ルイ・ヴィトンやユニクロが医療用ガウンを寄付、職人や工場が協力。小ブランドも立ち上がるが見えない壁も
新型コロナウイルスの感染症の治療にあたる医療従事者を守りたいと、ファッション企業の動きも活発化している。ハンドサニタイザー(手指消毒剤)やマスクに続き、医療用ガウン(防護服)の生産が急ピッチで進み始めているところだ。
「ルイ・ヴィトン」(Louis Vuitton)、「ディオール」(Dior)、「ジバンシィ」(GIVENCHY)、「ゲラン」(GUERLAIN)などを擁するLVMH モエ・ヘネシー ルイ・ヴィトンはいち早く動いた。3月15日、翌日から香水や化粧品の生産ラインを活用し、ジェルタイプの手指消毒剤を生産し、保健当局に無料提供することを発表。さらに、4月に入り、「ルイ・ヴィトン」ではフランスに複数あるメゾンのアトリエを、医療用の防護マスクとガウン製造のために転用し、製作を開始した。
医療用ガウンは、AP-HP「パリ公立病院連合」(パリとパリ近郊で運営される公立医療センター)の6つの病院を対象に、新型コロナウイルス感染と最前線で戦う医療従事者に支給してきた。4月10日から、本社のあるパリのポン・ヌフ通りのプレタポルテのアトリエで20人のボランティアが、AP-HP公認の生地とパターンを使って生産をスタート。毎晩、完成したガウンをポン・ヌフ通りから出荷し病院に直送。当初は生地の裁断も手作業で行っていたが、翌週からは在宅勤務者や、自動裁断機を持つパターンカッターらの協力も始まり、生産数が大きく増えたという。
アトリエを視察したルイ・ヴィトンのマイケル・バーク代表取締役会長兼CEOは「私たちにできる方法で医療従事者を支えられることを誇りに思います。これまでのノウハウを駆使して、医療スタッフ用ガウンを製作し、AP-HPに貢献したいと考えています。この市民活動に自らの意志で参加してくれたアトリエの職人の皆さんに感謝します。病院で治療に取り組んでくださっている医療関係者の方々にガウンを届けるため、勇気をもって協力を申し出てくれたのです」と、自ら志願し生産に携わる職人たちへ感謝の意を捧げた。
一方、「ユニクロ」(UNIQLO)を手がけるファーストリテイリングは、1000万枚以上のマスクの寄付を皮切りに、機能性下着エアリズムやヒートテックなど21万6200着以上を、世界の現地法人を通じて医療機関などに寄贈している(欧州にはマスク360万枚、衣料品3万3300着、北米にはマスク220万枚、衣料品2万4000着、アジアにマスク397万枚、衣料品15万6900着以上など。4月28日現在)。
さらに、4月30日には、医療現場で使用できる防護具の一種“アイソレーションガウン”20万点と、エアリズムを国内の医療機関に寄贈すると発表した。アイソレーションガウンは、中国の自社取引先工場から調達。医療機関で手術以外の施術や簡易的な処置に活用できるもの、ポリエステル製の使い捨てタイプの個人用防護具で、厚生労働省に照会し、「撥水性があり、袖口がゴム仕様の長そでで、背面が開くもの」という要件に合致するようデザイン。背面をひもで結ぶ仕様としている。東京、大阪、神奈川など感染者数が多く報告されている都道府県と日本看護協会を通じて、新型コロナウイルス感染症に対応する全国の基幹病院などに寄付するという。
「ユニクロ」の規模感ならではのことだが、中国の協力工場との知られざる強い絆があったからこそ実現したものだ。実は2011年の3・11(東日本大震災)の際に中国の多くの協力工場から義援金を贈られたとのこと。今回、新型コロナウイルスが感染拡大した際、逆に中国の主要工場に義援金を寄贈したところ、落ち着きを取り戻した現地から、「何かできることがあれば協力したい」との申し出があり、マスクやガウンの早期の大量調達につながったという。
