともしない、いわゆる DO NO Harm は最低限の原則である。

しかし、9条にはこれを超えたポテンシャルがある。実は、多くの知らないところで、政府やNGOが9条に基づいて実践してきた積み重ねもあるのだ。

上記インタビューは、比較的NGOへの支援・参加という視点に収斂しているが、市民が平和構築に関わっていくとは、最近のシリア難民の受け入れ問題であったり、日本のヘイトスピーチの問題であったり、民間の人と人との交流であったり、様々なことと関係する。

もちろん選挙などをめぐっても議論してほしい。

そして、ここにきて財界が、武器輸出に前のめりとなっているが、軍需・兵器産業に傾く企業への不買運動のようなかたちの意思表示もありうだろう。

油断しているとこの国の軍事化は一気に進んでいく可能性がある。

暴力的でない、そして政府任せにしないオールタナティブの選択肢を太くしていくこと、そうした議論や思考を積みかさねていくことが、非軍事・非戦を私たちが再び選び取っていくためにますます必要になっていると思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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