エアリズムには吸汗速乾や抗菌防臭、ストレッチ性などの機能が備わっているため、「防護服やガウンの下に身に着けることで、蒸れなどによる医療従事者の肉体的負担を緩和できるといった声が寄せられている」と同社。「LifeWear」として人々の生活に寄り添い、サステナビリティのスローガン「服のチカラを社会のチカラに」の実現に向けて動いているところだ。
小規模ブランドでも医療用ユニフォームや防護服などを生産したいと商品化が始まっている。京都を拠点とするルゥルゥ商會(京都市・地野裕子社長)は、ジョッシュ(東京都渋谷区・森城社長)との共同企画で、オリジナルブランド「iTYUCASi」(イトユカシ)から、“protective collection(プロテクティブ・コレクション)”として、ワークジャンプスーツ(いわゆる、つなぎ)とガウンを開発した。
素材は、シングルユース用は高密度ポリエチレン製で、耐水性、通気性、透湿性に優れ、高強度、軽量かつソフトで発塵が起こりにくいものを使用。繰り返し使える再利用版はポリエステル100%で防水、保温性、防風の効果があるものを使用。国内生産で、ポリエチレンジャンプスーツの縫製は、マスクをはじめアウトドア用品などを生産する岩手の工場で行う。その他も信頼できる国内縫製工場で行う。ちなみに、ジョッシュはソニア・パークがオーナー&クリエイティブディレクターを務める「ARTS & SCIENCE」(アーツ&サイエンス)や桐島かれんが手がける「HOUSE OF LOTUS」(ハウスオブロータス)、「Mame Kurogouchi」(マメ、黒河内デザイン事務所)といったブランドを取引先に持ち、高級レストランのユニフォームなども扱っている。希望小売価格はワークジャンプスーツが7350~8500円、ガウンが3292~4200円(税別)だが、コロナ収束までは原価+諸経費のみで販売する(価格は要問い合わせ)。
さらに、制菌作用のあるパーカも発売する。銀イオン素材による制菌効果と、細菌の増殖抑制による防臭効果があるもので、静電気の発生を抑えてホコリの付着も遮断する。制菌加工のSEK基準もクリアしている。ファスナーは「YKK」のアクアガードを使用。フードは口元までカバーできる構造で、ストリートとモードの間を提案する。デザインには、元「ナショナルスタンダード」のデザイナーでアーティストの衣装なども手がける若林ケイジ氏も携わっている。価格は4万3000円(税別)。子ども用も製作予定だ。
「厳しい医療現場で防護服が足りないと聞き、私に出来ることはないかと、日本医師会の医療アドバイザーや医療現場の方々にアドバイスをいただきながら開発を進めました。ですが、医療用と承認されるには海外のテストを踏まえるなど、想像以上に時間がかかります。その間に先行して洋服として販売しようと考えました。一般の方も危機管理に興味を持たれているタイミングなので、実用とファッションと両面で活用していただけたら」と地野社長。自社オンラインサイトの収益から医療機関に防護服・ガウンを寄付するとともに、近々、クラウドファンディングのMAKUAKE(マクアケ)と連携し、売り上げ・収益からガウンを寄付することも計画中だ。
医療用ガウンは他にも、経産省の要請を受け、中小縫製業者による業界団体、アパ工連(日本アパレルソーイング工業組合連合会)の約150縫製工場が携わり、4月末までに4万5000着を納入済み。9月末までに140万着を目指す。TSIホールディングスは5月中にも生産を開始し、9月までに100万着を目指すなど、動きが加速している。
ウィズコロナの時代が長引く中で、自らできることを探し、動き、本業に近いところで貢献しようとしている企業・ブランドは多い。ただし、医療用防護服に適した素材を使用していても、権利問題でそれがうたえなかったり、政府への納入の場合、書類上のやりとりに時間がかかったり、せっかく予定以上に調達できたとしても契約以上の納入がすぐには難しいことから生産量を抑制するなど、意外なところで苦慮して疲弊するケースも多いと聞く。医療現場での衛生用具の不足など一刻も早く解消したいところであり、調達に関しても、緊急事態宣言を適用するなどの措置が必要かもしれない。